31話 行く末(後編)
それぞれの結末で最終話です。
〜〜 数年後 〜〜
サクラとジェレミアが孤児院に戻ると、子供たちに囲まれた。
「サクラお姉ちゃん! 大丈夫だった?」
「にーちゃん、怪我しなかった?」
「大丈夫だって言っただろ? にーちゃんは強いんだぞ。サクラおねーちゃんの魔法もすごいからな」
ジェレミアが子供たちの頭を豪快にわしわしと撫でながら笑った。子供たちはほっとして笑顔になる。サクラも一人一人に笑いかけて、留守の間の話を聞いていた。
ここは北部の山脈地帯近くの神殿だ。併設された孤児院でサクラたちは子供の世話をしながら、時折小型魔獣の討伐も行なっていた。
クラーラの共犯者として罪を告白したサクラだが、クラーラが絶対に認めなかったから証拠不十分で無罪になった。サクラがまだこの世界に慣れていなかったのも考慮されてお咎めはなしだ。
サクラの心情では受け入れられずに修道院入りを希望したが、巫女姫を務めるほどの力を惜しむ声が多くて認められなかった。それに、婚姻でもないのに還俗するのも後ろ盾がなければ難しいとされた。それをフランカが魔獣の被害地域に一神官として出向させる形でおさめてくれた。
ジルベルタの冥福を祈るならば、魔獣被害に遭う人たちを助けることで彼女が守った平和に報いてもいいのでは、とサクラを説得したのだ。
ジェレミアはサクラの庇護者兼護衛役だ。
とりあえず、聖剣士として合格レベルの作法を学んだので、地域に出向も可能となった。王都で式典が行われる場合には参加しなければならないが、それ以外はサクラのそばで過ごすことになっている。
魔獣討伐は領地の護衛兵と協力して行うが、普段は神殿勤めだ。ジェレミアは魔法も使えるようになったが、まだ初級魔法くらいで熟練には程遠い。時折、イレネオが訪ねてきては以前のように魔法講座で教えてもらっている。
神殿長兼孤児院長に帰還の挨拶と報告を終えると、疲れているだろうから今日はこのまま休んで構わないと言われた。
サクラが留守の間の郵便物を受け取り、ある一通の手紙に固まった。
隼の紋章が押してあるやたらと格調が高そうな封筒は王家からだ。
「ジェ、ジェレミアさん、ど、どどどーしよ。何か、あったのかな?」
「サクラちゃん、落ちついて。緊急じゃないから、悪い知らせじゃないよ」
ジェレミアはサクラを宥めた。巫女姫を辞職したサクラには以前のように接することにしたから、親戚のお兄ちゃんみたいな呼び方にしている。
ジェレミアに励まされながら開いた封筒の中身は王太子アルフレードの結婚式への招待状だった。まだ半年も先のことで、返答に余裕があった。討伐仲間でのご招待だ。
「なあんだ、王都への召喚とかじゃなかったんだ〜。よかったあ〜」
「サクラちゃん、召喚されるような悪さした覚えがあったの?」
「えー、だって。この前、ジェレミアさんが橋を壊したから苦情があるかなって」
「いやいや、あれは不可抗力でしょ。元々、橋だって老朽化してたし」
魔獣討伐に夢中になるあまりにちょおっとだけ無茶をやらかしたのだ。
ワイワイ言いながら、他の郵便物にも目を通した。サクラがお茶を淹れてくれて、ジェレミアが思い出したように尋ねた。
「そう言えば、サクラちゃん。結婚式に着ていくような華やかな衣装って持ってる?
さすがに神官服だと浮いちゃうよ」
「巫女姫の時のドレスがいくつかあるよ。ジェレミアさんこそ用意はあるの?」
「んー、オレはイレネオを頼ろうと思っているから。サクラちゃんもどうかな?
