第99話 第三章(微妙な距離感)
第三章スタートです。
フィオナはベッドの上で寝転がり、頭の中であの瞬間を何度も反芻していた。
スタンピードの混乱の中で、レイと一緒に放った風魔法の感覚が忘れられない。
レイの魔力が自分の中に流れ込み、二人で強大な力を生み出したあの一体感。
まるで二人がひとつになったかのようだった。
「合体魔法だ!」
ギルドで思わず叫んでしまった自分を思い出すたび、顔が熱くなる。
思い返すほどに、レイへの気持ちが自分の中で膨らんでいくことを認めざるを得なかった。
普通、他人の魔力を流し込まれれば気分が悪くなり、魔法が使えなくなるのが常識だ。
だがレイの魔力は違った。まるで自分の魔力のように扱いやすく、体の中にすんなり溶け込んでいく。
こんな相性の良い魔力は聞いたことがない。
「すごく相性が良いんだ……」
自然にそう思えた。魔法だけでなく、レイとの絆そのものが生まれた気がする。
もっと彼に近づきたいという想いが、心の奥でじわじわと広がっていく。
「いかん、いかん!」
声に出して自分を戒めるが、体は正直だ。ベッドの上でゴロゴロと転げ回ってしまう。
どうしても、レイのことを考えずにはいられない。
「こんなことでは、レイ殿に顔を見せられない……」
顔を手で覆いながら呟く。彼にどう思われるのか、不安で胸がいっぱいだ。
だが、あの瞬間を思い出すたび、確信が湧いてくる。運命だ、と。
頭の中に赤い糸が浮かぶ。あの合体魔法は偶然ではない。
彼と一緒にいると、特別な力が働いている気がして、思わず笑みがこぼれてしまう。
「このままではダメだ!」
勢いよくベッドから飛び起き、両手でほっぺたを叩く。
「私は彼を支えたいし、彼にふさわしい強さを持ちたい!」
そう言いながら気合を入れたはずが、次の瞬間にはまた崩れていた。
「どうしよう……レイ殿と……合体だなんて……なんであんな言い方を!」
恥ずかしさに耐えきれず、再びベッドに腰を下ろす。
「こんな顔でレイ、レイ殿に会うなんて……」
その時、ドアの向こうから激しいノックの音が響いた。
ドンドンドンドン。
「フィオナ、何を叫んでるニャ、もう時間だから出てくるニャ!」
サラの声だ。どうやら打ち上げの時間らしい。
「みんなで打ち上げをすると言っていたのだ。しっかりしなければ!」
気持ちを引き締めようとするが、そう簡単にはいかない。
あの魔法の瞬間が頭をよぎるたび、またデレッとした顔に戻ってしまう。
ようやく部屋を出たフィオナの顔は赤らんでいた。
心臓の鼓動が速く、レイの姿が視界に入るとさらに拍動が強くなる。
だが、レイはそんな様子にまったく気づかず、仲間たちといつものように話しているだけだった。
「レイ、レイ殿!」
思わず呼びかけながら近づく。声のトーンはいつもより高く、どこか興奮していた。
「あの合体……コホン、共同魔法はすごかった!」
自然と笑顔がこぼれる。
レイは一瞬目を丸くしたが、彼女の勢いに気圧されながらも、
「そ、そうですね」と返す。
打ち上げが始まり、テーブルには美味しそうな料理が並ぶ。
席に着いたフィオナは、海鮮パスタを見て目を輝かせた。
「この海鮮パスタ、とても美味しい!」
嬉しそうに一口食べると、すぐにレイの方を向いてにっこり笑う。
「レイ殿、あっ、レ、レイも食べてみてくれ!」
パスタをフォークに巻き、レイの口元に差し出す。
「フィオナさん、僕は自分で食べられますから……」
困ったように断ろうとしたが、フィオナの顔が一瞬でしょんぼりしてしまう。
その表情を見て、レイは観念した。
(……これは食べないとダメなやつだ)
仕方なくパスタを口に運び、無理やり笑顔を作る。
「うん、美味しいですね……」
フィオナは満足そうに微笑む。だが、それで終わりではなかった。
「こっちのクラムチャウダーも美味しいと思うぞ!」
再びレイの口元にスプーンを差し出す。
レイはまた断ろうとしたが、同じく悲しそうな顔をされ、結局それも口にした。
(どうしてこうなったんだろう……)
心の中で戸惑いながらも、次々と差し出される料理を受け入れる。
フィオナは満足げに見つめていた。
