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 これほどまでに沈黙を恐れたことはなかった。もはや全身から汗が噴き出していた。時が止まったまま何も起きないのがまた恐怖に輪をかけた。すぐにでも謝るべきか、いや、逃げてしまえばいい、戸はすぐそこにあるのだ、鍵のない戸、そこをすり抜け一階に駆け降り祖母の部屋にでも逃げ込んでしまえばいい。そうだ、そうしよう。実行するべくベッドから身を起こした瞬間、腕を掴まれ、頬を打たれた。ぱん、との乾いた音は静まりかえった家の隅々にまで響き渡るかに思えた。


 ともかく兄の手のひらは分厚いのだ、すぐに篤史の目から涙が滲んだ。

「あいつのことは受け入れ、俺のことは拒み、」

 兄の声が篤史の耳元を這っている。

「許さない、絶対に」

 これまで一度も兄にぶたれたことがないのに気づいた。しかしながらぶたれるほうが百億倍もましだった。


 視界に入るものは鍵のない戸で、それはぐらぐらと、霞みながら揺れた。手を伸ばせば届きそうであるのに決して届くことはないのだ、兄の身の下で篤史はあまりにも無力だった。

「じっとしてろ。暴れるなよ」

 霞んで歪む視界の中、兄が自分のボクサーパンツをおろし、篤史はそこに見てはいけないものを見る。


 あとはもう何も分からなくなった。これは自分ではないのだ、悪夢に過ぎない、分かるのはそれくらいのものだった。涙をぼろぼろ零し、噛みしめた唇から血を滲ませながら、悪夢から目が覚めるのをひたすらに待ち続けた。飲んでいた薬はやはり何の役目も果たさなかった。吐瀉物となっただけだ。

「俺が嫌いか」

 兄の声が降りた。



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