9話 奉納祭
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奉納祭は曇天で少々季節が逆行したかのような寒風がぶり返していた。
王都の大神殿前の広場は奉納祭の会場で、人々は皆厚手のコートやマントを着用していた。
奉納祭は王国が一つだった時からの重要神事で年に二度行われる。豊穣の女神へ早春の芽吹きの時期に豊作の願いを捧げて、収穫の秋には実りの恵みに感謝を捧げる。
王国が二つに分かれてからは、早春の奉納祭は山の王国で、秋の奉納祭は海の王国にと引き継がれた。
神楽の演奏者たちは演奏直前に神殿長直々に来賓と引き合わされた。隣国の王弟ルフィーノだ。
ルフィーノは野性味あふれる大人の色気が滲みでているが、微笑すると人懐っこい雰囲気になる。細身で洗練された王都の貴公子とはまた違ったタイプの美形だ。今日は準王族としての正装姿で、髪も撫でつけて整えている。普段の冒険者姿よりも三割増し上品に見えていた。
クラーラはもしかして、と期待に胸を躍らせた。アルフレードの婚約者に内定したから、隣国の王弟を紹介されたのではと思ったのだ。しかし、彼の後に続いた男女に困惑させられた。
女性二人と男性が一人。
彼らは20代前半くらいの年頃で、大海蛇退治の英雄、青い火の鳥のパーティーメンバーだ。四人編成と聞いていたが、一人は家庭の事情で祖国へ戻っているらしい。
カリン・ミツフジという女性は体調を崩したばかりで、マントの分厚いフードを目深にかぶってマフラーに埋もれていて顔もわからない。以前、大怪我を負った後遺症で声がだせなくなったと挨拶も軽く頭を下げるのみだ。少しだけムッとしたものの、王弟殿下のお連れだから、咎めるわけにはいかない。
クラーラは無礼者は放置して向き合った残りの二人に大きく目を瞠った。
姉弟だという二人はよく似ていて絶世の美男美女だった。銀髪に紫紺の瞳で東方人の血をひいているらしい。
「お初にお目にかかります。アイリ・ナナミネ様、トーヤ・ナナミネ様。海の王国の英雄にお目にかかれて光栄です」
クラーラが見惚れている間にドロテーアと二人の奏者が見事なカーテシーで挨拶していた。はっとしてクラーラも遅れて礼をとる。
「ようこそ、おいでくださいました。英雄と名高い皆様を歓迎いたします」
「まあ、ご丁寧に痛みいります。本番前のお忙しい時間にお邪魔してごめんなさいねえ」
「・・・大袈裟な呼称は遠慮する」
姉がおっとりと応じれば、弟は無愛想で平坦な声だ。アイリはほんわりとしていて親しみやすいが、トーヤは鋭い目つきでいくら美形でもご遠慮したい近寄りがたさがある。
ルフィーノがフォローするように愛想よく笑顔を振りまいた。
「我々も鎮魂祭に出席するのだが、鎮魂歌を披露してくれる奏者が奉納祭でも演奏すると聞いてねえ。ぜひ聞いてみたいと無茶を言ってしまったのだ。無茶ぶりついでに激励させてもらおうかなっと思ってね〜」
からからと豪快に笑うルフィーノは貴族らしからぬが、それが無作法には見えない優雅さを醸しだしている。彼は姉弟を披露するように差し招いた。
「彼らは全属性持ちの偉大な魔法士でね。大海蛇を倒せたのは彼らのおかげなんだ」
「まあ、全属性だなんて!」
「すごいですわ」
「さすがですわ、金剛クラスへの昇格者は五年ぶりと聞いていますのよ」
「あら、全属性とはレアな光と闇もお持ちですの? 制御は大丈夫なのかしら、心配だわ」
賞賛の声に対して懸念を述べたのはクラーラだ。周囲の者が皆ぎょっとして彼女を注視する。神殿長フランカが眉をひそめ、ルフィーノが笑顔のままで、すっと水色の瞳を細めた。
「彼らの生家では全属性持ちが生まれるのは珍しいことではなくてね。幼い頃から制御方法は身体に叩き込まれている。完全制御が可能でなければ、人前には出してもらえないほど厳しいのだよ。
それほどの術士だからこそ、彼らは超一流冒険者の金剛クラスになれたのだ。
ドナート嬢はギルドの査定に異論でもあるのかなあ? それは大変だ、冒険者ギルドにぜひ伝えておかねばねえ。ギルドではきっと納得のいく説明をしてくれるはずだ」
