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6話 謀

「今日はお招き、ありがとう。今日こそはサクラって呼んでもらえるの?」

「ええ、二人だけですもの。わたくし、とっても楽しみにしていたのよ」

 サクラとクラーラはきゃっきゃっと華やかな笑い声をあげた。

 サクラはドナート家に招かれていた。クラーラの私室で二人だけのお茶会だ。

 侍女はお茶の支度が済むと、全員下がるように命じられた。神殿から付き添ってきたサクラのお付きもだ。神殿の侍女はさすがに逡巡したが、再度巫女姫が命じるとしぶしぶと下がった。


 ぱたんと扉が閉まり、二人だけになると、少女たちから表情が抜けてすんと素になった。

「ああ、もう、やってらんないわ〜。たかが、友人のところに行くだけで、何人ついてくるのよ。ほんと、お貴族ってめんどくさいわね」

「あら、貴女は巫女姫になって喜んでいたのではないの?」

「そりゃねえ、待遇はいいから。でも、窮屈で仕方なくって。

 わたし、故郷では一般庶民だったから、お嬢のふりって疲れる。気軽に買い食いもできないし、警備上の理由とかで自由もない。

 あーもう、ヤダヤダヤダ!」

 サクラは駄々っ子のように膨れた。クラーラは買い食いとか知識にない情報に眉をしかめたが一瞬だけだ。すぐに無表情に近い口角だけあがった笑みを浮かべる。


「それで、内密な話とは何かしら? 貴女が学園ではムリと言うからご招待したのよ?」

 わざわざ招いてやったのだからさっさと話せ、と和んでいない瞳が物語っていた。サクラは貴族らしい腹黒い笑みに気付かずに表面通りに受けとり、はあっとため息をついた。

「誰かに聞かれたらマズいからさ〜。ねえ、あんたの婚約解消はいつ公になるの?

 わたしの侍女に聞いたら、怒られたんだよ? 

『そのような個人の事情を口にしてはなりません。侯爵令嬢からお聞きしたにしても、ご実家のドナート家が発表するまで知らぬフリをするものです』って」

「その通りよ。貴女、ご自分の立場をわかっているの? 巫女姫なのよ? 

 我が家の事情もあるのだから、勝手に漏らさないでちょうだい」

「だってさあ、奉納祭が終わったら、卒業式まで一月弱じゃない。アルフレード様と婚約式するヒマあるの?

 卒業式後には記念パーティーでしょ、その準備で忙しくなるじゃんか。ドレスとか一月で出来る物じゃないよね?」


 卒業記念パーティーは卒業生の身内や親しい相手が招かれている。婚約者がいる者は婚約者にエスコートされての入場だ。パーティーではエスコート相手の髪や瞳の色の衣装や小物を用いるのが常識だった。

 サクラは婚約者がいないので、お世話になっている神殿の神官長がエスコートしてくれる予定だ。

 ドレスは巫女姫の衣装を彷彿とさせる白で清楚なデザインである。サクラはもっと華やかに装いたかったが、神官長は父親くらいの年齢で、さすがに神官長の色を取り入れるのはイヤだったから、まあ仕方ないかなと思っている。

 ドレスはデザインが決まると生地選びから始まり、ドレスに合わせて靴などの小物や装飾品を決めて、と縫製以外にもやたらと時間がかかる。サクラのドレスは半年前から用意されていた。

 庶民だと既製品や中古品を買い求めるしかないが、さすがに貴族、それも高位のご令嬢だとオーダーメイド一択になる。クラーラのドレスがたった一月で出来上がるわけがない。


「ドレスならもう用意してあるわ。何を気に病んでいるのよ?」

「えー、だって、普通は婚約者から贈られる物なんでしょ? アルフレード様からもう贈られたの?」

「・・・アルフレード様との婚約はまだ内定もしてないわ。わたくしの婚約解消は奉納祭後に発表だもの。

 あまり注目されたくはないから、政治上の都合となるわ。貴女も公式にはそう言うのよ、余計なことは口にしないでよ?」

 クラーラは苦々しげに答えた。 

 国内でアルフレードと釣り合う身分と年齢の婚約者がいない女性はサクラとクラーラしかいない。だが、サクラは異世界人でこの国の常識やしきたりなどまだまだ疎いところがあるから、王妃はムリだ。クラーラの圧勝だと思っていたのに、密かに婚約解消されて一年も経つのに、未だに打診さえナシだった。

