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「あれ桐原崢じゃね?」
校門へ向かって歩いているとだしぬけに頓狂な声が上がった。野球部員の声だ。まじか、どこか、などといくつもの声が続いた。誰もがそのさまを見ようと首を伸ばした。
桐原崢。その名を知らぬ野球部員はもはや存在しなかった。
あそこで何してんだあいつ。囁き声が上がる。篤史にしてもそう思った。他校のエースだった男、つまり敵チームのピッチャーだった男、それが放課後の時間に篤史の通う中学の校門に立っているのである。
校門の塀に背をもたれていた。第二ボタンまで外したラフな格好だ、この時期に暑いのか腕をまくりつつ両手をズボンのポケットに突っ込んでいる。初めて見る学ラン姿であるがきっと中学生男子の誰もが目指す姿なのであろう、非常にこなれたさまだった。あの人誰? 女子達の囁き声も上がった。
その目は確かに誰かを探していた。校舎からぞろぞろと出てくる生徒一人一人を観察していた。その目が完全に女子を除外していることからも探している相手は男であり、きっとそれは自分なのだ、直感的に篤史は思った。思いながらも目を伏せた。目が勝手にそうしていた。家へと帰る群れの中に埋もれてしまおう、無意識の領域でそう思った。
しかしながら捕まるのである。その切れ長の目に篤史が映り込んだわけだ。群れを割るようにして彼は真っすぐに篤史のもとまでやって来て、そうしてかけてくる言葉はこれである――篤史。聞き慣れた、崢の声だ。
「迎えに来た」
さすがに顔を上げないわけにもいかない、だから篤史は顔を上げた。ポケットに手を突っ込んだまま崢が篤史の目の前で笑っていた。よく知った笑みだ、こちらもまた。
「なんでわざわざ」
篤史の質問に崢は笑うのみである。授業が終わってすぐにここへ向かったのであろう、しかしながら結構な距離があるのだ、ランニングコースとしてはちょうどよい距離ではあるが制服姿で走って来ることはないだろうから電車に乗ってきたか、それともバスを使ったか。わざわざ運賃を払って。自転車の姿はない。
「なんででしょ」
篤史の目を真っすぐに見つめながら崢は笑う。
やはり聞こえるものは音であった、あまりにも静かな。崢の目からは音がする。いつだってそう思った。




