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16


 あの目に感じた、風鈴の音。耳にかすめた、さざ波の音。似ていた。あの目とよく似た、切れ長の目だった。であるから妹、もしくは姉であろうと思った。そうでなければ従妹か何かである。

 彼女にしても篤史に対して疑問があったのだ、質問をよこした。

「崢の友達?」

 潤いのあるぽってりとした唇である。こちらはあまり似ていないなと思った。完全なる女だ、長い髪は馬のしっぽのようにひとつに縛られ、ぴったりと身体に張りつくタンクトップの胸元には確かな隆起があり、短すぎるショートパンツからは白すぎる脚がむき出して、足の爪は真っ赤に塗られていた。

「崢なら寝てるよ」

 低めの声である。篤史が脇に抱えたグラブにすっと目をやった。それからまたも篤史の目に視線を移す。もはや観察の目つきであった、ぶしつけとも言えるほどの。紙パックのジュースを手に持ったまま彼女は玄関に出てきたわけだが、しばしの観察ののちに篤史が野球に関する人間であると認識したのかストローをくわえ、派手な音を立ててそれを吸い上げた。随分とくだけたさまである。同じ年頃なのは確かであった。


 昼間の魚の楽園である。ライトは灯っていなかった。窓から入る日の光の中に魚たちはいた。夜とは幾分異なる空間に思えた。しかしながら崢とひと時を過ごしたベッドは当たり前だがそのままそこにあり、そこで崢が腹を上にして寝ていた。


 寝顔である。これも当たり前の話だが初めて見るものとなった。完全に意識がないのであろう、あまりにも無防備なさまである。布団を被っていないから大の字になったその身も丸ごと見えているし、伸びきったTシャツの首元からは鎖骨が見えた。飄々とマウンドに立っていたあの男も寝るのだ、当たり前ながらもそう思った。生活感丸出しというものだ、雲の上にいた男の生活の一部を覗いているわけである。


 篤史はやや身をかがめてその顔を覗き込んだ。随分と睫毛が長いんだなと思った。鼻筋はすっと通っているし唇などはまさに人形のそれだ、やや口角の上がった綺麗な形をしている。


 やはり風鈴の音がした。ここにないのにそう感じた。開け放した窓から入り込む潮風、ベッドの脇で回る扇風機の風、それらはあまりにもぬるいものであるのにここには涼しさがあった。それはまさに崢の寝顔がよこすものであった。

「崢」

 その名を呼んでみる。おそらく初めて名前で呼んだ。綺麗な名だと思った。崢。


 その目が開いた。ゆっくりと、睫毛を揺らしながら。届いたのか、小さなこの声が。それともたまたま目を覚ましたのか。寝起きのそれはぼんやりと周囲を漂ったのちに篤史の目のあたりで止まって、それからゆったりと笑った。唇も、また。

「来たか」崢は言った。「待ってた」

 まさに伝染であった。篤史の頬も唇も自然に緩んだ。待ってた、その一言を自分は待っていたのかもしれないと篤史は思った。


「名前は?」

 突如として声がかかる。低めであってもそれは女のものであった。それで少女の存在を思い出した。篤史を玄関に出迎えた少女。崢とよく似た、切れ長の目の。篤史の隣にいる。

 西山、と篤史は答えた。

「西山? もしかして」

「ビンゴ」

 崢の笑った声が割って入った。ベッドに寝そべったままだ、頭の下に両手を敷いた。

「誰かに似てると思ったら西山先生だったか。先生の弟か」

 その目にまたも観察される。ぶしつけとも表現できるほどの目つきだ、じろじろと顔を、舐めるように首から下も見られた。


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