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 その舌が耳を這う。熱を帯びた吐息と共に。

「落ちぶれてしまったな」

 声音は低く地を這った。

 もはや寝たふりは何の役にも立たないことを知る。身体は小刻みに震えるしそれに触れて兄はふっと笑うのだった。

「俺の忠告を再三無視してきたからこうなる。おまえはピッチャーとして終わったってことだ。ピッチャーでなくなったおまえに何が残る?」

 背後から回ってきた兄の五本の指が篤史の顎のあたりを這いまわっていた。いつだったか崢の指達にもこんなふうに這われたことがある。実にひそやかな、蜘蛛の足。

「おまえから野球を奪ったのはね、」

 耳元で兄は笑う。

「言うまでもない。あいつだよ。とんだモンスターだな」

 とんだモンスター。同じ言葉を以前に聞いた。崢が兄を描写した言葉だ、今は兄が崢をそう描写している。なぜ全く同じフレーズを使うわけか、二人はどこかで繋がってでもいるのか。


「これがあいつの望みだったんだ。おまえから野球を奪う、それがあいつの望みだった」

「そんなわけない」

 反射だった。喉から声が張り裂けるように出てきた。ふっ、と兄が笑い、篤史の耳に言葉をねじ込んでくる。

「そんなわけがない証拠は」

「あいつは優しい」

「そりゃあ望み通りになってるからだ。まだ分からないか。どっちが本当におまえのことを思っているか、どっちがおまえの破滅を望んでいるか」

 耳元で声が這い、喉のあたりで蜘蛛の足が這った。篤史はきつく目を閉じ、歯さえきつく噛みしめてその感触に耐える。


「俺がおまえを守ってあげるからな」

 声音に温かみが含まれた。布団の中で兄の手が篤史の上半身をゆったりとまさぐっていた。

「悪魔からおまえを守れるのは俺だけだ。必ずおまえを救ってあげるよ。また投げられるようにしてやる。だから安心して任せなさい。な」

 やがてその手が下半身に向かい、篤史のジャージの下の紐をほどくとその中に入ってきた。

 反射だった。篤史の肘が兄の腹のあたりを思いきり突いていた。兄の手が動きを止めた。ぱたりと空気も止まった。


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