22話 悔恨
長めですが、キリがよくないので一気に投稿します。
カラーン・・・ カラーン・・・
葬送の鐘が重々しく鳴り響いた。
大神殿の中は黒一色だ。創世神話を描いたステンドグラスも黒幕で覆われている。黒幕の中央に描かれた隼の紋章は王家の紋。大神殿で挙式と葬儀を行えるのは王家に連なる者だけだった。
壇上の棺には白い献花に覆われたアルフレードが横たわっている。一角竜討伐で唯一の尊い犠牲者だ。
クラーラにはこれが夢だとわかっていた。実際に犠牲になったのはアルフレードではなくジルベルタだ。
だが、自室に軟禁されてから毎晩見る夢はいつも同じことを繰り返す。
壇上の一番手前は王族席で末席にドロテーアに付き添われたジルベルタがいた。婚約解消したばかりで本来ならば彼女の席は実家の公爵家のはずだった。
彼女の後には討伐メンバーが続いているが、サクラの姿はない。魔力を使い果たした影響で寝込んでおり、まだ回復していなかった。
両親に促されて、クラーラも壇上の棺に近づいた。
目を閉じたアルフレードは顔色がよくないが、まるで眠っているかのようだ。身体の致命傷は献花で覆い隠されていた。
涙ぐんで花を捧げたクラーラが下がろうとすると、項垂れたジルベルタの姿が目についた。閉じた瞳から一筋の涙が溢れて悲壮感が漂う。
クラーラは悲しみよりも強く怒りが湧きあがった。
本当はアルフレードの婚約者になるはずだった、途中まではうまく行っていたのに。婚約解消されたジルベルタが未だ婚約者扱いで本来のクラーラの居場所を占領しているなんて、絶対に許せなかった。
クラーラはジルベルタの前に駆け寄って叫んだ。
「あなた、何やってたのよ! アルフレード様をお守りもせずに、この役立たず!
あなたが死ねばよかったのに‼︎」
「クラーラ、よせ!」
慌てて追いかけてきた長兄が妹の口を塞いだ。もがくクラーラは引きずるようにして連れられて行く。
夢は場面が変わって、クラーラは父に連れられて王宮の中を歩いていた。
国葬を台無しにした非を詫びに来たのだが、彼女自身の意思ではなく、父から命じられたことだ。
他国の弔問客の手前、クラーラのやらかしはなかったことにはできなかった。
ジルベルタとの婚約解消はまだ他国には伝わっていなかったので、第一王子の婚約者を公の場で罵った非常識な令嬢と見られていた。しかも、クラーラの婚約もまだ解消していなかったのだ。第一王子に横恋慕した挙句の錯乱状態でやらかしたと醜聞になった。
国を救った英雄の葬儀で病をおしてまで討伐に参加した婚約者に罵声を浴びせた、邪恋から非道な行動をした令嬢だと新聞でもとりあげられてしまった。
もう、クラーラにはまともな貴族令嬢としての道はない。クラーラを止められなかったドナート家も同罪だ。
ドナート家は王家へ謝罪と慰謝料として全領地を返上し、爵位も男爵まで落とした。父は引退して長男に当主を譲り、ショックのあまりに倒れた妻の看病で療養生活に入る。
長男の妻は生まれたばかりの我が子を連れて実家に戻ってしまって、離縁が決定した。
次男は近衛騎士を務めていたが、辞職して騎士爵を返上して平民落ちした。婚約は解消になり、誰にも何も告げずに旅に出た。
クラーラは婚約解消がクラーラ有責の婚約破棄になり、辺境の修道院に入ることになった。
お詫びしたところで今更処遇は変わらないが、今後の世間への心象操作だ。少しでも生き抜きやすくするためだった。
ドナート家はかろうじて貴族として名だけ残るが、実質は一家離散で没落一直線だ。
非公式のお詫びなので謁見の間ではなく、一般開放されている庭園でたまたま訪れた国王夫妻と出会う形になった。案内されている途中で、クラーラは庭園に人影を見かけた。
長い黒髪からジルベルタだとすぐに気づいた。彼女のそばに銀髪の男女がいて談笑しているようだ。
ジルベルタの微笑みに優しい眼差しを向ける男性を目にした途端に、クラーラはどうしようもなく苛立った。
クラーラの没落はジルベルタのせいなのに、一体何をしているのか。
婚約者(元)の喪が明けないうちに異性と親しくなるなんて、恥知らずなアバズレだ。やっぱり、あの女はアルフレード様には相応しくなかった。もっと早くに排除すべきだったのだ。
クラーラは渡り廊下に飾ってあった花瓶から花を引き抜いて中の水を操った。水属性のクラーラには水を凍らせるのはお手のものだ。
