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 自分はどこまで行くつもりなのだろう。気がついたら電車に乗っていた。


 椅子にだらりと腰掛け目の前に大きく広がる窓の外をぼうっと眺めて、ここはどこだ? よく働かない頭で篤史は考える。ああ、今、電車は海辺を走っているのだ。窓の向こうに夕焼けに染まった海が見える。海はどこまでもずうっと赤い。のんびりと海を渡ってゆく船やサーフィンをする人々は夕焼け色にどっぷり浸かって黒い粒のように見えた。


 何をそんなに慌てているのか、電車は敷かれたレールの上をただ真っすぐに、どこまでも走り続ける。少しくらい脱線してもいいんじゃないか、俺みたいにさ。篤史は口元だけでゆるく笑った。


 夕焼け色のたちこめた車内に乗客は少ない。四角い窓々が四角い形の夕焼け色を床にいくつも落としこんでいる。そこにミニスカートの女子高生が立っていて、彼女が手に持っているスマートフォンのディスプレイが夕日の光をまっすぐに浴びて鋭く光り、ああ、と篤史は思う。綺麗だな、と。


 篤史のスマートフォンはいまだ兄の手中にある。しかしそれを所持していてもいなくても同じことだと篤史は思った。所持していて、電話がかかってきたとしても出ない。出られない。誰とも繋がらない。繋がることはできない。そうして篤史は現実の世界からどんどん遠ざかる。篤史の存在は徐々に風化していき、ふうっと消える。そして篤史はそれを望む。自分を知るすべての人々から逃れ、夕焼けの中へ染み込むように消えていく、そんなことができたらと考えて、またしょうもないことを考えている、と篤史は自分を笑う。


 逃亡じゃねえか。兄の頭をバットで殴りつけたあと、篤史は兄の身から自分のスマートフォンを探した。兄の部屋も漁ったがそれはどこにもなかった。だから台所にある豚の貯金箱の中から祖母がせっせと貯め続ける小銭をむしり取り、家を飛び出して、あてもなく電車に乗った。持っているのはわずかな金だけだ。


 たったこれだけの金でどこまで行ける? 手のひらにじゃらじゃら乗った小銭達を眺めながら篤史は思った。そろそろ降りないといけないな。しかしながらこの電車はどこに向かっているのか、途中で降りたとしてもその後どうすればよいわけか。金がなければ宿屋にも泊まれず、物を買って食うことすらできない。人に助けを求めることもできない。そんなことをすれば兄を殴り殺して逃亡した高校生だとすぐにばれて捕まるのだ。


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