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最後のピースというやつか。桐原は危険人物だ。それが、はまった。肘を壊す投げ方を意図的に篤史に仕込もうとしている、そういった意味での危険人物、それとは異なる種のものを、確かに篤史は理解した。あの手この手で兄は崢と篤史を引き離そうとしている、その言葉の真意も、兄はたぶん知っている、その言葉の指し示すものも、また。
崢の唇が篤史の唇を塞いでいた。キスしたいとか、してやろうかとか、たびたび崢はそう言って、そのたびにおちょくるなと篤史は憤慨したものだった、崢のバックには常にえなの影がちらついた。しかしながら今になって思い出すのは、先ほど崢が篤史によこしたヒント、崢にとってのえなが何者であるか、であり、それから、冗談とか友情の延長とは異なる類の、片側の手では篤史の首の後ろを、もう片側の手では篤史の腰のあたりをしっかりと捕まえて動けなくしたのちによこされる、唇を割ってその中に侵入しようとさえする崢の接吻が一体何を表現するものであるのか、篤史は確かに理解した。
「今頃になってやっと理解したか」
まさにその通りである。慣れないそれに呼吸が苦しいだけでない、おそらく恐れのようなものが篤史の全身に広がっていて、それが篤史の息を荒げていた。目の前には篤史の目を真っすぐに見据えながらゆるく笑う崢がいて、それは篤史のよく知る彼ではなかった。
「な」
崢は言う。
「俺と先生、どっちを選ぶ?」
窓がガタガタと音を立てた。風が吹いているのだ。それは木枯らしなどではない、今は夏なのだ、そうだというのに、それを直接浴びているわけでもないのに、篤史の膝のあたりも、指も、唇も、小刻みに震えていた。歯などはカチカチと小さく音を立てた。
「震えてる」
崢の親指が篤史の濡れた唇に触れる。
「可愛いな」
同い年であるはずの、崢。かつてのライバルだ、マウンドで投げ合った。それが今、篤史の前であまりにも大人で、まるで幼子でも見るような目つきで、つまり余裕に溢れた笑みをもって篤史を見ていた。
そこに鳴るものは風鈴の音だった。こんな時でさえ崢のもとでは風鈴が鳴った。
「怖くない」
崢は言った。




