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「すねたか」

 笑った声と山なりの球がやって来る。幾度目になったか分からないそれをグラブで受けて篤史は崢のグラブへと放った。これももう幾度目か。練習に入る前の肩慣らしである。

「すねんなよ。ほら」

 実に可笑しそうに崢は笑っている。笑いながら意図的に外した球をよこした。だから篤史は思いきり腕を伸ばしてそれをキャッチすることとなった。崩れた体勢を元に戻し再び崢と向き合うと、

「金魚の口みたいだ」

 篤史の口元をそう描写して崢は笑う。


 崢との初めてのキャッチボールである。ゆるい球であるというのにそこには確かな力があって、ああ、これが他校のエース、かつての変化球の魔王の球であるのだと思った。野球部を引退してマウンドを降り、今後もマウンドに上がることはない、そうであるというのに崢の球から魔王なるものの力が抜けゆくことはないのだ、そう思った。


「ここに来る前に兄ちゃんに何か言われなかったか」

 聞かれて篤史はちらと崢の目を見やる。崢の言う金魚の口のままボールを投げ返した。

「どこに行くのか、とかさ」

「別に」

 えなを部屋に残し崢と二人で公園にやって来てからというもの、今初めて声を発した気がした。非常に不機嫌な声となる。

「あーあ、機嫌を損ねたな」

 くっくっと崢が笑って、

「何しに来たんだろうと思った」

 篤史は答える。自分でも聞き取りにくい声であったが崢は球と共にそれを拾って、

「そうか」と言った。「だよな」

「何を見せられてるんだろうと思った」

「えなは可愛いだろ」

 唐突に問われる。受けた球を投げ返そうとしていた。その手は球を握り返すこととなった。そうしなければおそらくすっぽ抜けた。

「可愛いか?」

 篤史の放った球が崢のグラブの中で大きな音を立てた。崢がにやっと笑う。速えな、とその球を描写した。

「目つきが悪かった。第一印象は最悪だった」

「あいつの感じの悪さは小学校の頃からだ。悪い奴じゃないんだよ」

 小学校、である。幼馴染みというやつか。篤史の知らぬ間に崢とえなは時を共に過ごしてきたことになる。

「可愛いと思ってるんだな」

 再度聞いた。崢の目をじっと見て。

「なんだ、気になんのか」

 崢のほうも篤史の目をじっと見ていた。笑って。


 子供達のはしゃぐ声が響いている。麦わら帽子に虫取り網、小学生であろう。夏休みだ、西日があまりにも強かった。それを浴びながら崢は当然のように汗ばんでいて、それでいてあまりにも涼しかった。そこには風鈴の音があった。


「家に女がいるとは思わなかった。いるなら先に言ってくれれば良かった」

 ぼそぼそと聞き取りにくい声で篤史は言うのだが、それを崢はしっかりと拾って、

「ちょっとおちょくってみたかった。ごめんな」

と言った。そう言って笑った。



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