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やはり頭の回転が速いのだ、篤史の言葉を掬い上げた。あえて核心を避ける篤史の言葉を。
「笑ってるように見えた。俺が制球を乱したのを見て笑ってた」
笑わぬ崢の目が篤史の目を真っすぐに見据えている。瞬きもせず、じっと。
「また兄ちゃんか」
やがて崢はそう言った。
「違う」
「来てただろ、そのへんの席にいた」
崢が親指でベンチの上あたりを指す。
「知らない。来るとも言ってなかった。だから喋ってない」
「じゃあこの頭で考えたわけか。俺と相手チームの陰謀だと」
崢の手が篤史の短い髪を掴む。
「俺がそんなことをすると思ったか」
思わず目を瞑った。かなりの握力だ、髪が抜ける、いや、頭皮ごと剥げるか。
「残念なこったな」
眉を寄せながら目を開ける。切れ長の目があった。笑った声だった、唇も笑っている。しかしながらその目は笑うことがなかった。冷えきった目だ、氷のように冷たい。
頭上でカラスが鳴いていた。カラカラと、マウンドの整備をする音も聞こえた。部員達が遠巻きに崢と篤史を見ているのも分かった。
「自分が打たれたのを人のせいにすんなよ」
耳に声がねじ込まれた。そのまま崢は右肩を篤史の右肩に軽くぶつけるようにして歩いていった。
残像か。目の前から消えたというのにその冷えた目が残像のように視界にありありと残った。
振り向く。崢の背中を振り返る。思わず出てきた言葉はこれである。
「待って」
待つことはなかった。崢の背中は遠のいてゆく。