即席のつららを手にして、クラーラは男女と別れたばかりのジルベルタに駆け寄り背後から襲った。恨みつらみのこもった怨嗟の言葉を吐きだす。
「この恥知らずな売女! アルフレード様をお助けできなかったくせに!」
「クラーラ、何をしている!」
慌てて追いかけてきた父が悲鳴のような声をあげた。クラーラはつららをジルベルタの背中に深く突き刺したのだ。
ごふっと血を吐いて、ジルベルタが崩れ落ちる。案内の侍女が甲高い悲鳴をあげて大騒ぎになった。
「ジルベルタ様!」
銀髪の男女が駆け戻り、女性のほうがジルベルタの介抱にあたる。男性は剣を抜いてクラーラに斬りかかった。紫紺の瞳に宿る激しい憎悪に射すくめられて、クラーラは動けなかった。
「きゃああああっ」
悲鳴をあげて飛び起きたクラーラは震えていた。室内はよく見慣れた自室だ。侍女が慌てて部屋に駆け込んでくる。
「クラーラ様、大丈夫ですか!」
「ゆ、ゆめ・・・」
呆然と呟いたクラーラはぎゅうっと枕を抱きしめた。
軟禁状態になってから毎晩うなされる夢は目覚めと共に記憶が薄れてしまうが、自分が斬られて死ぬことだけは覚えている。嫌な夢の残滓にクラーラは怯えた。
「お嬢様、何か温かいお飲み物を・・・」
「お、お前のせいよっ! 安眠魔法をかけさせているのに、どうして毎日悪夢を見るのよ!」
クラーラは枕を投げつけた。
闇魔法を扱える侍女に毎晩就寝前に安眠できるように魔法をかけさせている。それでも、悪夢を見るのだ。
侍女は平伏して縮こまった。
「も、申し訳ありません。心が安らげるようにしているはずなのですが・・・」
「本当に使えないったら。なんて、役立たずなの!
孤児院で娼館に売り飛ばされるところを助けてやったのに、全然役に立たないじゃない。この恩知らず!」
クラーラは柳眉をつりあげた。
領地の中でも特に貧しい地区の孤児院では経営が成り立たなくて人身売買に近い真似をしていた。少年は鉱山に売られて坑夫に、少女は娼館に売られて娼婦だ。どちらも孤児を引き取った養い親が貧しさゆえに売り払った形にしてあるが、実質は孤児院主導の人身売買だった。
侍女は闇属性持ちで神殿に申し出れば神官として保護されるはずだった。それを何か使い道があるだろうと、ドナート家で引き取って侍女の教育を施した。闇魔法も安定して使えるように指導してやったのに、この体たらくだ。
クラーラは大きくため息をついて侍女を睨めつけた。
「サクラを呼びだしなさい。寝不足の治療をさせるのよ」
「光魔法の治療は一時的なものです。悪夢は心理的要因が原因と思われますので、お嬢様の待遇を改善しない限り、全快は難しいと思われます。
それに、お嬢様がお手紙を出しても返事もよこさない相手です。頼りにはできないのでは?」
「役に立たないお前よりもマシだわ。侯爵家の名前を出して無理にでも呼びだしなさい、いいわね?」
「わ、わかりました・・・」
侍女は肩を落として出ていく。クラーラは忌々しげに息を吐きだして横になる。
悪夢は二度寝では見ることはない。朝まで少しでも睡眠時間を確保しておかねば、寝不足で目の下にクマができてしまう。
毎晩、悪夢にうなされていたクラーラは終始イライラするようになっていた。
「遅いじゃないの! 何してたのよ‼︎」
サクラはクラーラにいきなり怒鳴られて驚いた。お付きの侍女が険しい顔をして彼女の前にでるし、護衛騎士だって雰囲気が硬質化したのを感じる。
「恐れながら申しあげます、ドナート侯爵令嬢。いくら、巫女姫様とご友人でもさすがにお言葉がすぎるのではございませんか?」
「何よ、使用人如きがでしゃばらないでよ!」
「ちょっと待って。
体調不良って聞いて心配してたけど、そんなに元気ならもう大丈夫でしょ。歓迎されてないみたいだし、これで失礼させてもらうわ」
サクラが侍女を制してにこりと笑顔で告げた。
貴族令嬢の対応は得意ではないが、理不尽な振る舞いを甘んじて受けるつもりはない。
明日は学園の卒業式だが、体調不良でずっと欠席していたクラーラが出席するのか様子見のお見舞いだった。いきなり怒鳴りつけられるとか、友人同士でもあり得ない暴挙だろう。
サクラがさっさと踵を返すと、クラーラが焦って声を張りあげた。
「ま、待ちなさいよ! わたくしの呼び出しを散々無視して、やっと来たくせにもう帰るつもりなの?」
「はっ? 呼び出し?」
不遜な言葉にサクラの眉間にシワがよる。クラーラに一方的に呼び出される覚えはない。
「クラーラからの伝言や手紙はもらってないけど?