 クラーラの婚約解消には王家が責任を感じるはずと思ったから、公にせずに婚約打診を待っていた。恩に着せて婚約してあげるつもりだったのに未だに何もなく、ドナート侯爵は誤算だったと大慌てだ。このままずるずると引き伸ばすわけにはいかず、クラーラが奉納祭で成果をあげてから婚約解消を発表したほうが外聞を抑えやすいと決めたところだ。


「えー、わたしがせっかく手を貸してあげたのに、うだうだと政治的駆け引きとかめんどくさいことやってるから。

 ああああ、もう早くしないと行き遅れになるんじゃないの?」

「! 貴女ねえ、失礼にも程があるわよ。口を慎みなさい!」

 怒られたサクラは不満そうにお茶菓子を頬張った。

 サクラは箝口令を密かに破り、隣国と取引のある商人に情報を漏らした。クラーラの婚約相手にクラーラが闇魔法で操られたことが伝わるように手を打ったのだ。


 婚約者はきっとクラーラを心配して問い合わせるだろうから、クラーラはしおらしく婚約解消を申し出る計画だった。クラーラ曰く、『闇魔法にかかり、騒動を起こしたわたくしでは次期公爵夫人に相応しくありません。ご迷惑をおかけするわけにはまいりせんので、身を引きます』と。


 晴れてフリーになれば、アルフレードの婚約者に名乗りをあげられる。


 しかし、婚約者は心配などしなかった。それどころか、婚約の証をなぜ着けていなかったと責められた。護身具とは聞いていたが、まさか全属性防御の国宝級の代物だなんて聞いてない。身につけていれば防げた事態だったのにと非難されるなんて、完全に予想外だ。

 危うく、クラーラ有責の婚約破棄にされそうなところをなんとか穏便な婚約解消で済ませてもらうのに時間がかかった。ようやく、無事フリーになってみれば、ジルベルタの喪が明ける頃合いだ。アルフレードと新たな婚約を結ぶのにちょうどよかったのに。

 クラーラの婚約は政略結婚で国王も承知していたのだから、箝口令から漏れたことでドナート侯爵は密かに王家の責を問うた。それなのに、婚約破棄を解消で済ませるのに尽力したからと相殺されてしまった。完全に計算外だ。


 クラーラはすっと目を細めてサクラを睨んだ。

「貴女、本当にアルフレード様に興味はないの? もしかして、神殿に密かに打診がいっている事は・・・」

「ええええー、やめてよね! 巫女姫だけでも大変なのに、王妃とかぜえええったいにムリ! ほんと、めんどくさいの勘弁してよお?

 大体、王妃狙いなら、あんたに協力するわけないじゃん! よおく、考えてみてよ」

「それはそうだけど・・・。貴女の気持ちはともかく、神殿内ではわからないわよ? 巫女姫を王妃にして権力強化を狙っているかもしれないわ」

「うっわ、腹黒〜。ほんと、めんどくさあ〜。でも、その辺は心配ないと思うよ。

 神殿長様には『還俗すれば婚姻は可能だから、いいお相手がいたら、遠慮なく相談してね』って言われてるし。なんか、アルフレード様とジルベルタって子供の頃から神殿長様に可愛がられてたんでしょ?

