17話 求婚者ラウロ
サクラは落ちつきなく室内をうろうろと歩き回っていた。
楽しみすぎてじっとしていられないのだが、巫女姫の立場上、そんな姿を他者に晒すわけにはいかず、ずうっと私室内で待機していた。
侍女が来客を告げると、待ちきれないというように満面の笑みで顔をあげた。
「すぐに行くわ、お客様をお待たせしてはいけないものね!」
「その通りですが、少しお髪が乱れております。少々、お待ちを」
「えええー、大丈夫よお。殿下たちだもの、気にされないわよ」
「いけません。神殿長からお叱りを受けますよ」
侍女はため息まじりにささっと主の身だしなみを整える。散歩に行きたくてうずうずしている犬のリードをとっている気分だ。
サクラは侍女から待てを解消されると弾むような足取りで部屋をでた。
案内されたサクラがやってきたのは神殿の大広間だ。来客が大荷物だったので広げやすい場にしたらしい。
サクラはぱあっと顔を輝かせて元気よく声をあげた。
「アルフレード様、今日はありがとうございます。王弟殿下も色々とお持ちくださって感謝いたします!」
「いや、そう慌てなくても大丈夫だ」
「そうですよ、巫女姫様。実際にお持ちしたのは私ではないしねえ」
ルフィーノが苦笑して背後の青年を手招きした。赤い短髪に緑の瞳の体格がよい青年で、ルフィーノに少し面立ちが似ている。
「甥のラウロ・オルフィだ。私の屋敷から巫女姫ご待望の品を運んでくれた一番の功労者だな」
「初めまして、巫女姫様。叔父から連絡を受けて参りました。ラウロとお呼びください」
ラウロが恭しく礼をとると、優美で華やかな雰囲気になった。体格から騎士っぽいと思っていたが、高位の貴公子らしい所作だ。
サクラは礼儀正しく手の甲に挨拶のキスを落とされて真っ赤になった。パタパタと手を振って挙動不審になる。
「あ、あの! 公式な訪問ではないですから、ここまでしなくても大丈夫です!」
「巫女姫様はお噂通り、気さくな方ですね。下々の間では親しみやすいと評判ですよ」
「あ、わたし、元々一般庶民なので! 形式ばるというか、偉そうにするの苦手なんですよお」
「はははっ、私はそんなに偉そうでしたか?」
「いえいえ、ラウロ様がって言うのではなくて〜」
サクラは焦って首を横にブンブンと振った。
視界の隅でお付きの侍女が頭を抱えかねない顔をしているのが目に入る。巫女姫らしくない振る舞いだとお説教案件だと後悔するが、王子様かの如き振る舞いにはいつまで経っても慣れる気はしない。
「ラウロ様にはお手数をおかけしました。こんな大事になるとは思わなかったので・・・」
サクラは恐縮したように首をすくめた。
ルフィーノたちの歓迎会で和装を目にしたサクラは大きな衝撃を受けた。卒倒しかねないほど青くなってすぐに控え室に案内されたくらいだ。
サクラはこの世界に慣れるので手一杯だった時にご神託で討伐メンバーに選ばれた。討伐後はあれよという間に巫女姫就任で、今度は高位相手のマナーや常識を覚えるので忙しかった。
まずは生きていくのに必要な知識の取得が先で、他国事情までは知る余裕がなかった。せいぜい、海の王国と交流のある東方諸島が独自の文化を築いていて、住民の髪や目の色が暗くて濃い色だというくらいだ。
東方諸島の文化がアジア圏、特にカンナギ国が日本と同じような文化の国だなんて完全に予想外だった。
ジルベルタが東方諸島出の祖母似だと聞いていたが、目鼻立ちははっきりとしているし、肌も白くて日本人らしい容姿ではない。まさか、この世界に日本文化と被る国があるなんて思いもしなかった。
サクラは歓迎会直後に青い火の鳥メンバーとの面会を申し込んだ。アイリとトーヤから詳しい話を聞いて、思わずガッツポーズがでたくらいだ。
カンナギ国は稲作文化だったのだ。
サクラは朝食はトースト派だったが、お米だって大好きだ。異世界に来てからは和食とは二度と縁がないと諦めていたのに、思いがけないところでお米の情報が得られた。
サクラは早速取引を申し出た。
「お米ください! 全財産を出しても足りなかったら、なんでもしますから」と土下座せんかの勢いで、だ。