この時のフィオナは、何かが壊れていた。
いつもの冷静さは消え去り、完全にレイに夢中だった。
運命の人だという思いが、彼女を大胆にさせていた。
そんな様子をセリアは黙って見つめていた。胸の奥がチクリと痛む。
あの二人だけが何か特別なものを共有しているように見え、どうにも面白くない。
「私だってレイ君が冒険者になった頃からの長い付き合いなのよ……」
つぶやいたその瞬間、ふと何かを思いついたように顔を上げた。
「レ、レイ君。私もまた冒険者に戻ろうと思うの!」
唐突な言葉に、レイは驚いた。
「え、でも、ギルド職員って、エリートなんじゃ……。大丈夫なんですか?」
「だってレ、レイ、レイ君、危なっかしくって見てられない戦い方をするんだもの!」
セリアは真剣な顔で続ける。
「あんな急斜面で岩から岩に飛び移るような戦い方なんて見てられない。私がパーティのメンバーになって戦い方を教えるわ。二人で組みましょう?」
すかさず、フィオナが対抗するように声を上げた。
「レ、レイ……殿には今のパーティが必要だし、セリンに戻っても彼と一緒に戦う仲間がいる。あなたがいなくても、私たちでしっかりサポートできる」
「大丈夫よ!セリンに戻ってからギルドマスターと話をつけるわ。それまで一緒に行動するから!」
セリアは力強く言い切った。
突然の展開に、レイは完全に混乱した。
「え、あの、どういうこと……?」
頭を抱えるレイを、フィオナは微笑んで見つめ、セリアは決意を胸に密かに新たな行動を心に決めた。
***
翌朝、朝食を取るために一階へ降りると、テーブルには四人の姿があった。
みんなの様子を見て、レイは少し心配になる。昨日はスタンピードで一日中戦い続けたのだ。疲れが出てくる頃だろう。
「今日は完全休養にしませんか。この数日で色々あったし、みんな体調を整えるのが先決だと思います」
静かにそう口にすると、真っ先に反応したのはサラだった。
「それが良いニャ!港に行きたかったニャ!」
「私は、お店を開く準備をしなくちゃね」とリリーも続く。
フィオナとセリアは、レイの提案に一瞬驚いたような顔を見せたが、すぐに思い出したように、ほぼ同時に口を開いた。
「じゃあレイ君は今日は出かけないんだ?」
「レイ殿は部屋に戻るのだな?」
二人は思わず顔を見合わせ、再びレイへ視線を戻す。
どちらも、今日こそレイと話す機会を持ちたかった。
少し考えたあと、レイは静かに答えた。
「いや、外に出ようと思ってます」
意外な答えに、フィオナとセリアは驚き、またしても同時に口を開いた。
「では、一緒に行こう!」
「なら、付いて行くわ」
フィオナはただ、レイと一緒に外の空気を吸いながら話がしたかった。
セリアも、どんな形であれレイとの時間を共有したかった。
二人の気持ちは似ていたが、譲るつもりはどちらにもなかった。
そんな二人の様子を見ながら、レイの中にざわつくものがあった。
ほんのわずかだが、張りつめた空気が漂っている。
この先もっとこの空気が強くなるのは良くないと判断したレイは、穏やかに言った。
「いや、今日は一人で行かせてください。少し、考えたいことがあるんです」
そう言い残し、レイは静かに外へ出ていった。
背中を見送るフィオナとセリアは、しばらく黙って顔を見合わせた。
どちらの胸にも、不安が残る。
「もしかして、私たちが何かレイを怒らせてしまったのではないか?」
フィオナが不安そうに小さく呟く。
「そうね……今日のあの言い方……普段のレイ君じゃなかった」
セリアも心配そうに顔を曇らせた。
「普段なら絶対言わないのに……一人で行きたいなんて。私たち、何か気に障ることをしちゃったのかしら」
「もしかしたら、私たちがうるさくして迷惑をかけたのかもしれないな……」
二人は視線を合わせ、言葉にならない不安を分かち合う。
レイが戻ってきたとき、どんな顔をすればいいのか──。
答えの出ない問いを胸に抱えながら、しばらく静かに時間が流れていった。
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