ただお見舞いに来ただけなのに、文句言われる筋合いはないよ」
「え、そんなバカな!」
クラーラは驚いて狼狽えた。
自室に軟禁されてからサクラには何通も手紙を出している。部屋から出すように父に働きかけるように訴えていた。それが全く届いていないなんて、思ってもみなかった。
サクラに不機嫌そうに睨まれるのだって完全に予想外だ。
「神殿に届いてないのだから、貴女のほうの不手際でしょ。それで、どうしてわたしが怒鳴られなきゃいけないの?」
「届いてないなんて知らなかったのよ! 貴女がわたくしを無視していると思っていたから」
サクラははあっと大きなため息をついた。険しい顔をしている侍女と護衛を振り返る。
「後方に控えてちょうだい。少し、彼女と話したいから」
「しかし、巫女姫様」
侍女が嫌そうな顔をしてクラーラを見やる。優秀なお付きが感情を露わにするとは珍しかった。護衛も眉間にシワ寄せた厳しい顔のままだ。
クラーラがいきなり怒鳴りつけたりするから、何か危害を加えるかもしれないと警戒されていた。
サクラは彼らに頷いてみせた。
「大丈夫よ、室内にいてもらうから。少しだけ・・・、そうだなあ、会話が聞こえないくらい離れてくれればいいから」
「それでは、防音魔法をお掛けしましょうか?」
護衛が提案してきた。
防音魔法で声を遮断する代わりに、護衛は室内の壁際に、そして侍女は数歩後方に控えることになった。何かあればすぐに対処できる距離だ。
クラーラは不審そうに目を細めた。これまでお付きの者を鬱陶しがって遠ざけていたサクラにしては珍しい対応だ。
サクラの前にお茶が運ばれると、クラーラが軟禁されているのだと訴えてきた。
「きっと、ストレスのせいだと思うけど、毎晩悪夢にうなされるし。本当にこんな暮らし、わたくしにはもう限界だわ。
お父様はわたくしを領内の修道院へ入れると言うの、ひどいと思わなくて? 貴女が父に声を掛ければ、きっと考え直してくださるわよ」
「・・・ムダだと思うよ。だって、クラーラはカリンさんに謝りもしてないじゃない。反省してるって示さなきゃ、向こうは納得しないでしょ」
「わたくしを愚弄するつもり? なんだって、冒険者如きに頭を下げなければならないのよ!」
「悪いことをしたら謝るのは当たり前じゃない?
それに冒険者如きって言うけど、一流の冒険者なら王侯貴族とも対等な関係だって聞いたよ。クラーラが見下していい相手じゃないし。
大体、カンナギ国の十二家ってクラーラのお家より家格は上だよね? しかも、ルフィーノ様のお連れなのに、何だってそんなに邪険にしていいと思っているの? クラーラのほうがおかしいよ」
「な、貴女、わたくしにそんな口を利くなんて何様のつもりよ!」
「はあっ〜。ねえ、クラーラ。怒っているのはルフィーノ様、海の王国の王弟殿下なんだよ?
