25話 卒業記念パーティー(前編)
長いので前後編にしました。
「卒業生諸君、並びに保護者一同、卒業おめでとう。社会人として第一歩を迎えたこのよき日を祝って、隣国の英雄青い火の鳥からも言祝ぎがある」
アルフレードから話を振られて、アイリがにこやかに前に出る。
「皆様、おめでとうございます。このお祝いの場にご招待いただき、誠に光栄でございます。
本日から皆様は立派な成人貴族の一員です。王国を支える優秀な若き人材とお会いできてこの上なく喜ばしい限りですわ。これからも、皆様のご尽力で王国がより良い発展をすることをお祈りいたします」
アイリの挨拶の後に、アルフレードがグラスを掲げて乾杯の音頭をとると、パーティー会場の全員が倣った。卒業記念パーティーの始まりだ。
乾杯後はダンスタイムで、来賓挨拶を述べたアルフレードがアイリをエスコートしてホールの真ん中にくりだす。卒業生代表は弟のコルラードと婚約者のドロテーアだ。
二組のカップルがファーストダンスを務める中、トーヤとカリンは早くも飲食スペースに陣取っている。
チラリと彼らに視線をやったアルフレードにアイリがうふふと笑みをこぼした。
「殿下、弟たちが気になりまして?」
「あ、いえ、彼らは踊らないのかと思って・・・」
「トーヤは意外と子供っぽいのです。カリンを異性に近づけたくないから、飲食中と見せつけているのですわ」
飲食中の相手をダンスに誘うのはあまりよろしくない。飲食中は休憩中と見なされて、邪魔するのは無粋だと思われるのだ。
アルフレードは少し残念に思った。
今日の英雄たちは王国の正装姿なのに、踊らないのはもったいない。特に紅のドレスを纏ったカリンは上品に着飾っていて、よく似合っているのに。
「殿下はお相手を務めるのがわたくしではご不満かしら?」
「い、いいえ、とんでもない! 光栄至極です!」
アルフレードは心の底から大慌てで答えた。
ルフィーノからアイリのエスコート役を厳重に慎重にものすっごおおおい圧をかけてお願いされたのだ。それを放り投げるなど絶対にあり得ない。彼とて、まだまだ命は惜しい。
アイリはくすくすと笑った。
「パーティーを楽しまれたほうがよろしくてよ? 明日からは取り調べの結果いかんではお忙しくなるでしょうから」
「・・・そうですね」
アルフレードは目を伏せて答えた。
つい先ほど、学園内で傷害事件が起こった。
クラーラの謝罪会見に付き合ったサクラが襲われた事件だ。
窓から逃げ出した犯人は裏門から逃げようとしたらしいが、すぐに捕まった。学園長室は三階で襲撃現場はすぐそばだ。犯人は風魔法で無事に着地したが、目撃者が多かった。パーティー会場の設置やレンタル準備で多くの業者が出入りしている中で、人目につかないはずがない。
犯人はドナート家からの依頼だとレンタル用品を運んできた運搬人だ。ドナート侯爵が多額の寄付をしたのは事務員の耳に入っていたから、レンタルも寄付の一環と思われて誰も不審には思わなかった。
運搬人は荷物を運び込むと、学園長室付近に忍び寄り犯行に及んだ。ドナート家の依頼と白状したので、侯爵を拘束して至急ドナート家の家宅捜査を行った。
本来ならば、パーティーを延期か中止すべきだが、ルフィーノの主張により続行することになった。
クラーラが二年前の傷害事件を自作自演で引き起こし、アルフレードの婚約者だったジルベルタを嵌めるためだったと告発があったからだ。その事件はジルベルタが第一容疑者だったので公にはされておらず、ここで大事にしてしまえば彼女の名誉に関わると忠告された。
今回の事件はすぐに犯人が捕まったことだし、学園を謝罪の場に選んだのはルフィーノだ。学園に迷惑をかけたくないと言われては彼の言葉に頷くしかなかった。
パーティーには国王夫妻が出席することになっていたが、国の重鎮の一人、ドナート侯爵が容疑者で取り調べの指揮を取ることになった。アルフレードは国王の代わりに出席を命じられた。彼も取り調べに関わりたかったが、冷静になれないだろうと外されてしまった。
ルフィーノが事件に居合わせた都合で取り調べに同席するからと、アイリのエスコートを任された。
クラーラも取り調べで王城の貴族牢に収監されている。
