第9話(金貨を手に入れた)
オークを引っ張って街道まであと少しのところで、レイは急に動けなくなった。
「アル、何だか急に体が重くなったんだけど?」
レイは立ち止まって息を切らせた。
「レイ、ナノボットのエネルギーが少なくなっているので待機状態になりました。ナノボットにより筋力を強化していた為、ナノボット内のエネルギータンクにエネルギーが貯まるまで強化が行えなくなります」
「えっ…。それ、どうやったら回復するの?」
レイは疲れた声で尋ねた。
「私たちは、レイが持っている臓器の中からエネルギーを分けてもらっています。レイは自然界からそのエネルギーの元となる物質を取り込んでいます。呼吸からそれを取り込むのが多いですが、鉱石や食事からもそのエネルギーの元となる物質を取り込む事が出来ているようですね」
アルは冷静に答えた。
「じゃあ、何か食べれば早く回復する?」
レイは期待を込めて尋ねた。
「時間をかけるしかないですね。ちなみに、レイの臓器の中のエネルギーはほとんど減っていません」
「えっ、食べてもダメなの。じゃあ今まではどうしてたんだ?」
「今日はナノボットを使い過ぎです。体力、視力聴力強化の他に、奥の手まで出しましたからね!」
「うっ、それは、ごめん」
これ以上は、やぶ蛇になりそうだったので、街道まで出て休むことにした。
「なあ、アル。このオークってどうやって持ち帰るつもりだったんだ?」
レイは興味津々に尋ねた。
「レイに強化を施せば担いで帰れると思っていましたが?」
「いやいや、オークを担いで持ち帰るヤツなんて何処にもいないぞ」
「では、初めてオークを担いで持ち帰る怪力冒険者になれますね」
「いや、急に怪力になったりしたら怪しまれるだろ?」
「確かにそうですね。次は馬車を用意しましょう。担ぐのは後々ですね」
「あ、そう…いやいや、後々になったら担ぐのかよ!」
くだらないやり取りにツッコミを入れながらも、レイは草の上に腰を下ろした。討伐の余韻が体に残っている。いったん休憩を取るにはちょうどいいタイミングだった。
森でのオーク討伐から半刻、レイはナノボットのエネルギー回復のために街道で休息を取っていた。
彼が街道の脇で休んでいると、遠くから荷車の音が聞こえてきた。レイはその方向に目を向ける。
「ん、街道から誰か来る?」
近づいてきたのは、荷物を積んだ荷馬車を引いている商人のキャラバン隊だった。商人の代表らしき人はレイのそばで荷馬車を止め、声をかけてきた。
「こんにちは。冒険者さんかい? ずいぶん疲れているようだが、大丈夫?」
「ええ、ちょっと休んでるだけです」
「そうかい。でもここの森で一人は心配だな。街まで乗せていこうか?」
「助かりますが、実は大きな荷物がありまして」
「ほう、どんな荷物だい?」
「オークです!」
商人は少し驚いた様子で眉を上げた。
「やっぱりオーク出るんだね。フォルスナーに来た商人も心配しててねぇ。このままじゃ街道が封鎖されるかもって。で、君は荷車を待っているところなのかい?」
「いえ、森の近くでたまたまオークを見つけて、討伐したまでは良かったのですが、運んでくる途中で体力が尽きちゃいまして、こうやって休んでいたところなんです」と、レイは少し疲れた表情で説明した。
商人は考え込むように少しうなずいた。
「おいおい、ここからセリンまでオークを担いで帰るのかい?そりゃ無理だろう。で、そのオークは何処に?」
「それならこの森をちょっと入ったところに置いてあります」
商人は興味津々の様子で続けた。
「ふーん、ちょっと見せてもらえるかな?これでも商人だからね。状態によっては引き取るのもやぶさかじゃないよ」
「えっ、ホントですか?」とレイは驚いた顔を見せた。
「うん、でもあくまで状態を見てからの話だよ。売り物にならなきゃ商売上がったりになってしまうからねぇ」
商人は肩をすくめた。
レイは感謝しつつ、オークの置かれた場所まで案内した。
商人はオークを見て目を見開いた。
「おいおい、こりゃすごいな。オークの首を一撃で刎ねてるじゃないか!」
商人の鋭い視線に、レイは激しく動揺した。目がオークの傷口から自分に戻ると、疑念が浮かんでいるのが明らかだった。
「君、まだ若いのにどれだけ修練を積んでるんだい?」
商人の声には、好奇心と少しの警戒が混じっていた。
レイは口を開こうとしたが、苦笑いしか出なかった。
商人はしばらく黙って見つめた後、ふと笑った。