巫女姫時代とは流行も変わってるかもだよ。イレネオに相談してみない?」
「そうだなあ、できればお願いしようかな」
サクラが頷いて、王都へ想いを馳せた。ここのような地方都市よりも華やかで便利な生活だったが、サクラには今の暮らしの方が性に合っている。
ジェレミアが過保護なお兄ちゃんと化しているのだけが難点だが、本当の兄妹のようでありがたかった。ジェレミアはサクラに気のありそうな若者には『オレを倒してからじゃないと、サクラは渡さん』と頑固親父のように振る舞うのだ。
兄でも父でもいいけど、家族ができたのは嬉しい。サクラは巫女姫の時よりも満ち足りた生活を送っていた。
王太子の婚姻による恩赦でビビアナは懲罰労働施設から解放された。ビビアナはクラーラの命令で違法な闇魔法を用いた罪に問われ、借金の返済義務もあって懲罰労働施設に入っていた。
親戚のお兄さんが迎えにきてるぞ、という管理官の言葉に、まさかと思えば、予想通りの人物がいた。
「遠縁の娘がお世話になりました、どうもありがとうございました」
殊勝げに頭を下げるのは幼馴染のカルロだ。ビビアナはぽかんとしてしまった。
「え、なんでまだいるの?」
「ひでーなあ、いきなりずいぶんなご挨拶じゃねえか」
苦笑するカルロはとっくに国外脱出しているはずだった。
王立学園でサクラを襲ったのはカルロに命じられた配下だ。そいつは顔バレしていなかったのをいいことに密告して仲間を売ろうとした裏切り者だ。死の制裁予定だったから、カルロは裏切り者に取引を持ちかけた。
サクラの暗殺未遂で騒ぎを起こせ、偽りの自白で捜査を妨害したら制裁済みとして不問にしてやる、と。
ドナート家の依頼だと自白すれば重い罪にはならないと嘘の入れ知恵をしてやった。
カルロは裏切り者が裏門付近で取り押さえられた騒動中に学園に仲間と共に侵入した。学園で雑務を行う使用人のお仕着せ姿になれば、誰も気にはしない。出入りのチェックが厳しい学園内をまさか侵入者が堂々と出歩くとは思わないだろう。
カルロと仲間たちはレンタルの装飾品を片付ける手伝い中に盗むことにした。学園内の窃盗捜査で街中の警備体制がゆるむのを期待してのことだ。その隙に国外脱出する予定で、裏切り者は最初から捨て駒だった。
カルロはビビアナの手荷物の鞄を持って肩をすくめた。
「仲間は無事脱出した。オレはまだ目的を果たしていないから、留まったのさ」
「目的?」
「おいおい、忘れたのか? 先生たちの仇討ちだよ」
「でも、それは失敗したじゃない」
ビビアナは苦い顔だ。
クラーラの罪からドナート家の没落を狙ったのに、証言だけでは証拠不十分で罪に問えなかった。カルロの配下がサクラを襲ったのもドナート家と直接の関わりはないと否定されている。ドナート侯爵は娘の不始末で自ら降爵を申し出て責任を取った形だ。
カルロはふっと皮肉げに口角をあげた。
「侯爵様が子爵落ちだぞ? 使用人や護衛だって、数も質も前より劣る。
子爵家の屋敷に手下を一人送り込んでおいたから、元侯爵様の行動パターンも予定も何もかも把握済みだ。いつでもお邪魔する準備はできているさ」
要するに忍び込むのがいつでも可能状態だ。ビビアナは顔を輝かせた。
「それ、いつよ? わたしにも手伝わせて」
「いーや、お前は先生たちのとこ行って、治療を受けろ」
「先生たち?」
訝しむビビアナにカルロは説明した。
ドナート領から追放された先生を何人か、遠く離れた地方の田舎町で見つけていた。先生は昔と変わらず、孤児院兼治療院を開いて地域住民に尽くしていると言う。
ビビアナの身体は一時的に魔力量をあげる劇薬のせいで内臓が弱っている。もうどんなに弱い魔法でも使えないほどだ。先生には事情を明かしてあるから治療してもらえ、とカルロが借りた辻馬車にビビアナの荷物を放り込んだ。ついでのようにビビアナも押し込められる。
「ちょっと、カルロ! 何するのよ⁉︎」
「いいからお前は行け。先生たちが待ってる。後はおにーさんに任せなさい」
カルロが手を振って辻馬車は出発した。ビビアナが何やら喚いているが、御者も孤児院の仲間だったやつだ。説得は任せても大丈夫だろう。