クラーラは父の侯爵がすんなりと応じていると聞いて茫然自失状態だとか。ずっと無言ですっかり大人しくなったようだ。
サクラもショックが大きく、パーティーを欠席して神殿で静養することになった。
元々、フランカから話があると言われていて、卒業式の翌日に時間をとっていた。巫女姫辞任の相談と聞いていたのに、まさかあの事件の話だなんて予想外だ。
事件の全容を白状したサクラは巫女姫の資格なしと自ら辞任を申し出た。ジルベルタの冥福を祈って修道院入りを希望しているという。
取り調べは始まったばかりでまだ真相は明らかになっていない。アルフレードにしてみれば、寝耳に水で何が何やらさっぱりだ。
ただ、両親だけはクラーラとサクラが友人関係ではなく、損得勘定で結びついた協力者同士と見当がついていたらしい。クラーラがサクラを排除しようとしたと聞いても冷静だった。
アルフレードは二人が友人同士だと思っていたから、意外すぎて信じられなかったのだが。
「殿下、混乱なさるのはわかりますが、今日の祝いの場でそのお顔は反則でしてよ?」
アイリが憂い顔のアルフレードに小首を傾げて見せた。アルフレードははっとして表情を取り繕う。
「申し訳ない、気持ちの整理がうまくできていないようだ」
「いいえ、仕方ありませんわ。まさか、故人と関わりがあることだなんて、心中お察ししますわ」
アイリはダンス中にも関わらず声を潜めた。念を入れて、個人名をだすのも避けている。
「すまない、フォローしてもらって」
「お気になさらずに。ルフィーノ様から頼まれておりましたし、殿下のお気持ちもわかりますから。
きっと、奉納祭前に故人の悪評が流れた件も関わりがあったのでしょうね。ルフィーノ様が追求なさってくれると思いますわ」
「・・・そうだな」
アルフレードは微笑みをキープしつつ、内心では歯噛みしたい思いでいっぱいだった。
今日の襲撃事件に関わったルフィーノが取り調べに参加できるのに、ジルベルタの元婚約者の自分が関われないなんて情けない。
「もどかしいお気持ちなのでしょうけれども、何事もなく無事にパーティーを終えるのも王族のお役目でしてよ。
街中が厳戒態勢中なんですもの。民の不安を払拭するためにパーティーの成功は必要不可欠ですわ」
「ええ、わかっています、ナナミネ嬢」
アルフレードは深く頷いた。さすが、カンナギ国の正妃候補だっただけはある。
市井の情勢も踏まえたアイリの発言に身が引き締められる。
指名手配犯が未だ見つからない中でのパーティーだ。市民はもちろんのこと、貴族内でも不安がないわけではないのだ。
敢えて、王族が悠然と振る舞うことで、常と変わらない状態だと見せつけるのが重要だった。
ファーストダンスが無事に終わると、次々に卒業生や招待客の身内が踊りだす。アルフレードとコルラードはお相手を交代して再び踊りの輪に加わった。
青い火の鳥の人気は記念パーティーでも健在なのだが、トーヤはカリンに張り付いて女性客以外をブロックしている。踊るつもりはない。必然的にアイリに踊りのお誘いが集中するので、エスコート役のアルフレードは大忙しだった。
アルフレードはテラスに出て大きくため息をついた。
ドロテーアがアイリと歓談中で女性の社交に割り入るわけにはいかず、少し離れることになった。王太子間近のアルフレードに秋波を送る強者もいるが、コルラードの協力でブロックされている。束の間の休息でテラスに退避できたところだ。
何か飲み物でも持ってくればよかったと後悔したのはテラスに出てしまってからだ。今更、戻るのも億劫でこのままでいいかと思い直したら、こつりと足音がした。
コルラードの隙を抜けて誰か来たのかと身構えれば、目に映るのは鮮やかな紅のドレス。カリンがグラスを手にしていた。
「ミツフジ嬢、お一人ですか? ナナミネ殿は・・・」
カリンがすっと視線を斜め後方に流した。
見やった先にはテラスを背にして窓際に佇むトーヤの姿がある。どうやら、テラスに不審者が出入りしないように見張っているらしい。
婚約者の黙認だとわかって、一瞬だけ高揚しかけた気分がすぐに萎む。
アルフレードががっかり感を隠して微笑むと、カリンがグラスを手渡してきた。
『桃のジュースです。お好きでしょう?』
