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かすかに鳴る、風鈴の音。そこにある、あいつの目。いつだってあいつの目からは音がした。涼しげな音に包まれながらあいつはそこにいた。
桐原崢。変化球の魔王との異名を手にした男。それでいて実に飄々と佇み、篤史を眺めては笑った。
桐原は危険人物だ。兄はそう言った。
兄の言うことはいつも正しい。兄ちゃんの言う通りにやっていればうまくいくからな、と兄はいつだって言ってきたし、実際そうであった。篤史がチームのエースになったのも強豪校から誘いを受けたのも、兄の言う通りにボールを握り、兄の言う通りのフォームで投げ、兄の言う通りにトレーニングを積んできたからだ、そこに篤史の意思は介入しなかった。篤史の監督でさえそうだった、兄の意向を汲みながら篤史を育て、そうして篤史を強豪校へ送り込む実績を得た。
桐原は危険人物だ。兄はそう言った。理由は言わなかった。
きっと自分で考えろとのことなのだ、いつだって兄は言葉少なであった。この頭でしっかり、じっくり、よーく考えるんだよと、兄はそう言って篤史の頭をゆったりと撫でてきた。
父親不在の西山家、まさに兄は篤史の父親であった。
ほんとにしっかりした子だわ。母もそうだが祖母も、親戚のおじさんもおばさんも、近所の人々も、誰もが目を細めて兄を称えた。
桐原は危険人物だ。兄はそう言った。
きっと自分は兄と違って阿呆なのだ、少しばかり頭が足りない。だから時間が必要なのだ、しばしどこかに潜って、そうだ、水槽の中にでも入って、そこから外の気配をじっと窺いながら過ごすほかない。
そうだ、あの部屋に広がっていた魚の楽園、その水槽の中に入り込んで、そこからあいつの姿を観察しよう。ガラスの向こうに見えるあいつの姿、ゆったりと水の流れに身を任せる水草の、その合間から見えるあいつの――
だしぬけに篤史を振り向き、あいつはゆるく笑う。
やはりそこには音がある。かすかなる風鈴の音である。




