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11

 甘ったるい声である。篤史を見上げるその目も、また。群衆の中にいると長身のほうであるがこうして見ると小さかった。小首などを傾げ腰さえもくねらせ、まるで酔っ払いの風貌で目をじっと見上げてくるえな。先生、して。そのぽってりとした唇でそうとでも言って監督を誘惑したのだろうか。そこに愛など存在せぬまま、あたしを気持ちよくして、と。そうして監督の首が飛んだわけである。篤史は殺し屋なる女を見下ろした。目だけで。やや身体を後ろにそらして。そうしないと吐息すらかかってきそうであった。甘く漂う、殺し屋の吐息。


「なんであんなことやらせたんだよ」

 篤史の言葉にえながくすりと笑う。

「あれにはね、台本があったの」

 そう答えた。

「台本?」

「そう、台本。崢の書いた台本。あいつにはね、言うなって言われてる。だけど教えてあげる」

 もったいぶるかのように間を開け、面白そうに篤史の目をじろじろと眺めて笑いながら、

「あいつ監督が邪魔だったんだよ」

 えなはそう言った。

「邪魔?」

「そう、邪魔だったの。だから消したかったの。分かる? ぜーんぶ、計算されてのことだったわけ。あいつの思い通りにいったわ」

 そう言ってえなは笑う。


 蘇るものは何の感情も宿らぬあの目である。崢は憤怒した時さえ感情をあらわにしないタチなのだ、篤史はあの時確かにそう思った。自分の女が五十代の男の腕の中にいる事実を証拠としてカメラにおさめることで憤怒を表現したのだ、そう結論づけた。しかしながら最初からそこに憤怒など存在しなかったようである。すべては計画されていたことだったのだ、あの時の落ち着きはらったえなの様子もその証拠のひとつというわけか。


 美人局。そんな単語が脳裏によぎる。高校生の男女にそれをされ、まんまとひっかかった監督の首は飛んだ。

「なんでそんなこと」

「本人に聞いてみれば?」

 何も心配いらない。崢はそう言った。監督が消えたのちにそう言った。俺がおまえのコーチになる、と。そう言って篤史の肩を抱いた。

「おまえにあんなことさせてまで」

「別にいいんだよ」

 目の前でえなが笑っている。

「触られてもさ、別に何も減らないしさ」

 あー、腹減った。そんなことを言いながらえなは篤史の首から両腕をほどき、

「じゃ、帰るわ」と言った。「門限あるからさ」

 えなに門限である。この風貌には似つかわしくないがそれは本当のようだ、

「ここで待てば? あいつもう帰ってくるよ」

 えなはそう言うと、じゃあね、と手を振り出て行った。呻き声のような音を立てて玄関が閉まる。


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