「え、どうして、それを・・・」
『エドアルド様からお聞きしました』
カリンとの筆談でアルフレードのがっかり感はさらに増した。
エドアルドとカリンはシランの遺品関係でやり取りしていると聞いていた。世間話で話したのだろうが、ジルベルタが弟にバラしていたなんて、ものすごく残念だ。
桃のジュースが好物とか子供っぽいと恥じるアルフレードにジルベルタは誰にも言いませんと約束してくれた。『二人だけの内緒ですよ』と人差し指で唇を塞いで首を傾げていた。子供っぽい仕草が可愛かった。
--二人だけの大切な思い出だったのに・・・。
内心で激しく気落ちしたアルフレードだが、カリンの気遣いを無駄にするつもりはない。口にすると、濃厚な甘さなのに爽やかな後味を感じる。確か、フェデーレ産の新種改良した桃の味だ。
「これは・・・。フェデーレ産の桃の収穫にはまだ早いはずだが」
『エドアルド様からご自宅用の桃をいくつかいただきました。温室で育てているものです。
殿下にはお世話になりましたので、お礼にどうぞ。特別なものですから、他の方には内緒ですよ?』
カリンは人差し指で唇を塞いでいたずらっ子のように微笑む。小首を傾げて子供っぽい仕草だ。思わず、アルフレードはその手を握っていた。
「ジル!」
カリンが目をぱちくりとさせてから、眉根を寄せてものすごいしかめ面になった。その反応に驚いて後退ったアルフレードと手が離れる。
カリンは自由になった手をさすって、むうっと睨んでくる。
『痛かったです、殿下。ひどいですわ』
「え、あ、その、も、申し訳ない。つい、その・・・」
アルフレードはあたふたとなった。乱暴な真似をするつもりはなかったが、力が入りすぎた自覚はある。
「君の仕草がジルそっくりで・・・。その、戯言と思われるかもしれないが、君は本当にミツフジ家の令嬢なのかい?
・・・実は、君は、ジル、なのではないか?」
アルフレードは緊張のあまり掠れ声になった。
カリンはきょとんとなったが、ゆるりと首を横に振った。
『わたくしは容姿だけでなく、仕草も祖母に似ていたそうです。幼い頃によくそう言われました。
祖母は双子でよく同じ仕草をしていたようで、わたくしを見ると祖母たちを思い出すと言って懐かしむ侍女がおりました』
だから、ジルベルタと同じ仕草でもおかしくない、とカリンは主張する。アルフレードは諦めきれなくて言い募った。
「しかし、君とジルには共通点が多いのだ。双子だった祖母似とはいえ、国を違えて一度も会うことなく過ごしてきた君たちまで双子のようにそっくりだなんて出来すぎではないか?
もしかして、何か事情があって・・・」
『仮にです。もしもの話としますが、わたくしがジルベルタ様だとして、殿下はどうなさりたいのでしょうか?』
「・・・え、どうしたいとは?」
『殿下とは婚約解消しております。表向きの理由は気鬱の病でしたが、本当は闇魔法でドナート様を操ってサクラ様を傷つけた容疑者だったから。
お二人と接点などなかったし、動機だってない。それなのに、殿下はジルベルタ様ーーわたくしを守ってはくださらなかった』
ひゅっと息を呑んで、アルフレードは固まった。
今日のサクラ襲撃事件に居合わせたメンバーには二年前の事件の詳細が伝わっていた。
カリンは困ったような顔をしてさらに筆記を見せてきた。
『決定的な証拠なんてなかった。ただ、能力的に疑わしいという理由だけで容疑者扱いされて、実家からーー正確には公爵夫人ですけれど、見捨てられた婚約者を瑕疵がついたと見做したのでしょう?
だから、王太子妃、ひいては将来の王妃に相応しくないと婚約解消した。その時に、殿下とわたくしの道は違えたのです』
「ま、待ってくれ! 悪評が収まるまでの仮の解消だったんだ。病が回復すれば再縁と周知していたが、神託が下ったから予定通りにできなくて」
『神託がなかったとしても、再縁できましたか? 殿下は本当にわたくしの気持ちを慮ってくださったのでしょうか。
殿下から手放したのに、それではあまりにも殿下に都合がよすぎませんか?』
「そ、れは・・・」
アルフレードは言葉に詰まった。
あの時の、ジルベルタに絶望を与えてしまった顔を思い出して、目の前が真っ暗に染まった。




