20話 不知
サクラはぱああああっと顔を輝かせてご機嫌だった。
お米だけでなく、醤油や味噌などの調味料に海苔や梅干しやシャケにおかかや昆布の佃煮など、おにぎりの定番の具材が目の前に並んでいる。
「カリン様、こちらの飲み物はいかがですか? アマザケですよ、お好きでしょう?」
「ラウロ殿、花鈴の世話は私が見るのでお構いなく。貴方は貴賓だ。巫女姫様の接待を放置とは無礼では?」
ルフィーノは友人のマサムネが和室でなければ落ちつかないというので、屋敷に和室を拵えていた。
客室に持ち運び可の畳を敷いて屏風や障子紙の衝立で仕切り、床の間も作って掛け軸や置物などを飾っている。それを運び込んで大広間に設置してくれたのだ。
サクラは田舎の祖父母の家でしか見たことがない床の間だったが、異世界でお目にする和室の再現だ。
テンションが爆上がりして、大いに浮かれまくっていた。侍女のジト目から後のお説教が怖いが、この場は好きにさせてくれるようで、黙って付き添ってくれている。
「サクラ様にはご自由にお楽しみくださいと許可をいただいています。何も問題はない。
それよりも、トーヤ殿。
いくら、婚約者といえど、そう粘着質に張り付いていてはカリン様が窮屈でしょう。少しは離れてあげては?」
「無用な気遣いだ。花鈴は嫌がってはいないのだから」
アイリの指示で料理人が白米を炊いてくれて、おにぎりパーティーを企画してくれた。サクラが侍女にお手本としておにぎりを握ってみせて一口頬張ると、懐かしい味に涙腺が決壊しそうだ。
「カリン様がお優しいからでしょう。パートナーに遠慮させるとか、紳士としてはいかがなものかと思いますよ」
「婚約者のいる異性に馴れ馴れしく近づくほうが問題あると思うが?」
サクラはおにぎりを両手で掲げて神への供物であるかのように恭しく崇め奉っていた。
「ああ、まさか、この世界にお米があるなんて。
夢にまで見た白いご飯! おにぎりだあ〜、お茶漬けも食べたい、味噌汁も欲しい〜」
「サクラ様、すげーな。よく、この状況で楽しんでいられるよな」
呆れた声はジェレミアだ。
誰でも参加可能というので顔をだしてみれば、ご満悦なサクラの背後でばちばちと火花が散る三角関係が繰り広げられている。周囲は遠巻きにして関わりにならないようにしている中で、マイペースなサクラは強心臓だった。
「まだ正式ではないのだから、そう問題視するのは狭量な証左だな。カリン様に威圧感を与えるとか、お気の毒だろう。私は彼女を気遣っているだけだけど?」
「ははっ、ラウロ殿。我が国には『人の恋路を邪魔するヤツは馬に蹴られて死んでしまえ』という諺があるのだが。まさに今の状況にピッタリとあてハマると思いませんか?」
「同感ですね、まだ正式な婚約者ではないのに、許嫁面する輩がいるなんて。カリン様がお可哀想だ」
「はあっ? 『一昨日きやがれ!』もあるぞ?」
ラウロとトーヤが睨み合ってギスギスバリバリとやり合っていた。彼らの背後ではカリンがオロオロとしていたが、アイリが手招きして茶会の席に導いていた。マサムネの組み立て式和室で茶を点てようとしている。
「あっ、お抹茶! いいなあ、わたしも混ぜてもらおうっと〜」
「だ〜か〜ら、なんで彼らをスルーできるの、サクラ様? 皆、怖がって近寄れないんだけど⁉︎」
ジェレミアが頭を掻きむしる勢いでツッコんできた。そこでようやくサクラは恋の鞘当てを繰り広げる男どもの様子に気がついた。
「え、なになになに〜? あの二人、なんで仲が悪いの?」
「気づくの遅いよ。なんか、ミツフジ嬢を取り合ってるらしいよ」
「ええええー、そうだったの?」
初めて気づいたと目を丸くするサクラにジェレミアががっくりと肩を落とす。
討伐メンバーで平民のジェレミアと一番近い立場だったのは下級神官だったサクラだ。神殿長の計らいで巫女待遇で討伐に参加したが、サクラ自身はお付きの侍女や護衛を付き合わせて申し訳ないと遠慮がちだった。
サクラも一番慣れ親しんだのはジェレミアで、どうやら、彼は親戚のお兄ちゃんと似ているらしい。
単身で異世界に迷い込んだサクラの境遇には同情しかなかったから、ジェレミアも妹分扱いをしていた。尤も、巫女姫となってからは神殿騎士らしく接しようとしたが、サクラが公式以外の場はこれまで通りがいいのにと落ち込んでしまった。
