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改めて思うのである、自分はやはり頭が足りない。兄なら瞬時に理解するのであろう、同じ親から生まれてきた者達であるというのに脳の作りが違うようだ、それだけははっきりと分かった。だから帰って兄に聞いてみようと思った。篤史にとっては難解な、崢の発する言葉達。たぶん知ってるんだろう、先生は。崢はそう言った。であるから尚更、聞けば兄はすぐに答えをくれるであろう。
兄のことを考えていたからか、まさに兄のもとへ電磁波でも飛ばしていたのか、篤史のポケットの中でスマートフォンが鳴った。まぎれもなく兄からの着信である。帰りの遅い篤史を心配しての電話なのは確かだ、これに出なければこの後連続でよこし続けるのも確かだ、だから篤史は崢に、ちょっとごめん、そう言って立ち上がり、台所のあたりまで歩を進めたのちに電話に出た。
真っ先に安心させなければならないのである。どこにいる、その問いに、公園、そう答えた。もちろん崢に聞こえないよう、声をひそめ。話してた、そう言った。兄ちゃんの心配するようなことは何もないよ、と続けた。兄ちゃんの勘違いだよと。要するに崢は篤史の肘を壊そうとなどしていないと、そんな理由などないと、それを伝えたかった。
早く帰ってこいと兄は言う。篤史としても早く帰って答えを聞きたかった。きっとこのままここにいても崢の言葉は理解できない。だから電話を切り上げようとした。背後に崢が迫っていることに全く気づかなかった。手からスマートフォンの感触がすっと消え、それで初めて崢にそれを取り上げられたことに気づいた。
やはり自分は鈍いのである。振り向いた先で崢が篤史のスマートフォンを耳に当てていた。その口は何も言葉を発しなかった。ただ口を閉じ、目にも何の感情も宿さずに、ただスマートフォンから流れ出る兄の言葉を聞いているようだ。確かにまずい状態であった。崢がものを言い、今ここが崢の家であること、それを言えば篤史の嘘がばれるのだ、なぜ嘘をついたと長々と始まる。スマートフォンの向こうで兄は何か言っている。電話の相手が篤史であると思って。返事をしない篤史に次第に苛立ち始めたのか、何を言っているのかは分からないが声が大きくなってきたのは分かった。しかしながら崢はそのままだ、ただ黙って兄の言葉を聞いていた。
ああ、なんで黙りこくっていたと長々と始まることになる、だから篤史はスマートフォンを取り返そうとそこに手を伸ばした。それを避けるかのように崢はスマートフォンを耳から離すと親指で画面に触れ、電話を切ったようだ、同時に兄の声も消えた。
これもまたまずいのだ、なぜ勝手に電話を切った、そう長々と始まる。しまいには崢の指はスマートフォン本体の電源を切った。勝手なことをするなと言いながら篤史はそれを取り返そうとするも崢の手は篤史の手からひょいと逃れた。
「危険人物だってさ」
そう言って崢が笑う。実に可笑しそうに。
「確かにそうかもしれないな」
笑いながらその目は篤史の目を真っすぐに見据えている。
聞いてはならないことを聞いたのだ、しかしながら崢は兄の言葉に同意した。これが崢の憤怒であろうか、そうなった時に崢は笑うわけか。分からぬがともかく篤史の身の至る所には汗が噴き出していて、声などは震えもした。
「スマホ返して」
崢は首などを傾げ、目は真っすぐに篤史を見据え、手にはしっかりと篤史のスマートフォンを握り込んだまま、
「返さない」
と言う。
「もう帰るから」
篤史のそれに対してはふっと笑って、
「帰さない」
と言った。確かにそう言った。