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よぎったそれが一体何だったのか自分でも分からぬままである、目はまたも顔達をなぞっていた。ずらりと並ぶそれの中に、自分がいるかどうか――つまりはそういうことであった。
時間の経過と共に指から汗が滲み出した。それが写真に付着することなど考えに及ばなかった。
気のせいである、もう一度。篤史は同じことを繰り返す。つまるところ隅のほうから隅のほうまで自分の顔を探した。
写真が小刻みに揺れ始めた。いくつもの顔が歪み始めた。
確かに俺だ――俺がいない。
自分の部屋にあるこれと同じ写真の記憶まで蘇った。そうだ、自分は確かに崢の右隣に写っていた。だから崢の右隣にいる、顔の塗りつぶされた部員、それは確かに自分なのだ。
自分の顔の上に落ちた、凄まじいほどの筆圧。まるで憎しみのようなものさえもこもった――
きっとえなの仕業だ、そうに違いない。篤史は小さく笑った。しかしながらこの血の気の引いた感覚は一体何なのか。犯人が崢であるわけがないというのに――
玄関から物音がした。まずい。帰ってきたのだ。篤史はまさに不法侵入者であった、鍵が開いていたから勝手に入ったのだ。中に崢はおらず、えなもいなかった。だからその隙を見て崢の提出予定だという退部届を探していたのである。それが提出されるのを阻止する為に――
世の中には見てはいけないものもあるし、知ってはいけないものもある。その象徴であるかのような一枚の写真、それを急いで箱の中に戻す。だが指が震えて言うことを聞かずそれははらりと床に落ちていった。舌打ちしたいがそんな余裕もなかった。写真に指紋がついたであろうが気にする時間もなかった。落ち着け、落ち着けと念仏のように唱えながら一枚の写真を――篤史の顔が抹殺された写真を箱の中に戻した。カラーボックスの蓋を閉め、原状を回復した頃にはベースランニングをした後に匹敵するほど心拍数が上がっていた。
「まーた不法侵入者か。現行犯逮捕だ」
崢が篤史を眺めて笑っている。




