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 大変だな。ふっと篤史は笑った。昨日までの優等生が今日は立派な犯罪者なのである。民間人の興味をそそるような面白おかしい表現で週刊誌はこの事件を大げさに報道するであろう。あんな真面目な野球少年が、とか、あんなに立派なお兄さんがなぜ殺されなければならなかったのか、とか。そして誰かが篤史を知り尽くしたかのような口調でインタビューに答えるわけだ。


 しかし時がたてばこの事件などは忘れ去られ、人々の関心は次の事件へと移る。そして自分はいつまでも箱の中、というわけだ。笑えるな。つい最近まで他人事だった殺人事件が今自分の身に降りかかっているわけだ。しかも自分は犯罪者という立場で。全く実感がわかないのだ、まるで他人事である。


 海辺の町で篤史は電車を降りた。秋のさなかの風が身体を通り過ぎた。


 木造の無人駅ででっぷり太った猫が腹を上にして寝転がっている。地面のコンクリートはひび割れ、さびついた自転車がひっくり返ったまま放置され、煙草屋では老婆がむっつりとした顔をして座っている。随分とさびれた田舎町だ。それなのに妙に開放的な明るさがあるのはすぐそばに海があるからだろうか。


 引いては寄せる波の音はやむことなく続いている。その音に引っ張られるように篤史は夕焼け色に染め上げられた海に向かった。


 潮の香りが強くなる。すりきれたスニーカーの中に砂がさらりと入り込んでくる。


 砂浜を歩くことはあまりなかったな。ふっと思った。海の近くに住んでいながら砂浜におりることが滅多になかった。太陽の照り返しのきついグラウンドの上でひたすら白球を投げ続ける、そんな毎日だった。そんな日々の繰り返しだった。そんな日常がいきなり揺らいだ。兄を殴り、電車に乗って、名も知らぬ海に篤史はやって来てしまった。


 砂の上に腰をおろし、背中の後ろに両手をついて篤史はぼんやり海を眺める。


 あの一撃で兄は死んだだろうか? 思いきりバットを振り下ろし、それが兄の頭に当たった瞬間、しびれるような感触が手のひらいっぱいに広がった。同時に、しまった、と篤史は思った。思った頃にはもう遅かった。兄の身体はゆらりと倒れた。


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