アイリたちは鬼気迫るサクラの気迫にドン引きしたが、取引しようにもまだ航路は再開されたばかりで現物がない。サクラが一気にどん底に転落して幽鬼のように淀んだ目になったら、ルフィーノが自家消費用に確保してある分を融通しようかと提案してくれた。
サクラには、ぱあっと彼の背後に後光が見えた。思わず、両手を合わせて拝んでしまったくらいである。
涙目で拝み伏す巫女姫にルフィーノも若干目を泳がせたが、故郷の話をすると納得したようで親身になってくれた。
ルフィーノはすぐに配達の手配をしたが、お米以外にも懐かしい物があるのではないかと色々とカンナギ国産の品を用意してくれた。ルフィーノの屋敷は青い火の鳥の活動拠点になっていて、東方産の品々が色々と持ち込まれていたのだ。
ルフィーノの屋敷から頼まれた物を運搬するのに使用人だけでは足らず、甥のラウロの手を借りることになった。ラウロは東方諸島に興味があって叔父の屋敷には幼い頃から出入りしていて、屋敷内にはルフィーノ同様詳しく、東方産の品にも理解があった。
「私も貴国を訪問したかったので、ちょうどよかったのです」
「そうだったんですか。ラウロ様の用って・・・、あれ、ラウロ、サマ?」
サクラが首を傾げて目の前のラウロをしげしげと見つめた。これもまた侍女のお説教案件だと頭の片隅で思いはしたものの、引っかかるものを感じて疑問符のほうが大きかった。
「あの、ラウロ様とお会いするのは初めてですよね?」
「ええ、そうですが、いかがしましたか?」
「えっと、なんだか、ラウロ様のこと、誰かから聞いたことがあるような気がして・・・」
「それはドナート嬢からでは? 彼女は彼と婚約していたから」
助け舟を出したのはアルフレードだ。サクラは大きく目を見開いて、ラウロの姿を頭の上から足の先まで眺めた。
「え、ええ〜。ラウロ様がクラーラと? え、だって、クラーラの婚約者は年下で、ニキビだらけのチ・・・、じゃなくって! ええっと、こんなに素敵な人だなんて聞いてなくて」
「ははっ、正直に言ってくださって結構ですよ。
『ニキビだらけのチビで礼儀知らずの無礼者なんか、わたくしには相応しくないわよ!』と、直接言われましたから」
ラウロは微笑んでいたが、目だけは無表情だ。
サクラは口をあんぐりと大きく開けてしまった。確かにクラーラはそう陰口を叩いていたが、まさか本人にも面と向かって言ったとか信じられない。
ルフィーノが動じていないところを見ると本当のことらしい。彼らを神殿に案内してきたアルフレードは若干顔をひきつらせているから公ではない話のようだ。
実は二年前にラウロはクラーラが闇魔法の被害に遭ったと聞いて山の王国へ見舞いに訪れていた。
王都の高級ホテルに到着して、ドナート家へ訪問の先ぶれを出そうとしたら、ホテル前の宝飾店にドナート家の紋章がついた馬車が停まるのが見えた。寝込んでいるはずのクラーラが馬車から降りて宝飾店へ入って行く。
『もう、元気になったのか?』と疑問符を浮かべて、ラウロがこっそりと宝飾店に様子を見に行くと、二階のVIPルームへ案内されるクラーラが青い宝石のネックレスをつけているのが目に入った。
ラウロの瞳は緑色だ。
婚約の証にネックレスを強請ったくせに、緑の石--ラウロの色のネックレスをつけていないとは呆れてしまった。
ネックレスは婚約の証だけでなく、全属性防御のアミュレットでもあった。それを忘れて被害に遭ったはずなのに、懲りずにまた同じ過ちを繰り返すのかと侮蔑の思いが湧きあがってくる。
ラウロも客を装ってVIPルームへ案内してもらうと、廊下にまでクラーラの怒鳴り声が聞こえてきて、思わず足が止まった。
「こんな貧相なサファイアで満足できると思うの⁈ もっと、高級な物を用意なさい! いいこと、青い石よ! アルフレード殿下の色よ、それ以外はいらないから!」
ラウロの不快指数は過去最大記録を更新した。
青い石が好みなら、それはそれで構わないのに、まさか己の婚約者が他の男の色を纏いたいと公言するなんて、思いきり恥をかかされた気分だ。
ラウロはクラーラが宝飾店にいる間にドナート家へ先ぶれをだした。クラーラの体調がまだ優れないからと訪問予定は三日後だ。