しばらくは謹慎で大人しくしているつもりであろう元侯爵様には十分なお礼参りをしないとな、とカルロは凄みのある笑みを浮かべていた。
トーヤは膝をついて絶望していた。
二週間ぶりに我が家に戻ったら、最愛の我が子に忘れられていたのだ。
一歳半になる息子、ミツキはトーヤによく似た容姿だが、中身は母親似だ。愛想がよくていつもにこにこしていて、大人たちによく可愛がられている。
ミツキは久しぶりに会う父に顔をしかめたかと思うと、うえーんと泣き出して抱っこする母親にしがみついた。見知らぬ人間に対する反応だ。
ショックで固まるトーヤは息子をあやす妻に放っておかれた。
一応、使用人が気づかってお部屋でお休みくださいと案内されたが、どんよりと背負った暗雲が晴れることはなかった。お茶を淹れてもらっても微動だにせず、固まったままだ。
伯爵位を得たトーヤは領地は辞退した。王領を分けると言う提案に畏れ多いと遠慮したのだが、本音では面倒くさそうだからいらない、だ。
普段はアイリとの婚姻で大公殿下になったルフィーノの補佐役を務めている。時折、金剛クラスでないと敵わない案件で冒険者家業も行っているが、家庭を持った今ではかつての師マサムネのように後進の育成に関わることが多い。
隣国の王太子アルフレードの結婚式にルフィーノが参加するのでお供して帰ってきたところだ。ついでに山の王国でいくつかの用件を片付けて、妻の親族のフェデーレ家とも交流をしてお土産をもらってきた。
愛しの妻子にようやく会えるとるんるん気分で帰宅すれば、我が子に忘れられて泣かれるとか。
あんなに毎日抱っこして頬擦りして寝かしつけてと父親業を満喫していたのに・・・。
「ふ、ふふっ、二週間もかかったから、か。・・・うん、滅ぼすか」
何を⁉︎ と、お付きの侍女はツッコミたかった。奥様、早く来て! 旦那様の乱心を止めてえ〜、という心の悲鳴が届いたのか、カリンが現れてくら〜い雰囲気に首を傾げている。
カリンはうなだれる夫の頭をなでなでして、隣に座った。トーヤの手をとって、指で文字を綴る。
『おかえりなさい、トーヤ。疲れているの? もう休んだほうがいいわ』
「・・・いや、私は大丈夫だ。光樹は?」
『眠っているわ。乳母に任せてきたから、しばらくは大丈夫。もしかして、泣かれて落ち込んでしまった?
ミツキはまだ小さいから、仕方ないわよ』
カリンの前にもお茶が置かれて、目配せを受けた侍女が嬉々として退出する。夫婦二人きりの時間だ。
トーヤはぎゅうっと妻に抱きついた。
「光樹に、泣かれた。おとーさまなのに・・・」
お義父様は会うたびに泣かれているけど、とカリンは遠い目になって苦笑する。
シオンが海の王国に別荘を購入して長期滞在する時には必ずハリマが付き添っていた。その度に交流する機会を得ているのだが、ミツキはシオンにはすぐに懐くのに祖父のハリマはいつも泣かれるのだ。
シオンは母のカリンと似ているから慣れているのだろうとはマサムネ説だ。
そういう彼も青い火の鳥の解散で故国に戻り、今ではシオンのお供役だ。マサムネはいつもお土産を最初に渡してミツキの興味を引くので泣かれていない。年の功だろうか、小さい子の扱いには慣れている。
カリンはトーヤの背中に腕を回して撫でた。ますますしがみつく力が強くなるが、まあ我慢できる範囲だ。
「結婚披露宴で他国の重鎮とも顔を合わせた。外交も大事だとはわかるが、面倒な取引を申し出る阿呆がいて、ぶった斬ってやりたくなった・・・」
それはダメでしょう、とカリンは頭をぐりぐりと彼の肩にこすりつけた。トーヤはふうとため息をつく。
「うん、ダメだと思うから我慢した。その代わりにルフィーノ様が任せろと満面の笑みだったから、交渉の席で泣かせたはずだけど」
いや、それもどうなの・・・? とは思うが、高名な冒険者として各国に人脈を持つルフィーノだ。何かしらの弱みを見つけたのだろう、相変わらず飄々と楽しそうで何よりだ。
トーヤは腕の力を緩めて妻の黒髪を弄りだした。
「夕凪の国で未使用の時空装置が見つかったそうだ。その話題で賑わったのだが、王太子殿下が興味を示していた。もし、実用可能ならば、時間操作ができるのか、と」