 アルフレード様の嫁にわたしを推薦したりしないよ。神殿長様には巫女姫として尊重されてはいるけど、可愛がられてはいないからねえ」

 サクラは下働きの噂話を思いだして首を傾げた。


 ジルベルタとは学年が違うからあまり接点はなかった。それでも、彼女がアルフレードの婚約者で次期王太子妃と万人に認められているのは実感していた。神殿の下働きでさえ、没後二年も経つのに、未だに噂しているくらいだ。

 サクラはちらりとクラーラに視線をやった。

 神楽の歌い手はここ数年ジルベルタが勤めていて、昨年は彼女を偲んで歌はなかったそうだ。ジルベルタの後釜を狙うクラーラにとっては、神楽の独唱は最大の見せ場だ。ジルベルタ以上の力を示して成功すれば、アルフレードの婚約者に名乗りをあげても周囲を納得させられる。だが、噂話を盗み聞きしたところ、クラーラにはそこまでの力量はなさそうだった。

 クラーラ本人もわかっているからこそ、不安になってサクラに疑惑を向けてきたのだろうが・・・。


 目的達成途中で共犯者と仲間割れするとか、あり得なくない? と、サクラは不満を燻らせた。 


「王家の意向とか、貴族の政治事情とか。わたしにはそんなの全然わかんないんだから、後はクラーラのお家次第じゃないの?

 協力できることはするけどさあ、巫女姫が肩入れして政治バランスが崩れちゃったりとか、わたしの立場がヤバくなるのはご免だからね?」

 サクラは遠慮なくずけずけと言い放った。


 表向きは友人を装っているが、サクラとクラーラは利害の一致で協力しあっているだけだ。自身が危うくなってまで協力するつもりはない。

 サクラは巫女姫の高待遇を享受しても、いつでもどこでも護衛と侍女がついて回る生活が窮屈で息が詰まりそうだった。還俗すれば婚姻可能と言われているので、平民でもいいから、そこそこ財力のあるそこそこのイケメンを捕まえればいいかな、と思っている。

 贅沢よりも自由のある気楽な生活を望んでいるのはクラーラも理解しているから、これまではライバル視はしていなかった。


 クラーラはほおと息を吐きだした。

「・・・そうねえ、貴女は身の程を弁えているようだから、まあいいわ。それよりも、協力するというなら、わたくしを王太子妃に推薦しなさい。神託が下ったとでも言えばいいわ」

「え、神託って、神殿長様じゃないとできないじゃん。いくら、巫女姫でもムリでしょ。それに、()()のわたしが言い出したら、却って怪しまれない? えこ贔屓って思われるんじゃないの?」

「だったら、他に方法を考えなさい。おとめげえむとやらは色々なるーととやらがあるのでしょう? どれか、役に立ちそうな知識はないの?」

「えー、そんなこと言われても・・・」

 サクラはしばし頭を悩ませた。

 サクラが光魔法だったから、闇魔法のジルベルタを悪役令嬢に仕立てるのはすぐに思いついたが、彼女はもういない。悪役令嬢が退場してもエンディングを迎えない乙女ゲームとか、どんな無理ゲーなのか。


「・・・うーん、この世界では闇魔法で洗脳や魅了されると精神崩壊で廃人になるんだよね?」

「そうよ。だから、わたくし、しばらく寝込んだでしょう」

「じゃあ、アルフレード様がジルベルタに洗脳されたままでクラーラを婚約者にできないわけじゃないよね?」

「ええ、アルフレード様が洗脳されたりしていたら、周囲がすぐに気づくわ。洗脳や魅了はかけられた側がそれを望む下地があってこそ有効なの。望まない精神支配は心を破壊するらしいわ」

「じゃあ、ジルベルタを悪役にするのはこれ以上ムリだよ。当て馬役がいないと、乙女ゲームにならないし。どうしようかなあ」

「・・・ねえ、もし、アルフレード様が無意識に望んでジルベルタの虜になった、というならば、話は別じゃなくて?」

「どういうこと?」

 サクラが首を傾げると、クラーラはうっすらと口角をあげた。


「フェデーレ家の祖は臣籍降下した王兄なのよ。継承権は放棄しているけど、王家の血筋でジルベルタとアルフレード様は幼なじみだった。ジルベルタが幼さ故に制御できずに闇魔法をかけてしまったけれど、親しくしていたアルフレード様は仲良くしたいと願っていたから洗脳されたことに気が付かなかった。

 それがずっと今でも解けずに続いていたら?