クラーラのお家が適う相手なの?」
「え、なぜ王弟殿下が?」
本気で首を傾げるクラーラにサクラは目眩がしそうだ。どんよりと死んだ魚の目になる。
「なんでわからないかなあ。ルフィーノ様も冒険者如きなんだよ? 貶められていい気分なわけないし。
それに、カリンさんて、トーヤさんの許嫁なんだって。トーヤさんのお姉さんのアイリさんがルフィーノ様と婚約間近で、カリンさんは将来は義理の妹になるって聞いたよ。ルフィーノ様がお怒りになるのは当たり前だよね」
「そんな・・・」
クラーラは大きく目を見張った。まさか、ルフィーノの不興を買っていたとは思いもしなかった。
「本当は奉納祭前の挨拶で咎められても仕方なかったんだよ? でも、奉納祭直前で歌姫を退場させるわけにはいかなかったし。神楽後にルフィーノ様がクラーラをエスコートしたのだって、様子見されてたらしいよ。
それなのに、反省や後悔する様子は一切なし。それどころか、お連れのカリンさんに怪我させるし。
ねえ、クラーラは一体何がしたかったの? そんなにジルベルタ、さまに似てるカリンさんが疎ましかったの?」
クラーラは鋭く息を呑んだ。討伐以後、ジルベルタの名前をサクラが口にすることはなかった。
サクラは沈痛な面持ちで目を伏せた。
「クラーラはアルフレード様の婚約は政略でお気の毒だって言ってたよね。王命だから嫌でも逆らえないんだって。
でも、アルフレード様ってジルベルタさまとは幼馴染でもともと仲が良かったんだって?
色んな人に聞いてみたら、貴族間では高位ほど知らない人はいない話だった。
わたし、クラーラの言うことを鵜呑みにしてた。確かめようと思えばできたのにしなかった。・・・わたしが無知だったのがいけなかった。知ってたら、クラーラに協力はしなかったのに・・・」
「ちょっと、どういうつもりなの?」
クラーラは防音魔法がかけてあっても声をひそめた。聞こえていないとはいえ、第三者がいるのにサクラがあの事件を口にするとは思いもしなかった。
「ラウロ様とお会いして話を聞いたの。クラーラから聞いた話とは違ってた。
クラーラは自分に都合の悪いことは省いてたよね。ラウロ様に暴言吐いたとか、信じられないことを聞いたのだけど?」
「暴言って・・・。別に、わたくしは・・・」
クラーラは狼狽えて、目をさまよわせた。まさか、サクラがラウロと話す機会があるなんて思いもしなかったのだ。
「ねえ、クラーラ。今の状況を変えたいと思ったら、まずクラーラが変わらなきゃダメだよ。
悪いことをしたら、身分にこだわらないで謝らなくちゃ。ううん、そもそも身分が上だから、何をしても許されるとか、そんな考え自体がおかしいよ。
ラウロ様は恐怖政治に繋がるからそんな考えは忌避されてるって教えてくれたよ?」
「・・・貴女、いつの間にそんなに公爵令息と親しくなってるのよ?」
不審そうに睨んでくるクラーラにサクラは肩をすくめた。
「王弟殿下のご縁でね、今ラウロ様がこの国にいらしてるの。
ラウロ様ってルフィーノ様の甥っていうだけあって、似ているよね。少しワイルドな感じの貴公子で、全然クラーラの話とは違ってた。
やっぱり、男の人って成長期で色々と変わるよねえ」
サクラはうんうんと一人で納得して頷く。クラーラは不機嫌そうに首を傾げた。彼女の認識ではラウロはまだ『年下のニキビだらけのチビ』だ。
サクラはクラーラの言いたいことに気づいたようで苦笑いする。
「ラウロ様はこの二年で急成長したんだって。今ではアルフレード様と変わらない体格だし、ニキビ肌も改善されてる。ルフィーノ様が一回り若返った感じだよ?」
「え、まさか、そんな・・・」
「婚約者探しでカリンさんにアプローチしてたみたいだけど、トーヤさんの許嫁だからね。
今回の訪問は玉砕覚悟で、気持ちにケリをつけて国内から婚約者を探すことにしたんだって。立派だよねえ、わたしたちより年下なのに」
「・・・う、うそ、よ。そんな・・・、どうして、あんな冒険者如きに。あの女は実家から見放されたから、冒険者なんてならず者になったのではなくて?」
「冒険者でもカリンさんたちは金剛と金クラスで一流なんだってば。ならず者じゃないよ」
サクラは察しの悪いクラーラを残念な目で見やった。聞き分けのない幼子を相手にしている気分だ。
「ねえ、もうカリンさんをジルベルタさまに見立てて、貶めるのはやめなよ。死者に鞭打っても、敵わないってクラーラもわかってるよね?
