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16

 無意識であった。わずかに篤史の足が後ろに下がった。知らぬ間にそうなったのは崢の足がわずかに篤史との距離を詰めたからか。もうすっかり夜だ、しかしながらここ、台所の空間には電気は灯されておらずさらに水槽のライトは遠い、であるから至近距離にある崢の顔は薄暗がりの中にあった。その目は篤史の目を見ていた。そこには何の感情もなかった。

「俺を悪人のように言いやがって」

 声にもまた、何の感情もない。


 無理やりにでも取り返せば良かったのだ、崢の手からスマートフォンをもぎ取れば良かった。兄の声を遮断すべきだった。崢はやはり、憤怒している。


 桐原は危険人物だ。いつの日か兄は篤史にそう言った。そうしてほんの少し前にもそれを言ったのだ、スマートフォンを通して。崢はその言葉に同意した。確かにそうかもしれないな、と。その真意は分からない。崢は何も言わないのだ、しかしながらその足は篤史との距離をなおも詰め、その手は篤史のスマートフォンを自分のポケットにねじ込んで、自由になった両方の手がまさに篤史の身の自由を奪おうとしていた。


 もはや反射のようであった。篤史は逃げようとした。すぐに腕を掴まれた。思わずひっと声が出た。腕一本により身の動きを封じ込められたわけである、凄まじいほどの握力だ。篤史の身はぴくりとも動かない。


「どこに行く」

 耳に声がねじ込まれる。

「あいつのもとか」

 あいつ、であった。兄をあいつと表現した。その声もまた、これまで聞いたことのない色のものであった。恐る恐る見やった先にある目は薄暗がりの中であっても血走っているのが分かった。その目で篤史を真っすぐに見つめていて、篤史はそこに彼の激しい怒りを見た。

「帰さないと言っただろう」

 唇が、笑った。


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