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7話 異世界人サクラ

 サクラは気がつくとこの世界にいて、呆然とした。


 学校の階段を降りかけて、ぐらりと揺れた。『地震?』と思った時には、足を踏み外してこの世界にいた。

 運よく通りかかったキャラバンに保護されてもラッキーとか思わなかった。ラノベの定番の異世界転移なんて、物語だからこそ楽しめるのだ。自身の身に起きて、パニクらない豪胆さはない。


 家族仲は可もなく不可もない、ごく普通の家庭だが、もう二度と会えないと思うと絶望しかなかった。


 泣きじゃくるしかないサクラをキャラバンの者は腫れ物のように扱った。異世界人は異なる常識や知識を持つ薬にも毒にもなる要注意人物で、王城に届ける義務があった。同情はするが、どう転ぶかわからない相手で、あまり深く関わらないほうが賢明だ。

 サクラは拾われた数日後に転んで怪我をした。

 もうやだ、なんでこんな目に、と悲嘆に暮れていたら、撫でた膝小僧の怪我が治ってびっくりした。そして、言葉が通じることに驚いた。

 光魔法が顕現したから治癒できて、言葉もわかるようになったと説明された。一先ず、意思疎通ができるようになってなんとか落ち着くことができた。


 王城に連れて行かれてキャラバンの人間とは別れたが、権力者に庇護されたほうが安定した生活を送れるから気にならなかった。キャラバンも報奨金がもらえたようで、世話になった借りは返せたはずだ。

 神殿に引き取られて、まずは下級神官待遇で迎えられた。光魔法が上達すれば、巫女になり最高位の巫女姫にもなれるかもしれないと説明された。

 実は聖女召喚かなと一瞬だけ思ったが、この世界に聖女様の概念はないようで、搾取してこき使われる危険はなさそうだとほっとした。


 年齢的に王立学園に入って人脈を築き、友人を得たりとこの世界で生きていく基盤を整えたほうがいいと言われて、乙女ゲームを思い浮かべた。第二王子と婚約者が同学年だったから身構えていたら、クラスが違った。お世話役には庶民から男爵になったばかりの元商人の娘がなった。どうやら、サクラの身の上から似たような境遇の相手が接しやすかろうという配慮らしい。

 男爵令嬢からこの世界の常識など細かいことを教わった。

 男爵令嬢は茶髪茶目でモブのようだが、己が身を弁えた常識人だった。他によくある乙女ゲームのヒロイン設定の身分の低い令嬢はいないし、攻略対象者たちもだ。

 腹黒い宰相子息とか脳筋の騎士団長子息、魔法チートの令息も大人の色気の独身教師もいない。尤も、学園ではお年頃の令嬢令息を預かるだけあって間違いがあっては困ると、職員は全員既婚者のみだ。

 そして、この世界にはポーションがないので、魔力回復薬は存在しないせいか、魔力が尽きれば成り立たない生業はナシだ。

 魔法士と呼ばれる魔法使いも物理攻撃手段を何かしら取得していた。天才魔法士と名高いイレネオでも護身用の剣術は修めている。

 乙女ゲームでもなんでもない、ただ異世界に転移しただけだった。

 サクラは生活が安定して余裕がでてくると帰還方法を調べたが、何もわからなくて虚無感に支配された。


 なんで望みもしない異世界転移なんかしてるんだ、来たくて来たわけじゃないのに・・・。この世界に本当に神様が実在するなら、時空の歪みとか世界の管理はどうなってる。手抜きだ怠慢だと、詰ってやりたかった。


 サクラは意気消沈していた頃にクラーラに話しかけられて、最初は苦手だった。高位貴族で無下にはできないが、いかにもお姫様という感じで高慢さが見え隠れしているのだ。異世界人の知識を利用しようとする輩には注意するようにと神殿から言われていたし、どうにも胡散臭かった。

