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兄の肉体は衰えを知らない。スポーツジムに通って鍛え続けているからか、中学野球の監督だからか。崢の右腕にあの魔球を仕込んだ張本人なのだ、そのさまは実に堂々たるものである。おそらく現役の頃と何も変わらない。
触ってごらん、と兄は言う。いつ触ってもその腕にも胸にも腹にも篤史の手は確かな力で跳ね返された。ぎっしりと詰まった筋肉だ、自分のもいつかこうなるのか。まだまだ鍛錬が足りないのだ、筋肉の引きちぎれそうな思いをしたってまだまだ兄には及ばない。プロテインを飲んでるからな、と兄は笑うがそれは自分も同じである。
風呂場だ、すでに十一時を過ぎているから響かないよう幾分抑えた声だった。篤史の身体を熱心に洗いながら、いい感じに育ってるよ、と兄は篤史を褒めた。褒めて伸ばすタイプなのだ、少なくとも篤史に対しては。崢に対してどのような指導をしてきたのかは分からない。このように生身の肉体を批評したのか、実際に触れて、ここを鍛えろとか、こういったトレーニングをやれとか、そう言ったのか。
見たことがない、崢の肉体。服の下でそれはどうなっているのか。あの魔球を投げた肉体だ、鍛え上げられているのは確かだ。
湯気がたちこめる。白いもやの中に崢を見る。
いい匂いがする。声が耳に入り込んだ。紛れもなく崢の声だ、吐息までもかかった。あの匂いまでも。
明日も一緒に風呂に入ろうな、そう言ったのは兄で、ここにあるのは石鹸の香りと兄の肉体であることを思い出す。
明日、崢に会える。湯気の中で束の間、篤史は目を閉じて、その一瞬の間にあの切れ長の目と逢瀬する。笑った目。そこにはかすかな音がある。




