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車から降りるなり、
「西山さん、一言お願いします。一言だけ」
大人の声とカメラのシャッター音が容赦なく浴びせられ、続々とマイクやレコーダーが集まってくる。運転席から降りた母も篤史と同様、マスクで顔のほとんどを隠し足早に家の中へ滑り込んだ。兄の消えた家へ、兄の死んだ現場へ。
「あっくん」
祖母の泣き声が飛んでくる。母が迎えに来た時には無表情を保っていたのに祖母に抱きつかれると目の奥に痛みが走るのはなぜなのか。
「ばあちゃん、ごめんね」
胸の中で泣き崩れる祖母のその痩せた背中を篤史は静かにさすった。視界に妹をとらえるもその姿は篤史をみとめたとたんに壁の向こうへ消えてゆく。
篤史の身は解放されたものの日常はすでに消え去っていた。少しでもカーテンを開ければ当然のように写真を撮られた。
ちゃぶ台の上に弟が新聞を広げている。妙な鼻歌を歌いながら、何事もなかったかのようにいつも通りに。兄の死んだ畳の上にあぐらをかいて。
ああ、そこで、兄は死んだ。
「ちい兄ちゃん」
だしぬけに弟が呼んだ。小さいほうの兄ちゃんということで篤史は「ちい兄ちゃん」、大きいほうの兄ちゃんということで篤史らの兄は「おお兄ちゃん」と呼ばれてきたわけだがこの日も弟はいつも通りにそう呼んだ。篤史を見やることなく。
「おお兄ちゃん、灰になったよ」
弟は言った。
スマートフォンの画面に流れるものは警察署の映像とアナウンサーの声だ、少年ゆえに崢の実名は伏せてある。
少年は非常に落ち着いた様子で淡々と取り調べに応じ、すべて一人でやった、恨みがあったと供述しているとのことです。
兄の名――西山 龍也で検索すればぽつぽつと動画が出てきた。暗闇に沈み込んだ部屋で篤史は頭から布団を被り、音量を最小に近いほどに下げてニュース動画を再生する。
恨まれるような人ではありません、西山先生は素晴らしい人物でした。西山龍也さんの教え子、とのテロップと共にそう言葉が流れると篤史はスマートフォンの画面に触れて動画を早送りした。加害少年の元同級生、というテロップが映るとすぐに早送りをやめ通常再生に戻す。
すごく優しくて、兄貴みたいな、先輩みたいな人でした。隣の席の奴が机の上を散らかしてたらさりげなく片付けをしてやったり服を畳んでやったりだとか、誰かが物をなくしたら一緒になって泥だらけになって探してやったりだとか、とにかく優しかった。誰かと誰かが殴り合いをしてたら間に入ってやめさせて、暴れる奴をぎゅって抱きしめて頭を撫でて、落ち着け、って言って落ち着かせてました。何があっても怒らなかったし、相手を笑って許していた。そんな彼が人を恨むとか、人に強い殺意を持つとか、人をカッターで切りつけるとか…。彼が事件を起こすなんてちょっと考えられないです。何かの間違いじゃないのかって思います。
アナウンサーの声が淡々と流れる。
取り調べの際、共に犯行に及んだと見られる少年について話が及ぶと、少年は涙ぐむということです。