古代大陸は時空魔法を極めていたと伝えられている。
時空装置は大陸内の各地に装備されていて、長距離の移動手段や異世界から未知の動植物を採取して研究したりと幅広く使われていたらしい。
中でも、大災害や大事故が起きた時には時間を操って被害を未然に防いだりもしたというが、真相は謎だ。
これまで確認された時空装置は全て破損がある状態で調べようにもまともに作動させられなかった。装置同士は連動が解けていないようで、動力の魔力をあちらこちらへと流動状態だ。どこの装置が稼働するのかも不明でうかつに調査もできない。
未使用の時空装置は学者界隈では大発見で、大盛り上がりしているらしい。
「・・・王太子殿下は時間を操れるならば、戻りたい時間があるようだった。その、もしかしたら、君とやりな、ひゃあふう」
トーヤはびろーんと頬をひっぱられて涙目になった。思いきり頬を摘んだ妻は半眼で睨んできて、ちょおっとだけ怖い雰囲気だ。
不意にカリンがうるっと瞳を潤ませて、トーヤはぎょっとなった。
「え、カリン、どうした? わ、私が、何か・・・」
『トーヤはひどい。ミツキが可愛くないの?』
ワタワタするトーヤは手のひらに爪を立てられて痛かったが、妻を宥めるのが先だ。そっとカリンの頭を撫でた。
「私は光樹はもちろん、君のことも可愛くて大切だ。二人とも私の最愛で、この世の何物にも替えられない宝だ」
『時間が戻ったりしたら、今の時間軸とは別なものになるわ。もしかしたら、ミツキが存在しない世界になるかもしれない。そんなのは、もしもの話でもイヤ、聞かせないで』
「・・・ああ、そうだな。すまない、私が軽率だった。ごめん」
トーヤは己の発言に後悔した。
実際にトーヤたちは一年前の時間に戻って、前とは別の世界を歩んでいる。学者バカに研究素材認定されたくないので公にはしていないが、バレたら追い回されるのは確実だ。
本当に時間操作が可能とわかっているから、カリンにしてみれば、もしもの話ではすまないのだ。
『わたくしは時を戻せると言われても頷かないわ。今がとても幸せだもの。
もしも、この先、不幸に見舞われてそれをなかったことにできると言われても、多分望まないと思う。だって、時を戻っても何もかもうまくいくなんて保証はどこにもないもの。
それに時空魔法を誤ったから、一度世界は滅びたのでしょう? 古代遺産の時空装置はとても恐ろしいものだと思うの。
また世界が滅ぶ危険を犯してまで時を戻り、不幸をなかったことにしても、別の世界になって誰かを犠牲にしてしまうかもしれない。その時、わたくしは貴方やミツキに顔向けできるのかしら?』
「・・・確かに、時空装置は世界を滅ぼす最終兵器、とも言えるな」
しばし考え込んだトーヤは腕の中ですりすりと甘える妻にそっと口づけた。
ふにゃと気の抜けた笑顔になる妻が愛おしい。大切な妻子に誇れない真似だけはできないな、と改めて強く思う。
「私も時は戻せなくても構わない。いや、本来ならば、時は戻らないものだ。
私たちに起きたのは神の御業に等しい奇跡だったのだな・・・」
トーヤは奇跡に感謝してカリンを優しく抱きしめた。
予定よりも一話増えましたが、これにて完結です。最後までお読みいただきありがとうございました。
面白かったら評価していただけると光栄です。
明日から新連載『番だなんて人違いです』を投稿します。
【あらすじ紹介】
人族最大の王国の卒業記念パーティーで聖女へ侍って婚約破棄を宣う一団がいた。彼らの婚約者たちは予想していたので迎え打つ気満々だ。こうなると予め忠告を受けていたのだ。
それを眺めていた留学生のジョンが婚約破棄を了承したクリスタと目が合った途端、竜瞳が顕現する。竜瞳は番と出会うと現れる。留学生とは仮の姿で、彼は竜人族だったのだ。
人族以外の種族には番という運命の相手がいるのは常識だが、クリスタには到底受け入れるわけにはいかない理由があった。
という感じで今回はコメディ風味を目指してます。
毎週水曜の10時20分に連載予定です。興味がありましたら、ご覧くださると嬉しいです。よろしくお願いします。




