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14

 思わず後ずさっていたのは兄の足が近づいてきたからか。ほんの数センチか、ほんのわずかだ、しかしながら兄の足は確かに篤史との距離を詰め、無意識の領域で篤史の身は兄との距離を保とうとした。


 兄の目が篤史の目を見据えている。やがて兄は言った。

「おまえの夢は何だったか。プロに行くこと。そうだよな」

 こくりと篤史は頷く。闇の中であってもそれが兄にしっかりと見えるように。うん、と言った。きちんと聞こえるように。

「うん、だから今日は身体を休めて明日からちゃんとやる。そのつもりだった」

「コーチのもとでか。大層立派なコーチ殿だ」

 兄の声が笑う。しかしその目が笑っていないことくらい闇の中であっても分かった。

「ひとつ情報をやる」

 兄は言う。闇の中で篤史の目を見据えながら。

「桐原はな、今日の試合の相手チームのキャプテンと繋がっている。意味、分かるな」

 兄の言わんとすることを篤史はしばし考える。


 そんなわけはない。ないのだ、絶対に。崢本人が否定した。その目に嘘はなかった。魚の楽園にて確信したのだ、あの体温を通して。


 しかしながら、である。意味、分かるな、との兄の問いかけに対し、分かるとか分からないとか、そういった言葉が出なかった。喉が強張っているのかそれとも唇が震えているせいか。兄は笑って続けるのである。

「桐原は事前に相手とサインの打ち合わせをしていた。そうだ、共謀だ。おまえを陥れたんだよ」


 蘇るものはマウンドの篤史によこされた、あの薄い笑みである。これまでに見たことのなかった類の笑みだった。それだけにぱっと蘇ってくるわけか。記憶から剥げ落ちることがないのか。

 しかし、である。強張った喉から声が突き上げてきた。

「どこにそんな証拠があるの? ただの憶測だろ」

 暗闇の中、兄の唇から笑みが消えたのが見えた。構わない。篤史は続けた。

「それに、そんなことする理由もない。そんなことしたって、あいつに何の得もない」


 俺に何の得がある。崢ははっきりとそう言った。そうだ、その通りだ、相手チームのキャプテンにサインを漏らし、自分のチームを惨敗させたところで崢に何の得がある。得るものはコーチとしての低評価、それだけだ、そうだ、端的な言葉の中で崢はそう言いたかったわけだ。


 あとはもうすらすらと言葉が出た。

「正直、俺もあいつを疑った。だから今日、聞きに行ったんだよ。実際に会って話して、はっきり分かった。あいつはそんなことをする奴じゃない。単に俺が相手打線に捕まっただけだよ」

「桐原はな、息を吐くように嘘をつく」

 兄は言った。一瞬にして篤史の言葉を止める。


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