彼女の代わりにカリンさんを見下しても虚しいだけじゃないの?」
「あ、貴女に、何がわかると言うのよ・・・」
クラーラは弱々しく吐き捨てた。まさか、自分でも気づいていなかった胸の内を言語化されて、否定する言葉は出てこない。
サクラは瞑目するように一瞬だけ目を閉じた。すぐに目を見開いてきりっと顔を引き締める。
「ラウロ様と話して、わたしって視野が狭かったんだなって気づいたの。この世界に馴染むのに手一杯だったのもあるけど、もっと自分で情報を集めて自分の頭で考えてみなきゃいけなかったんだなって思って。
それでいろんな人から話を聞いて、クラーラの主張はおかしいって気づいたの。
クラーラは自分に不都合なことは言わないだけで嘘をついたわけじゃなかったけど・・・」
「何よ、そんなの社交界では当たり前のことだわ。皆、自分が有利なように話を進めるものよ。情報戦は貴族令嬢の嗜みだと前に言ったはずだけど?」
クラーラは不貞腐れて開き直った。誰でもやっていることで自分だけ責められるのはおかしいと反感が頭をもたげてくる。
「・・・わたしたち、表面上は友人同士ってことだったよね? 友人を騙す真似なんてひどくない?」
「何を言っているのよ? 表面上って、貴女も言ってるくせに」
クラーラが嘲笑を浮かべた。お互い利用し合っていた仲だと、割り切っていたはずだ。
サクラはしゅんと肩を落とした。
「まあ、友人って言うより、協力者というか、共犯者だったけど。
それでも、学園では親しくしていたし、学園限定の友人関係でも、わたしは助かっていた部分もあったから。
・・・ねえ、クラーラ。あの事件のこと、正直に話して謝る気はない?」
「はあっ? 貴女、自分が何を言っているのかわかっているの?」
クラーラは大きく目を見張った。
『あの事件』とは闇魔法をかけられたクラーラがサクラを襲った事件のことだろう。
ジルベルタが第一容疑者のまま亡くなったので、事件は迷宮入りしたはずだ。
「わたしたちの間ではもう終わったことだけど、関係者にとってはそうじゃなかった」
サクラは苦い顔をして説明してきた。
サクラが侍女や護衛付きで行動しなければならないのは巫女姫の立場上だけではなかった。『あの事件』は異世界人を排除しようとしたかもしれないと警戒されていたのだ。徒に怯えさせないようにとサクラ本人には伝えていなかったが、周りの侍女や護衛には情報共有されていた。
異世界人でも保護したからには、神殿で引き取った孤児と同じ扱いだ。神殿が後ろ盾となる。
フランカたち神殿の上層部はサクラが巫女姫だからではなく、孤児だから気遣ってくれていた。
サクラはこの世界で一人きりで味方なんていないと思い込んでいたが、そうではなかったのだ。そうと知った時に一番強烈に感じたのは安堵ではなく、罪悪感だった。
この世界に受け入れてもらっていたとは気づかずに、故郷の知識で罪の意識もなくジルベルタを貶めてしまった。
クラーラの言うままに、王命で嫌でも逆らえない婚姻なのだから解消になっても構わないだろう。友人のクラーラが恋焦がれているから、その恋路を応援してあげようとか。
どれだけ傲慢で物知らずの考えだったのか。
「ジルベルタ様が将来の王妃になるのを皆期待してたって知って、わたし、なんてバカなことをしてしまったんだろうって思った。
討伐の時に、わたしの侍女や護衛だった人が彼女を貶めてたって知らなかったのも、ものすごく後悔したよ。
だから、わたし、フランカ様に全てをお話しして、アルフレード様にも謝らなきゃいけないって思って」
「ま、待ちなさいよ! 何を馬鹿なことを言ってるの!」
クラーラが慌てて口を挟んできた。
「王子の婚約者を嵌めたなんて、不敬罪で死罪だってあり得るわ。落ちついてよく考えなさい。そんな一時の感情で人生を終わらせるつもり?