「まぁ、君の秘密を探るつもりはないよ。ただ、これだけの腕前なら、オーク討伐よりもっと大きな仕事もできるんじゃないかと思ってね」
ほっとする反面、レイは自分の迂闊さを思い知った。
Dランクの魔物とはいえ、一撃で首を刎ねるなど早々できることではない。
高ランクの冒険者ならともかく、自分がEランクだと知れたら、かなり疑われるだろう。血抜きが楽だからと選んでしまったのは迂闊だった。
普通の冒険者なら、オークの体には戦った傷が至る所に残るはずだ。だが、このオークには一つも見当たらなかった。
自分だけの力では、こんな芸当はできなかった。アル様さまである。
他のオークの死骸を見られなかっただけでも幸いだった。
商人の好意に感謝しつつ、レイは自分の力を隠す難しさを改めて感じた。
「この大きさなら解体料込みで80,000ゴルド、えっと80,000ゴルドでいいかな?銀貨八枚で引き取るよ。どうするね?」
と商人が言ってきた。
「良いんですか?こちらも途方に暮れてたんで、その金額で引き取ってもらえるなら万々歳です」
「じゃ、商談成立だね!」
と言いながら商人が握手を求めてきたのでレイはそれに応じた。
「本当にありがとうございます。オレはレイと言います」
「申し遅れたね。私はガラハド。商売でグリムホルトからファルコナーをまで回っているんだ。セリンは中間地点だからね。良く寄らせてもらっているんだが、今回は何もなくて良かったよ。それに君のような冒険者にはお世話になってるから、少しでも助けになればと思ってね」
「ガラハドさん、ありがとうございます!」
「じゃ、オークを荷車に乗せてしまおう!」
レイは、ガラハドと二人でオークを引っ張っていったが、荷台の空いているところにオークを載せようとして固まった。アルの強化を使えば一人でも持ち上げられるかもしれないが、200キロはあるオークを人前で迂闊に持ち上げたら、不味いだろうと考えてしまった。
「レイ君、荷台に載せるのに滑車を使うからこのロープをオークに結んでくれないか?」
「え? あっ!ハイっ!」
「どうしたんだい?ぼーっとして。流石にこんな重たいものを担いで載せろなんて言わないさ」
「そ、そうですよね。あはは…」
と言いながら、レイは冷や汗が止まらなかった。これ以上疑われるのはごめん被りたかった。
レイはロープを結び、滑車で荷台にオークを載せた。
荷車はゆっくりと街へ向かって進んでいった。道中、ガラハドはレイに商売の話や旅の中での出来事を話してくれた。なんと、ガラハドは魔法も使えるらしい。
「いや、たいした魔法じゃないんだ。指先から水が出るだけでね」
彼はそう言って魔法を見せた。魔法で飲み水を確保できるため、行商を始めるきっかけになったのだとか。
荷車が街の入口に到着すると、ガラハドはレイを商人ギルドへ案内した。そこでは商人たちが取引や情報交換に勤しんでいた。
「ここがこの町での拠点だよ。必要なものがあれば、ここで手に入れるといい」
レイは感謝の言葉を口にした。
「本当に助かりました。それに、ここまで乗せてもらってありがとうございます」
「いや、こちらこそだ。最近、ドゥームウッドの森の辺りでオークの出没が騒がれていたからね。レイ君のような冒険者がいて助かったよ。それと、オークの代金の銀貨八枚だ」
レイはすぐに待ったをかけた。
「ガラハドさん。銀貨二枚渡すので、金貨一枚にしてもらえませんか?」
ガラハドは驚いたように笑った。
「それは良いけど、なぜ金貨に?」
「貧乏だったので、金貨を自分で持ったことが一度も無いんです」
レイは正直に答えた。
「はっはっは、そうか、初めての金貨って訳だ。了解したよ」
ガラハドは銀貨二枚を受け取り、金貨一枚をレイの手に置いた。
「良い取引ができたね」
笑いながら手を差し出すガラハドに、レイは握手を返した――その瞬間、アルが手の制御を奪った。
「え、ちょっ……!?」
レイは慌てて手を離そうとブンブン振るが、どうしても離れない。
「レイ、ちょっと彼の身体を調べています。握手は続けてください」
アルが淡々と告げる。
仕方なくレイは、ガラハドの手を振り回し続けた。
ようやく握手が終わったときには、顔からも手からも汗が滴り落ち、半分は冷や汗、半分は焦りでぐっしょりになっていた。
「アル、そういうことは先に言ってよ…」
レイは頭をかき、ため息を漏らした。
こうして、ドタバタの末に、レイは念願の金貨を手に入れることができたのだった。
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