フランカから非公式では好きにさせてあげてね、と声がかりがあったから、呼び方以外は兄妹のように気安い間柄だ。
「へえ、トーヤさんとカリンさんが許嫁で、ラウロ様が横恋慕してるんだ」
ふむふむと頷いたサクラは恋バナに目を輝かせている。
ジェレミアは恋バナに付き合わされそうでめんどくさいな〜と思いはしたが、さすがに口にはださない。
「ラウロ様ってクラーラと婚約してたんだって。でねえ、ラウロ様から聞いたんだけど・・・」
サクラがラウロの話とクラーラから聞いた話が違うと話すと、ジェレミアがぽりぽりと頬を掻いた。
「あ〜、あの侯爵令嬢サマかあ。嘘はついてないけど、自分が不利になることは話さないだけってか。典型的なお貴族サマだよなあ」
「ジェレミアさんはラウロ様のほうが正しいと思うの?」
「正しいって言うか、あの場面を見てるからなあ」
あの場面とはクラーラがカリンを傷つけたのに謝罪をしなかった件だ。
アルフレードも頭を下げていたし、ジェレミアだって、『隣国の王弟殿下の連れに無礼を働くなんてマズいだろ? 国際問題に発展するぞ!』と危機感を覚えた。
それなのに、当のクラーラだけは少しも悪びれていなかったのだ。いくらなんでもアレはない、とあの場の全員が思ったことだろう。
「アレ見てさあ、ああやっぱりって思ったんだよなあ」
「え、なに? どういうこと?」
ジェレミアはきょとんとするサクラに言いづらそうに口を開いた。
「サクラ様はあのご令嬢とオトモダチだったから、あんまり耳に入れたくなかったんだけど、実はあの家は神殿内ではあまりよく思われていないんだ」
「え、どうして?」
「討伐時のサクラ様の護衛と侍女は神殿長が冒険者ギルドに依頼した相手だった。それを侯爵家がゴリ押ししてきて侯爵家から派遣される者と変更になった。そいつらがフェデーレ様を見下していたから、後方支援部隊の雰囲気は悪かったらしい。
イレネオが庇わなきゃ、とても公爵令嬢に対する態度じゃなかったってさ。
フェデーレ様は病を押してまで討伐に参加したっていうのに、あんまりだって皆憤慨してたよ」
「え・・・」
サクラは驚愕で大きく目を見開いた。
学園でサクラが襲われた事件は公にはなっていない。
クラーラに闇魔法をかけた第一容疑者だったジルベルタの婚約解消は気鬱の病のせいだと発表されている。だから、何も知らない相手は公式発表通りに受け止めていた。
サクラもクラーラも口外禁止を命じられて、特にサクラは国王からも神殿長からも念入りに釘を刺されていた。
同じく討伐メンバーに選ばれたのだからジルベルタは無実の可能性が高い、と。
能力的に第一容疑者にあがっているだけで、サクラを襲わせる動機も目的もない。学年の異なるサクラはジルベルタとは接点はなかった。言葉を交わしたことさえないのだ。
だから、ジルベルタに対して何か思うところがあっても表にだしてはいけなかった。それなのに、ドナート家の護衛や侍女がとった態度はあまりにも無遠慮すぎた。批判がでるのは当然だ。
それに、神殿長が依頼した件は初耳だった。
クラーラはドナート家の意向でサクラが巫女扱いになるようにしてあげたと言っていた。何の後ろ盾もない下級神官如きには護衛も侍女もつかないから、友情の証でサクラの待遇改善に務めてあげたのだと。
それを聞いたジェレミアが舌打ちして、「くそったれ!」と悪態をついた。サクラがぎょっとしてジェレミアを見上げてくる。
「ジェ、ジェレミアさん?」
「ああ、ごめん。言葉が悪くって。オレ、もともと育ちはよくないからさ。
侯爵家のやり方が胸糞悪くて、ついでちまった。サクラ様、それ騙されてるよ」
「だ、騙されてるって・・・。なに、どういうこと?」
ジェレミアが震え声になるサクラに苦い顔になった。
討伐時には兵士や騎士も動員されて、一角竜を追い込む誘導作業や避難民の保護などに従事していた。中には混乱に乗じて悪事を行う不届き者もいるから、神官たちには神殿騎士が護衛についていた。サクラは戦闘参加で彼らとは別のお役目だったから、侍女と護衛をつけられる巫女待遇にする必要があった。