貴女が白状したりしたら、わたくしだって罪に問われるのよ? ドナート家だってタダでは済まないわ。わたくしの家族も罰せられるのよ、長兄には幼い子供だっているのに!
ねえ、わたくしのこと、友人と思ってくれているのでしょう? 友人を苦境に立たせるつもりなの?」
先ほどの嘲笑が嘘のように、クラーラは焦った顔をしている。サクラは困ったように俯いた。
「でも、このまま黙っているなんて・・・。わたし、もう巫女姫でいる資格なんかない。
あの事件はまだ終わっていないのだから、ちゃんと終わらせないと」
「だからって、わたくしを巻き込まないでちょうだいっ!」
クラーラは金切り声で叫んだ。サクラが苦悩しようと悔恨にまみれて懺悔しようと勝手だが、クラーラも確実に破滅するのだ。
修道院行きの現状よりも悪い。実家まで没落してしまったら、誰がクラーラを助けてくれると言うのか。
サクラはじっと顔色を悪くするクラーラを見つめてきた。
「巻き込む? あの事件の主犯はクラーラだよ、それなのにそういう認識なの・・・」
「な、何よ。だって、貴女はちゃんと見返りを受けたじゃない。それなのに、暴露するなんて裏切りじゃないの」
「見返り、ねえ・・・」
サクラは無表情になってしまった。クラーラの背に嫌な冷や汗が流れる。サクラが今度は何を言いだすのか、戦々恐々だ。
「・・・死罪は嫌だけど、このままでもいられない。巫女姫辞職を申し出たら、理由を聞かれるだろうし」
「巫女姫として自信がなくなったとでも言えばいいでしょう。それか、好きな相手ができて婚姻したいと言えば、認めてもらえるわよ。以前にそう言われたのでしょう?」
クラーラが早口で捲し立ててくる。
「ねえ、考え直しなさいよ。せっかく、この世界に迷い込んでも命を落とすことはなかったのよ。こんなことで死罪なんてもったいないわよ。
貴女は討伐メンバーでこの国を救った英雄なんだもの。巫女姫を辞めても暮らしに困ることはないわ。
窮屈なのはイヤだと言っていたじゃない。元々庶民だったのだから、庶民の暮らしを始めてもいいでしょう」
「・・・クラーラは考え直すつもりはないの?」
何を、と反論したかったが、完全に表情を無くしたサクラは常の様子とはまるで違っていて怖い。クラーラはごくりと喉を鳴らした。
「その、そうねえ。・・・やっぱり、悪いことはいけないもの。謝るのは仕方ないわよね。
ええ、そうよ。わたくしも謝ることにするわ。あの冒険者ごと、ではなくて、ミツフジ家の方に謝罪するわよ。だから、貴女も早まらないで。もう一度、よく考えてちょうだい」
「カリンさんに謝るの?」
「ええ、まだこの国にいるのでしょう。早速、お手紙を出して、会見を申し込むわ」
「それだったら、明日がいいよ。ルフィーノ様が卒業式に来賓で出席されるそうだから、明日まではこの国にいるって言ってた。
もしかしたら、卒業記念パーティーにも顔を出すかもって話だったよ」
「・・・そうなの」
サクラの無表情は変わらなかったが、態度は幾分柔らかくなったようだ。
クラーラはしばらく休んでいて学園内の情報には疎くなっている。明日の卒業式について詳しい話を聞きだす。
会話しながら、クラーラの脳内はどうやってサクラの口封じをしようかと保身でいっぱいになっていた。
サクラのジルベルタの呼び方
最初は慣れてないので「ジルベルタ、さま」とぎこちない。慣れてきて「ジルベルタさま」とスムーズに。
悪役令嬢役にしたのを後悔しての呼び方です。
いつもお読みいただきありがとうございます。
評価やブクマ、いいねなどありがたいです。誤字報告も助かります。
リニューアルで10分ごとの投稿ができるようになりましたね。そのうち利用してみたいと思いますが、この作品はこれまで通り10時00分投稿します。よろしくお願いします。