 でも、男爵令嬢では知り得ない権力者周辺の情報を得られるし、向こうが利用するつもりならこちらも利用してやればいいと思い直した。win-winな関係というやつだ。


 クラーラから一学年上に第一王子の婚約者ジルベルタがいて、しかも闇属性と聞いて、サクラはぽろっと『え、乙女ゲームなの?』とこぼしてしまった。

 乙女ゲームじゃないと思っていたら、サクラの光魔法に対抗する闇魔法の持ち主が次期王太子妃とか。同じ学園に通っている以上、意識せずにはいられない。やっぱり乙女ゲーム、もしくは他のゲームの可能性を疑っても仕方ないだろう。

 訝しんだクラーラにしつこく質問されて、サクラは乙女ゲームの話をしてしまった。ただの娯楽なのだ、漏らしたところで大した情報ではない。そう思っていたが、クラーラには違っていた。


 クラーラは乙女ゲームの実現を願った。ヒロインはクラーラ自身、サクラはゲームのお助けキャラだ。


 第二王子のコルラードとドロテーアの仲睦まじさは有名だったから、ムリと即答すれば、クラーラの狙いは第一王子アルフレードだった。

 ジルベルタを嵌めて婚約者から引き摺り下ろし、クラーラが後釜に収まるのだ。成功した暁にはドナート家がサクラの後ろ盾になると持ちかけられた。

 サクラは面倒なことはご免だったから、『冗談はやめてよねー』と交わしたが、クラーラは本気だった。上手くいけば、将来の王妃と友人で何かとメリットが得られるが、失敗すれば、それこそ乙女ゲームのバッドエンディングだ。


「貴女の将来がかかっているのよ、よく考えてごらんなさい。異世界人が帰還した話は聞かないのだから、貴女はこの世界で賢く立ち回らねば、一生下級神官のままよ?」

 笑顔で告げるクラーラの目は笑っていなかった。悪魔の囁きにサクラの理性はグラグラと揺れた。

 サクラごときの知識では毒にも薬にもならない。無益で人畜無害だが、レアな光属性だからと神官にしてもらっているだけだ。先行きの不透明さは不安だった。

 それでも、『嵌めるって、冤罪だよね。それって、犯罪じゃないの?』とサクラは思い悩んだ。


 そんな時に一角竜が出現して、山の王国では緊急非常事態だ。

 神殿も被害地域に物資の輸送や人材派遣で騒がしくなった。光魔法持ちが派遣されて、サクラは怖くなった。幸いにも、まだ慣れていないサクラには要請がなかったが、いずれは派遣されるかもしれないとなると、クラーラの案に乗る気になった。

 被害拡大で大騒ぎのどさくさ中に事を起こせば、詳しく調べるヒマなどない。きっと上手くいくと思った。

 クラーラを薬物で精神不安定状態にして闇魔法をかければ、洗脳状態患者の出来上がりだ。自作自演の傷害事件だから、サクラの怪我だってほんのかすり傷程度にしていた。


 ジルベルタが取り調べ中に実家から見放されて成功を確信していたら、ご神託でサクラまで討伐メンバーに選ばれるとか、信じられなかった。

『もしや、天罰があたった?』と怖くなったが、早速クラーラから援助があった。友人として、侯爵家から専属の護衛をつけると申し出があって、協力体制は万全だった。ドナート家の口利きで討伐には巫女待遇で参加できたし、戦場を見渡せる離れた位置からの治癒で安全性を確保できた。

 それでも、戦後何十年と平和な世界で生きてきたサクラにとっては怖くて仕方なかったが、討伐成功後は巫女姫の座を約束されていたからなんとか踏ん張れた。

 討伐では手抜きとか策略を巡らすヒマなんてなかった。本当に全力で戦った。ジルベルタのことは気の毒と思ったが、アルフレードに疎まれて配置換えの結果だ、仕方ないだろう。

 婚約解消しても、アルフレードに好意が残っていたなら、ジルベルタがわざわざ危険な前線に配置変えされることはなかったのだ。


 神託だったのだから、こうなるのはきっと神のご意思だったのよと、クラーラが嬉しそうに言ったから、そうなのかと納得した。

 巫女姫になって窮屈でも恵まれた生活を送るうちに漠然とした不安がこみあげてきたが、サクラにはどうすればいいのかさっぱりわからなかった。

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