3話 事件
前回からの続きの話です。
二年前の討伐直前にアルフレードは婚約を解消した。
表向きの理由は婚約者ジルベルタ・フェデーレが気鬱の病にかかり、長期間の治療が必要となったためだ。解消は一時的なもので、治療がすめば再婚約も可能と発表されたが、真の理由は異なる。
学園でいきなり刃傷沙汰が起こり、加害者には闇魔法の痕跡があると診断された。当時の学園では人を洗脳できるほど強い闇魔法の使い手はジルベルタだけだった。
ちょうど、王国には古代種竜が現れて、あちらこちらで被害が出ていた時だ。
国王はその対応に追われて、王妃も補佐していた。被害地域への物資補給確保で地方へ出向いていたりと多忙だった。
学園での事件は婚姻後は王太子になるのが決定していたアルフレードが対処することになった。
事件は放課後の人気のない時間帯に起こった。いきなり、クラーラ・ドナート侯爵令嬢が友人のサクラを襲ったのである。
幸いにも、まだ校内には教師陣が残っていてすぐにクラーラは取り押さえられた。サクラもかすり傷で、自身の光魔法ですぐに治せた。クラーラは虚な目をしていて、まともに受け答えはできない状態だった。王宮の医師の診察で闇魔法の痕跡が見つかった。無理やり洗脳されて意に染まない暴力行為を行なわされて心神喪失状態だと診断された。
ジルベルタはクラーラやサクラより一つ年上で、クラスは異なるので接点はない。事件が起こった時間にはすでに帰宅していたのだが、クラーラがいつ洗脳されたのか不明だったため、第一容疑者として疑われた。第一王子の婚約者だったので、関係者にはすべて箝口令がだされて密かに取り調べを行なった。
なるべく、関わりを持つ人間を増やすわけにはいかず、王子自らの取り調べだ。ジルベルタは知らぬ存ぜぬを主張したが、厳しい取り調べにまずジルベルタの実家、フェデーレ家が音をあげた。
フェデーレ公爵家は当主の祖父が興した家系だ。祖父は第一王子だったが生まれつき病弱で政務は無理だと早くから王位継承者から外れていた。当主は国王とは再従兄弟関係だが、王位継承権はない。
当主はプライドが高く、容疑がかかった娘をあっさりと切り捨てた。
犯人か否か、真実はどうでもよかった。ただ、疑いだけでも家の恥になるから、婚約解消を申し出て娘を退学させて領地で静養(幽閉)させると言い出した。娘は気鬱の病にかかって、治療が必要だと早くもふれ回ったのだ。
ジルベルタは容疑者として王宮の貴族牢に囚われていて、実家の決定を知らされると呆然としていたらしい。それまで、真摯に無実を訴えていたのに、どうでもいいとばかりに『殿下のよきように』としか言わなくなった。
アルフレードが裁く前に外堀から容疑が認められてしまった。国王夫妻が事態の収拾に乗りだす暇はなかった。古代種竜の討伐で、神殿から神託が下されたのだ。
神殿で保管している特別な聖剣の使い手に地方都市の警備兵ジェレミアが選ばれた。そして、彼の補佐役も神託で決められた。天才魔法士として名高いイレネオに強力な風魔法の使い手アルフレードと護衛騎士のダリオ、そして光魔法のサクラとアルフレードの婚約者で闇魔法のジルベルタ。
王太子内定のアルフレードとその婚約者を討伐メンバーにするのは反対の声もあがったが、まずは王国の安寧が大事だとアルフレードは引き受けた。ジルベルタは婚約解消直後だったが、王家の決定には従うまでと、まるで人形のように無表情無言だった。
ジルベルタが本当にクラーラを洗脳してサクラを襲わせたならば、二人の同行は最悪な選択だ。討伐失敗の可能性だってある。
国王は神託が下った以上、ジルベルタは無実の可能性が高いと主張し、討伐後に改めて事件の再調査を命じていた。
だが、ジルベルタは最有力容疑者のまま、討伐に出て帰らぬ人となったのである。それも、アルフレードを庇ってのことだ。
アルフレードが罪悪感で苦しんでいるのを知っているが、ジルベルタが亡くなってそろそろ二年経つ。
