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 中学生にフォークなんざ投げさせるもんじゃない。いつだったか、中学の頃の監督はそう呟いた。それほど肘に負担のかかる球種なのだ、それがその呟きに凝縮されていた。


 おまえの兄ちゃんは俺のことが嫌いなんだよ。崢はそう言う。笑って。


「それは、」

 篤史は口を挟んだ。挟まずにはいられなかった。それを許して崢は篤史の目に笑いかける。うん? と。

「勘違いだと思うよ。兄ちゃんはおまえを嫌ってなんかいない」

「そうか」

 崢が笑う。ふっと。その目は笑わない。たたじっと篤史の目を見据えている。

「根拠は」

 根拠もなしに断定の言葉を発したわけではない。だから篤史は言った。兄ちゃんの目、と。

「投げてる時のおまえを眺める兄ちゃんの目、なんか嬉しそうだった。自慢の存在って感じだった」

「思いっきり主観が混じってんな」

 崢の目が笑う。声も笑った。それから彼はすっと篤史のほうへ手を伸ばすと、

「思い出してみろ」

と言った。そのまま彼の指が篤史の顎を掴んだ。

「変化球だ。兄ちゃんは中学生のおまえに仕込んだか? おまえの監督にまで禁止させてた。まさにモンスターブラザーだった、そうなってまでおまえに変化球を投げさせなかった」

「勝つ為に必要だったんだと思う、変化球が。結局は勝つことが目的だから。でも兄ちゃんはおまえを潰そうとなんかしていない。兄ちゃんは、先生だから」

 すっ、と崢の目から笑みが消える。しかしそれは一瞬だった、すぐに崢はゆったりと笑って、

「そうだな。あの人は、先生だ」

 篤史に同意した。あの人、と兄を表現して。

 それから彼は篤史の顎から手を離した。両手を後ろにつき身体をやや後ろに傾け、

「先生も、人間だ」

と言った。歯を見せて笑った。知ってるか、と。

 それは自分が一番よく知っている。なぜなら一緒に暮らしているから。先生だって人間だから、規則正しい生活を送れと生徒達に指導しながら自分は夜更かしすることもあるしベッドにだらしなく寝そべってだらだらとゲームだってするし、夜な夜などこかへ出かけて行って朝帰りすることだってあった、いや、あれは昼帰りだったか。


 先生はな、と崢は言う。笑って。

「おまえの知らない先生だ。俺の知ってる先生は、確かに俺を潰そうとした。潰されそうになった身だから言えるわけだ。潰されそうになって、それなら受けて立とうってな、習った変化球、全部習得してやった」

 まさにパズルか。ピースがはまる。

「だから仕返しとして俺を潰そうと」

 篤史の言葉に崢が笑った、ふっと。ふりだしに戻ったな、と言った。

「だからおまえを潰して何になる。何の得にもならねえだろ、誰も得しない。先生はな、いい加減なことを言ってあの手この手で俺とおまえを引き離そうとしているだけだ。たぶん知ってるんだろう、先生は」

「何を」

 崢は笑う。篤史の目を真っ向から見据え、

「おまえは鈍いから」

 そう言った。


 静かに笑う、崢のそれ。そこに鳴るものはやはり風鈴の音であるというのにそれが涼しげというわけでもなく、まるで夏の終わりにでも鳴るものかのような、今は夏のど真ん中にさしかかろうとしている時期であるというのに、消え入りそうな、儚いもの、そんなもののように思えた。


「分からないだろうな」

 その声さえも消えゆきそうだった。だから篤史はそれを拾った。

「分からない」

「じゃあ、」

 崢がふっと笑う。

「ヒントをやるよ。えなだ。あいつとの仲をおまえに見せつけるような真似をした理由。考えてみろ」

 変わらず崢は後ろに両手をつきあぐらをかいたラフな格好のままである。その格好でやや首を傾げ目はしっかりと篤史の目を見据えたまま、

「理解できるか」

 そう聞いた。パズルのピースははまらない。崢は歯さえも見せて笑って、

「じゃあ、」

と言った。

「俺にとってのえな、その角度からヒントをやる。えなを俺のそばに置いていた理由、それはな、自分を誤魔化す為だった。カモフラとも言える。考えてもみろ、普通、好きな女をおっさんに差し出すか?」

 そこまで言うと崢は口を閉じ、笑って、篤史の目からゆったりと目をそらした。しばしののちに再び緩慢に目を動かして篤史の目を見つめると、

「まだ理解できないんだな」

 そう言った。笑った。そこにやや呆れのようなものを含んで。


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