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10


 当たり前のように出てくる女。もはやここが自分の巣であるかのごとく。

「崢ならコンビニ行ってるよ」

 えなはそう言った。またしても紙パックのジュースを片手に。

「ゴムを買いにか」

 自分にすら聞こえない呟きであったからか、それともえなが派手な音を立ててストローでジュースを吸い上げたからか、やはり聞こえなかったらしく、

「ん? なんて?」

 えなが篤史を見上げてくる。学校では、えん姉さんだ、しかしながら魚の楽園では少しばかり幼く見えた。と言うより、くだけている、といった表現が適切なのであろう、その表現そのままにえなはベッドの上にどっかりとあぐらをかいた。ベッドが軋む。短すぎるショートパンツだ、暗い色の布団の上で脚の白さがより際立った。


 久々に訪れた魚の楽園となった。ベッドをぐるりと取り囲む水槽は健在だ、とっくに日が暮れているというのに部屋の電気がついていない、だからこそ水槽のライトの明かりが眩しく、そこで熱帯魚達は水草と共に優雅に揺れ、金魚達は餌をくれと騒いでいた。自分の顔の前に集まった金魚らにえなは、さっき食っただろ、そう諭して、

「お気楽なもんだな」篤史は呟く。「人の首が一本飛んだってのによ」

 今度は聞こえたようだ。えなの目が実にゆったりと、篤史の目元へ流れた。


 篤史は立ったままである。狭い部屋だ、座るところがベッドしかない。だから立っていた。

 えながくすりと笑う。篤史の目を眺めながら。あんたってさ、と言った。

「あたしに対していつでも喧嘩腰だよね。なんかこう、あたしを見る目に険があるね」

 言ってえなは自分の眉間に二本の指を立てる。眉間の皺でも表現しているのか。歯をむき出して笑った。

「あたしになんか恨みでもあんの? あ、そうか、あたしのせいで野球部やばいことになったもんね。けどあんた別に慌ててないよね」

 ベッドの上で崩れた姿勢。学校では姉さんぶっているわけか。ふと篤史はそう思った。えらく感じが違う。ここではギャルなるものに見える。いかにも育ちの悪い、それをあたかも自慢の材料にしているかのような。


 いいんだよ。崢はそう言ってこの女を許した。あんなことで切れる仲じゃないの、えなは篤史にそう言って笑った。

「いつから監督と」

 短い言葉だ、しかしながらそれはすぐにえなに通じたようだ、

「いつから?」

 すぐに返答が来た。

「あの時が初めてに決まってんじゃん。誰があんな薄汚れたおっさんと好き好んでやるんだって話よ」

 可笑しくてたまらぬ様子である。薄汚れたおっさん、監督をそう描写して笑いながらえなはふとベッドから立ち上がり、すっと篤史の前にやって来ると、

「崢のほうがいいわ。何千倍も気持ちいい」

 そう言って篤史の首に両腕を巻きつけた。


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