婚約解消直後だったから、一年間は彼女の喪に服すのは誰もが認めていたが、アルフレードは王太子になるのだ。本来なら、喪があけ次第、婚約者を決めねばならなかった。国王はまだ息子の心の傷が癒えていないと見送っていたが、もうこれ以上の引き伸ばしは無理だ。
早急にアルフレードの婚約者を決め、王太子に立てねばならない。
弟の婚約者が伯爵令嬢なので、高位貴族からが望ましかった。
候補者は巫女姫になって高位貴族並みの身分になったサクラか、密かに事件の加害者とバレて婚約解消されたクラーラしかいない。
国外から将来の王妃を迎えるのは難しかった。この国ーー山の王国には東側の海の王国以外に交流できる隣国はない。
東以外は他国との交通経路がない状態だった。
北の険しい山脈には時空の歪みがあり、いつどんな魔獣が現れるかわからない。古代種竜のように強大な魔獣は珍しいが、小型魔獣の出現はよくあったから、山脈地帯は魔獣の棲家になっている。
西側は死の砂漠と呼ばれていた。
北の山脈地帯よりも小規模だが、時空の歪みの多発地点だ。頻繁に砂嵐が起こり、一晩ですっかり地形が変わってしまう。オアシスも出現場所が変化するので、砂漠を旅するのは雨季以外には無理だ。
砂漠では時折異世界人が現れるが、大概は過酷な環境ですぐに亡くなる。サクラは運良く雨季の出現で通りかかったキャラバンに保護されてこの国へやって来た。
南側は広大な湿地帯が広がり、毒を持つ生物が多数生息している。
爬虫類や両生類が多いが、希少な薬効のある植物も生えていて薬の原料の宝庫でもあった。採取中に赤子ほどのヒルや昆虫に襲われたりと危険も多いが、研究者や医師に薬師らの依頼で採取者が後を絶たない。開拓案は何度かでているが、いつも研究者らの反対で潰されている。未開地域のままだ。
海の王国とは大河が国境になっているだけで障害はないが、海の王国は沖合いに時空の歪みが現れていた。水棲魔獣はすぐに深く潜ってしまうので退治に苦労している。海の王国は海運国家で、取引相手の東方諸島と婚姻を結ぶことが多い。
時折、山の王国とも友好関係を強固にするための政略結婚をするが、両国とも今代の王族は男児ばかりが生まれていた。
クラーラは海の王国の公爵家と縁組していたが、どうやら傷害事件を起こしたのが密かに伝わったらしい。闇魔法で操られたと言っても、婚約相手からは非難された。
婚約者はクラーラとの婚約時に守護陣を付随した装飾品を贈っていた。お守りでいつでも身につけているように伝えたのに、なぜ洗脳などされたのかと叱責された。
どうやら、全属性魔法防御の守護陣で、国宝級の代物だったらしい。
公爵家は王家に連なる名家だったから、防犯意識の低い迂闊な相手との婚姻は無理だと判断した。クラーラもドナート家も婚約解消を渋ったらしいが、相手のほうが家格は上だし、クラーラの粗相は謝って済むものではなかった。
隣国では婚約の証で互いの瞳の色の宝石の耳飾りを贈り合う習慣があった。当然、耳飾りは婚約済みの証なのだから、いつも身につけておくものだ。
クラーラは学園につけていって落としたくないと駄々をこねたそうで、わざわざネックレスに作り直してもらっていた。それを忘れて行って被害に遭ったと言われても、公爵家では『はい、そうですか』などと頷けるものではなかったのである。
国王は沈痛な面持ちでお茶のカップを手にした。
「あの二人に瑕疵があれば、伯爵家から選べるだろう。常に影をつけて見張っておこう」
「・・・あなた、まさかとは思いますが?」
言外に仕掛けて嵌める気かと匂わせた王妃に、王は心外だとばかりに顔をひきつらせた。
「そこまで、腹黒くはないぞ? どうせ、手を下さずとも、あの二人なら何かやらかしそうだからな」
「・・・そうですわねえ。でしたら、次の候補者の選定くらいはしておきますわ」
伯爵令嬢のほうが巫女姫や侯爵令嬢よりもマシ、と共通認識を確認して、国王夫妻はお茶会を終えた。