第98話(ドクターの遺した謎と新たな幕開け)
第二章終了です。
後日。
北門から落ちた白衣の男についての調査が進められた結果、正体は「ヴィクター・クラウス」という科学者だと判明した。
「やっぱり、ただの変人じゃなかったか……」
そう嘆息したのはクレイ隊長だったという。
その指示のもと、クラウスの自宅はすぐさま家宅捜索されることになった。
書斎からは、古びた帳簿が見つかった。中には三年前から続く薬剤取引の記録がぎっしり。仕入れ先も販売先も事細かに書かれており、クラウスが裏で何をしていたのか一目でわかる代物だった。
さらに書棚の裏。隠し扉の奥からは、奴隷商人との取引記録まで出てきた。年齢、性別、金額――あまりの生々しさに、衛兵の一人は顔をしかめたという。
そして金庫からは、毒薬の調合レシピが。成分や比率、注意点まで手書きで克明に残されていた。どう見ても冗談では済まない危険物だった。
極めつけは地下室だ。
そこは広大な実験室になっており、棚には「魔物使役薬」と書かれた瓶がずらり。隣には「人類使役薬」と書かれた瓶まで並んでいた。
「……人間まで操ろうとしていたのか」
現場にいた兵の誰もが、背筋を冷やした。
結局、見つかったものはすべて押収。クラウスの計画がただの妄想などではなく、長年にわたって入念に準備されたものだと証明された。
ただ、不可解な点も残っていた。助手の姿が忽然と消えたこと。黒いローブをまとった男が何度もクラウスの家を訪れていたという目撃情報があること。そして――クラウスひとりでこれほどの大規模な計画を進められるのかという疑問。
周辺の村を襲った魔物被害も、彼が操っていたことが判明。つまり、あの一連の事件はすべて計画的な犯行だったのだ。
こうして事件の全貌は明らかになったかに思えたが、レイの胸には拭いきれない疑念が残った。
クラウスの背後には、まだ別の存在がいるのではないか。
その考えが浮かぶたび、幼い日の記憶が蘇る。
異様な目をしたオークに襲われた、あの瞬間。
もしあれも誰かの仕業だったのなら絶対許せない。
レイは拳を握りしめ、静かに息を吐いた。
そして、クラウスの陰謀と時を同じくして起きた「スタンピード」についても、少しずつ真実が見えてきた。
北方の山々から大量の魔物が南下してきた。その中には、普段ファルコナー近辺には現れない種も含まれていた。明らかに誰かが魔物を意図的に操り、北側から追い立ててきた痕跡があった。
それこそがスタンピードの原因――。
魔物が一斉に移動した影響で、街道や村は今後もしばらく危険にさらされるだろう。防衛隊と冒険者ギルドは警戒態勢を続けると発表した。
背後にいる何者かの正体も、真の狙いも、まだ不明のまま。
ただひとつ確かなのは、この事件は、まだ終わっていないということだった。
スタンピード後、討伐報酬をめぐって大きな議論が巻き起こった。ファルコナーでは前例がなく、制度そのものを見直す必要が出たのだ。
最終的に、報酬は冒険者のランクごとに分配され、領主からの臨時報奨金とギルドの褒賞を合わせて、一人あたり金貨六枚。さらにB・Cランクのパーティには危険度に応じた加算もあり、四人家族が半年は暮らせる額となった。
ただし討伐数や種類をめぐる報告には食い違いが多く、とりわけ最後の大行進に関しては正確な把握が困難だった。それでもジークやコーディが譲歩し、報酬の三分の一を受け取り、残りをギルド管理とすることで落ち着いた。
凶暴化したオークの肉は「危険すぎる」として廃棄されたが、魔石の代金だけは支払われた。その結果、レイジングスピリットには金貨十五枚が分配。さらに最も貢献したパーティとして、ギルドから正式に表彰されることになった。
「臨時パーティなのに、そんなのもらっちゃっていいのか……」
褒められるのに慣れていないレイは、複雑な心境で呟いた。
そのほかにも戦利品は山ほどあった。マウンテンゴートの角は十三対も手に入り、市場で値崩れを起こすほど。最終的には一本につき金貨一枚で売れたという。
領主主催の「冒険者代表との会食」も予定されたが――。
「絶対に無理です!」
涙目で拒否するレイに、誰も無理強いはできなかった。
最終的にはジークの“エンバーエンブレム“とコーディの“タイムドリフターズ“が代表として出席し、レイはようやく胸をなで下ろした。
一方その頃、フィオナは部屋に引きこもっていた。
理由は――スタンピード後のギルドでの会話が原因だった。
最後の魔法剣の威力は圧巻で、冒険者たちは口々に絶賛していた。
「すごかった!」
「とんでもない魔法だった!」
その声に、フィオナは胸を張って説明した。
「相性ピッタリの合体魔法なんだ!」
だが次の瞬間、場にいやらしい笑みが広がる。
「合体ねぇ~」
「二人でねぇ~」
「~~~~っ!!」
耳まで真っ赤に染めたフィオナは、何も言い返せず、その場を一目散に飛び出した。その速さは、まるでサラのようだったという。
その後のパーティ内での打ち上げでも姿を見せず、サラが様子を見に行ったとき、こう叫んでいたという。
「『もうダメだ、顔向けができない! レイ殿と…合体だなんて…なんであんな言い方を!』って言ってたニャ」
「サラさん、なんでそういうことをサラッと言っちゃうんですか!」
レイの抗議は空しく響き、酒場は笑いに包まれた。
「ところで少年、当初の目的だった馬車が止められる家は、もう探さなくていいのかニャ?」
「……あぁ! すっかり忘れてた!」
こうして緊迫の事件は、最後までレイらしいドタバタで幕を下ろした。
だが――まだ物語は終わらない。
第二章『完』』
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書き溜めがあったので、第二章の後半は毎日三話投稿し、
今日はなんと五話投稿してみましたが、いかがだったでしょうか?
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次は閑話を挟んで第三章に入りますが、現在、改稿中です。
ちゃんと出来上がったら公開して、後悔しようと思います。