ドナート家の意向は全く全然まるっきり関係ない。むしろ、余計な口出しで邪魔でさえある。
フランカは被害地域に神官が出向していて神殿内が手薄だったため、一流の冒険者を手配していた。
金クラス間近の兄妹の冒険者で、腕前も人格もギルドマスターからのお墨付きだ。そこへドナート家が強引に割り込んできたのだ。
結局、兄妹の冒険者は依頼変更でジルベルタの護衛と侍女になった。
フェデーレ家の侍女には自衛できる者がおらず、討伐で足を引っ張るかもしれないからと侍女をつける予定がなかった。それを聞いたフランカが公爵令嬢に侍女がつかないなんて外聞が悪いと冒険者に話をつけてくれたのだ。
ドナート家の護衛と侍女は確かにサクラには真摯に支えてくれたが、ジルベルタに対しては高圧的な態度だった。ジルベルタは気鬱状態で無気力だったため、冒険者の兄妹が庇っていたが、ドナート家の者は彼らも見下していた。
公爵家にはまともな護衛や侍女もいないから冒険者風情を雇ったと蔑んでいた。
討伐直前にアルフレードが気づいて、ジルベルタの配置換えになった。ドナート家の護衛たちのせいで、彼女を蔑ろにしてもよいと侮る愚か者がでてきて、後方に近い場所に置いておくのは却って危険だと判断したのだ。
「え、ジルベルタ、さま、の配置換えはアルフレード様に疎まれたからじゃないの?」
「サクラ様、それ公言するのはマズいよ。殿下はフェデーレ様を守りたくて身近に置いたんだ。それがあんなことになって一番後悔して激しく自己嫌悪してるの、殿下だから」
「まも、る?」
思いがけない言葉にサクラの脳内は思考停止寸前だ。
「オレら、庶民にまでは伝わってなかったけど、フェデーレ様は殿下の幼なじみで婚約前から仲がよかったそうだ。
だから、気鬱の病でも殿下がフェデーレ様を見放したりするわけなかった。婚約解消したのはフェデーレ様を気遣って療養期間を設けるためだ。
なんか、王族の婚姻って周辺諸国への招待もあるから、延期や中止は余程のことでないかぎり無理なんだって。
殿下の後には弟殿下のコルラード様の婚姻も控えていたから、フェデーレ様には気兼ねなく療養してもらうために解消して婚姻を延期したって話だ。
聡い貴族なら暗黙の了解だったらしい。
それを侯爵家のヤツらは野心むき出しで疎かにするとか信じられないって、イレネオなんか憤慨してたぜ」
「え、そ、そんな・・・」
サクラは呆然とした。まただ、クラーラの話とは全然違う。
クラーラが寄越した護衛や侍女がジルベルタを蔑ろにしてたなんて知らない。ジルベルタの配置換えはアルフレードに疎まれた結果だと聞いていた。
サクラには高位貴族の伝手はクラーラしかいない。彼女の言い分を鵜呑みにしていた。
「サクラ様、大丈夫?」
サクラの顔色が悪くなって、ジェレミアが心配そうに覗きこんだ。
「ジェレミアさん、わたし・・・、何も知らなかった」
「それは仕方ないよ。オレも貴族的な考え方とか物の見方とか、イレネオに教えてもらわなきゃ全然わかんねえもん。
お貴族サマの使用人は主人の気持ちを忖度して動くモノらしいけど、神殿じゃあ個人判断で勝手な真似は厳禁だろう?
上司の指示を仰ぐか意見具申するしかない。普段接している相手がそうなんだから、腹芸しろとか裏を読めとか無理だよ」
ジェレミアが慰めるようにサクラの頭をぽんぽんと軽く叩く。
「殿下は再婚約を示唆していたから、フェデーレ様を排除して後釜に収まろうなんて図々しい輩は相手にしなかった。ただ、誤算でそいつらの鬱屈が彼女に向かうとまでは思いもしなかったらしい。
まあ、非常事態中だったし、討伐も最後の追い込みまでは殿下の指揮が必要で、そこまで気が回らなくても仕方なかった。
それでも、フェデーレ様の最期を思うと、なあ・・・」
「あ、そんな・・・」
サクラの顔色はますます悪くなってジェレミアにしがみつく。
「え、サクラ様。ホントに大丈夫? 今にも倒れそうだよ」
ジェレミアがぎょっとしてお付きの侍女に目をやった。侍女が急いで寄ってきて、サクラを介抱する。
大広間は珍しいカンナギ国産の品に興味を示す神官や使用人が増えてきていたが、皆トーヤとラウロの火花散る争いに気を取られている。
巫女姫は興奮のしすぎで貧血を起こしたとして、そっと退場することになった。




