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器物損壊、現行犯逮捕か。そうなっても何らおかしくなかった。あの写真の入っていたカラーボックスに、本棚、机、目に入る物すべてに掴みかかっては床に張り倒した。
「水槽だけはやんなよ」
まさに陰と陽か、崢は床に片足を立てて座り込んだまま落ち着きはらった目つきで篤史を見上げている。
崢はどこまでも崢なのだ、実に飄々としているのだ。それが油となったか、篤史の火に注がれて燃え上がる炎と化し、衝動のままに篤史は崢の前にかがみ込むとその胸倉を掴み上げた。頬を殴るべく手を振り上げる。
「落ち着けよ」
崢の声が耳にかかった。篤史の手はいとも簡単に崢の手に捕らえられていた。
崢の胸を突き飛ばす。床に張り倒そうとした。機敏なのである、崢はそれをすり抜け、瞬時に篤史の背後に回ってまさに羽交い絞めのごとく腕一本で篤史の首元を締め上げると、
「とりあえず出て行け。な」
なおも篤史の耳元で囁くのであった。
肘で崢の腹のあたりを突き、その肘を崢の手に捕まれ揉み合いとなって、篤史を玄関へ向かわせようとする力とそれに抗おうとする力が拮抗してついには篤史が納戸に突き飛ばされる形で一旦収束となった。つまり篤史の背中は納戸を突き破り、そこに穴を開け、中に押し込められていたらしい物達が一気になだれ落ちてきたのだった。
納戸の中なら退部届を探し出す為に先ほどざっと目を通していた。しかしながら見落としていたのか、それともすぐには手の届かないような高い場所にでも保管してあったのか、篤史の周辺になだれた物達の存在には気づかぬままだった。
おびただしい数の写真であった。アルバムに貼られることもなくただ箱の中にでも閉じ込められていたのだろう。しかしながらスマートフォンやデジタルカメラの中にデータとして入りっぱなしにはされずわざわざ現像されて紙となっているわけだ、特別なものであろうことは確かであった。
「なんで?」
思わず篤史の口はそう言っていた。納戸に張り倒されたままそう言った。そう言わずにはいられなかったのだ。自分の周囲に散らばった、何十枚にも及ぶと思われる写真達、そこに写っているのはどれもこれも、篤史の兄だったのだ。




