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「護衛ってやつかな、おまえは危なっかしいから。すぐ襲われる。隙があるんだよ、自覚がないんだろうがな」
土手を歩いていた。下方には河川敷が広がっていた。どこへ向かっているのか分からなかった。西日がただただ眩しかった。だから篤史は目を細めた。目を細めることで視界が狭まった。そうすることで自分の姿も隠せる気がした。気がしただけだ。
兄の目の届かない地帯だ、おそらく。つまり兄の勤務する中学からは程遠い。しかしながら車を使えば遠いも近いもない。桐原とはもう会うな、兄はそう言った。
ボールの跳ねる音がする。子供らのはしゃぎ声もまた。犬の散歩をする人やジョギング中の人とすれ違う、いつもの、平和な夕方である。
それが突如として崩れる。視界が揺れた。危険人物、その単語が一瞬の間に脳裏に浮かんだ。声を出す間もなかった。土手を転がり落ちていることだけは理解できた。まさに本能なのか、指を守ろうとこぶしを握っていた。すぐに身体の流れはおさまった。草の匂いがした。枯れた草の匂いだ。そっと目を開けると枯れ草に囲まれていて、それらはぼうぼうに伸びきっているから周囲の様子はよく見えず、ただ上方には空があって、西日が篤史を見ていた。
「ほら、隙だらけだ」
すぐ近くで崢の声がする。見やると隣にいた。篤史と同じく枯れ草の中に寝転がり、くっくっと、実に可笑しそうに笑っている。
平和は続いていたようだ、何のことはない。唐突に崢から足をかけられて土手を滑り落ちたのだ、そうして崢もまた篤史に続いて転がってきたもようである。前回りでもしたのか、それともバック転でもして転がってきたか。いずれにせよ、おふざけの一環であったようだ、幼い頃に兄とよくやったような。
ひとしきり笑ったあと崢は笑ったままの目で篤史の目を見つめ、
「な」と言った。「一緒の高校に行って一緒に甲子園に行こう」
周囲からの視線を浴びることはない。もちろん兄の目を受けることもない。伸びきった枯れ草に囲まれているのだ、まさに二人きりの世界だった。
「俺頭いいからな、特待が取れるだろう。問題なく行ける」
崢は言う。笑いながら。いつだったか野球部員が言っていた、あいつめっちゃ頭いいらしい、と。確かに頭の良さそうな顔だよな、頭良くなけりゃ魔王にはなれねえわな、と言葉は続いた。
「な」
崢の手が篤史の手を取る。握り込んできた。篤史の指と指の間に自分の指と指を滑り込ませ、手のひら同士をくっつけて。この手で投げてるんだな、そう言ったあの日と同じように。ともすれば先日、車内で兄が運転席から手を伸ばし助手席の篤史の手を取った時の、あの指の絡ませ方と同じだった。
「握り返せよ」
崢は言う。その目が真っすぐに篤史の目を見据えている。




