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手の中にボールがある。縫い目に指をかける。公衆便所の壁に向かって投げる。もうやめたほうがいいのは分かっている、そのうち近所の家の窓を割るだろうから。それでも篤史は投げ続ける。投げては追いかけ、拾ってはまた投げる。
崢の住むアパート近くの公園だ。出会って間もない頃、ここで初めて変化球を習った。
がらんとしている。犬を連れた人がいるくらいである。
ブランコが潮風に揺れている。外灯の明かりに照らされながら。
おい、一緒にブランコ乗るか。
時に愉快そうに崢が笑って指差したブランコである。
球を拾い上げる。篤史はゆっくりと辺りを見回す。崢は現れない。
目的が違うだろう。
不意に声がする。低く、湿っぽく、恨めしそうにそいつは言う。
ここへ来て俺を放り投げる、その目的だ。
意味のない投球が続く。果てしない、無意味。分かっている、時間の無駄であると。しかしやめられない。やめられない理由がここにはある。
俺を見ろ。
手の中でボールが言っている。どすのきいた、太い声で。
俺を見ろ。