「まあ、イヤですわ。王弟殿下、冒険者ギルドなんて野蛮なモノに関わりたくはありませんわ。冗談も大概になさってくださいな」
クラーラは周囲の冷え切った空気には全く臆することなく、不快げに顔を歪めて言い切った。
金剛クラスの冒険者ともなれば、王侯貴族と対等に接することができる立場だ。それをただのごろつきがごとく捉えるクラーラに誰もが唖然としていた。
「ドナート侯爵令嬢・・・」
フランカが咎めようとした矢先に、ドロテーアがぱんと手を叩いてにこやかな笑みを浮かべた。
「そういえば、皆様。神殿のご厚意で温かい飲み物をご用意してもらっているのでしたわ。開始までまだ少し時間がございますし、今のうちにいただいておきませんこと?」
ドロテーアが雰囲気を変えてくれて、お付きの侍女たちはほっとした顔を浮かべる。
「ええ、よろしいですわね。お客様は待合室にご案内致しましょう」
フランカも同意したので、その場はお開きになった。
クラーラだけが面白くなさそうな顔をしていたら、客人がいなくなった途端にドロテーアから苦言を呈された。
「ドナート様、先ほどの物言いは来賓の方に対して失礼でしたわ」
「そうです。外交問題になるのではとヒヤヒヤしましたわ」
「ええ、本当に。ドロテーア様が機転をきかせてくださって助かりましたけど」
他のメンバーからも非難されて、クラーラが不快そうに顔をしかめた。
「何よ、冒険者なんて穢らわしいモノに忖度しろなんて、わたくしを貶めるつもり? ドナート家は黙っていないわよ!」
「なっ」
「ええ〜!」
皆、驚愕の表情でクラーラを見つめてくる。ドロテーアが額を押さえて深々とため息をついた。
「まさか、お気づきではなかったのですか? おねえ・・・、いえ、ジルベルタ様と同じ紫紺の瞳をなさっていたでしょう。お二方は東方のお方ですわ。
ナナミネ家は確かカンナギ国の帝王の分家ですわよ」
「え、何それ?」
クラーラは首を傾げている。本気でわかっていないようだ。ドロテーアは同じ失敗をされては困るので説明することにした。
カンナギ国は東方諸島の最大国家で海の王国の重要取引相手だ。東方諸島の中で一番婚姻を結んでいる国でもある。
カンナギ国は神と巫女が交わってできたと伝承では言われている。カンナギ国の帝王には十二の分家があり、分家から帝王の伴侶を娶るし、帝位につかない子息や子女の婿入りと嫁ぎ先でもある。
十二家は神の血筋を保ちつつ、帝王の血が濃くなりすぎないようにバランスをとる役割を担っていた。
七峯家もカリンの三ツ藤家も十二家で、王国風に言えば、公爵家にあたる高貴な血筋だ。それをたかが冒険者風情と侮るとは外交問題に発展してもおかしくない。
そして、王弟ルフィーノの連れで海の王国の英雄でもある。
山の王国では冒険者はあまり馴染みがないが、冒険者ギルドは世界的に知名度が高く、有益なギルドだと認められている。クラーラの態度は無知を示し、無礼を晒しただけだった。
「そ、そんなこと知らなかったもの! わたくしが悪いのではないわ」
「・・・知らなかったでは済まされませんわ。少なくとも、王弟殿下のお連れで海の王国を救った英雄とわかっていらしたのだから。
ドナート様、先ほどのような発言は二度といたしませんよう」
「わ、わかったわよ・・・」
クラーラは不満顔で頷いたものの、隣国の貴族情報ならばともかく、馴染みの薄い東方諸島まで知らなくても当たり前だと反抗心が頭をもたげてくる。
大体、高貴な血筋なら冒険者稼業なんて危険で野蛮な職に就かなくてもやっていけるはずだ。
貴族として出来損ないだから、冒険者になんかなったのだと思った。
クラーラは反省することなく、不貞腐れた。ナナミネ姉弟に見惚れた自分を棚にあげてヒソヒソと彼らの噂をする侍女たちを睨みつける。侍女たちは美形な英雄姉弟にすっかり心奪われていた。
クラーラは侍女の様子から会場でも今日の主役を英雄に掻っ攫われると危惧した。
「・・・冒険者ごときに遅れをとるなんて、冗談じゃない。今に見てなさいよ」
低い呟きはクラーラ以外の耳には届かなかった。
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