 アルフレード様が婚約に乗り気でないのはジルベルタの闇魔法のせい。未だに亡き元婚約者に縛りつけられているって噂になったら、王家はどうするかしら?」

「どうって・・・。ジルベルタは非難されそうだし、王家もいい気分はしないと思うけど?」

 クラーラはふふふっと笑い、扇で口元を隠した。


「闇魔法に囚われた王子様を鎮魂歌で解放してあげるって筋書きはどうかしら?

 一角竜の犠牲者への鎮魂祭でわたくしが素晴らしい鎮魂歌を披露するの。その後に政治上の理由で婚約解消したわたくしがアルフレード様の婚約者に名乗りをあげる。

 貴女は神殿上部にわたくしがアルフレード様をお救いしたと根回ししなさい。きっと、上手くいくわ」

 サクラはご機嫌のクラーラに目を見張った。

 クラーラの歌唱力で万人を唸らせる鎮魂歌が可能なのか、判断がつかなかった。サクラのためらいを見抜いたのか、クラーラが冷たく微笑んだ。

「鎮魂歌に闇魔法をのせてもらうわ。追悼の意を表す式典なのだから、きっと出席者の心に大いに響くはず。成功は疑いないわ。

 貴女は式典の心配なんかいらなくてよ。それよりも、闇魔法の危険性の噂を流しなさい。神殿の下働きや出入りの商人にさり気なく、ね。貴女、そういう相手と仲良くなるのはお得意でしょう?」

 巫女姫となっても庶民気質の抜けないサクラは侍女の目を盗んでは気楽におしゃべりできる相手として使用人に話しかけていた。それを揶揄されて、むかっとした。


「・・・そういう相手のおかげで、クラーラの婚約者にまで噂が届いたんだからね。婚約解消できたのは彼らのおかげなんだよ?」

「そうねえ、おしゃべり雀はわたくしも重宝していてよ。情報操作は貴族夫人の必須特技ですもの」

 うふふふとクラーラは楽しげに頬を緩めた。外堀を埋めてしまえば、王家だとて否定できまい。アルフレードの婚約者に、ひいては将来の王妃になれるのだ。いくらでも、笑みが浮かぶ。

 サクラは楽しげなクラーラに不満そうな目を向けたが、お茶を無理やり飲み込んで誤魔化した。




 国王と王妃は報告書を読み終わって、無言で片付けた。人払いする前に淹れてもらったお茶はすでに冷めているが、行儀悪くずずずっと音をたてていただいた。

「ふ、ふふっ、あなたったら、そんな飲み方なさって・・・」

「そなたもだろう」

 くすくす笑う王妃に国王はむすうと膨れて答えた。

 この夫婦、長年連れそううちに似てきたのか、不機嫌になると不作法をしでかす癖があった。

 がきんと皿にフォークを突き立てて、焼き菓子が串刺しにされる。


「巫女姫の協力とやらは、一体いつからなのだろうな?」

「あら、奇遇ねえ。わたくしもそう思っていたわ」

 王妃は足を組んで背もたれにふんぞり返る。苛立たしげに豊かな金の髪を掻きあげた。

「おとめげえむとは、何かしら? 巫女姫の知識のようだけど」

「げえむは遊戯のことらしいが、るーととはなんだろうな?」

「さあ? もしかしたら、独り言で何か漏らしてはいないかしら」

「影にそれも報告させるか」

 国王も椅子の上で胡座をかき、その上に肘をついて思案していた。


 サクラとクラーラのお茶会の話題はアルフレードの婚約者になる手段についてだが、何やら不穏な相談だった。謀を感じるものの確実な決定打はなく、直接尋ねる機会を設けるのは時期尚早だ。

 しばらくは泳がせておくかと、国王夫妻は意見が一致した。

 影に一言も漏らさずに報告するように命じたのだった。

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