思わず、ラウロは失笑した。
あんなに元気に怒鳴っていたくせに、宝飾店まで出向くほど回復しているのにまだ体調不良というのか、と。
そして、約束通り三日後にラウロが見舞いに行くと、クラーラはまだ寝台から起き上がれないと寝室に案内された。
本当は元気なくせに見舞い客に足を運ばせるとはバカにしているとしか思えない。
ラウロは婚約者と顔を合わせた途端に、冷ややかに婚約破棄を宣言した。クラーラから贈られた婚約の証の耳飾りを突きつけて。
宝飾店での出来事が婚約破棄のきっかけだと告げると、その返答が『ニキビだらけのチビで礼儀知らずの無礼者なんか、わたくしには相応しくないわよ!』だった。
当時のラウロは吹き出物ができやすくて顔中にニキビがあり、背も低く小柄な少年だった。成長期が遅めだったようで、この直後から急激に背が伸びて、今ではアルフレードと並んでも見劣りしない体格に育った。肌の調子も整ってきて今では吹き出物がキレイに治っている。
少し鋭さのある顔立ちで、叔父のルフィーノに似てヤンチャな感じのイケメンだ。
ラウロは肩をすくめてふっと皮肉げな笑みを浮かべる。
「元婚約者とは婚約破棄宣言以降は一度も会っていないので、昔の私の姿しか知らないのでしょう」
怒り心頭のラウロは婚約解消の話し合いの場には姿を見せなかった。付き添いの従者から話を聞いた両親に全てを任せていた。彼としては婚約破棄一択だったが、両国の友好のための政略結婚なのだ。彼の感情だけで全てを決めるわけにはいかない。
冷静さを保てる自信がなかったから、クラーラと顔を合わせるのは二度とごめんだと拒絶しまくったのである。
話を聞いたサクラは再び口があんぐりとしそうなのを全力で堪えた。
クラーラの話とは全然違う。
彼女は宝飾店での話なんかしなかった。婚約の証のアミュレットをしていなかったと責められて一方的に婚約破棄を宣言されたと語った。
クラーラは自分に都合の悪いことは全て省いていたのだ。
「え、ええっと、その、そんなことがあったんですね」
サクラは無難なことしか言えずに視線をうろうろとさせた。それをラウロは楽しみにしていた東方産の品物が待ちきれないのだと解釈した。
彼はにこりと微笑して、サクラに手を差しだした。
「つまらない話をしてしまいましたね。申し訳ありません。巫女姫様、配置も終わったようです。是非とも、私にエスコートの栄誉をお与えください」
「は、はいいいっ! 光栄です」
サクラはイケメンの眩しい笑みにくらっとしながらも、お米への愛で耐えた。ラウロにエスコートされて様々な品物が広げられている一角に向かう。
青い火の鳥メンバーが使用人に指示して、配置を終えていた。サクラ付きの侍女にもわかるように説明しようとそばに控えている。
カリンの隣にはトーヤが付き添っていて、筆談になる彼女とはペアになるようだ。サクラを連れたラウロが真っ先に彼らの元へ向かった。
「あーあ、トーヤが臨戦体制に入っているだろーが。ラウロも巫女姫をダシにするのはやめろと言ったのに」
「はっ? サクラ嬢をダシに、ですか?」
ルフィーノは戸惑うアルフレードに苦笑した。
「ああ、ラウロはカリンを狙っているんだ。ドナート嬢と婚約解消したのはいいが、未来の公爵夫人が務まる令嬢がそう都合よくフリーのわけがないだろう?
君のようにようじょ・・・、ではなくて、年が離れていて伸び代のある令嬢を探していたところにカリンと出会ってねえ、運命の相手だと思い込んでしまったのだよ」
ルフィーノはアルフレードの青い瞳に冷ややかさが宿るのを見て、慌てて言い直した。
「カリンは我が国のマナーも修めた教養のある淑女だ。公爵家に嫁ぐのに何も問題ないとみられたのさ」
「でも、ミツフジ嬢はナナミネ殿と婚約してますよね?」
「まだ、正式にではないのだよ。大海蛇のせいでカンナギ国への航路は大きく迂回しなければならなくなった。正式な手続きが終わっていないんだ。今、マサムネが帰国しているから、彼が手配しているはずだが」
「マサムネ? ああ、彼らのリーダーですね。ルフィーノ様のご友人で師匠ともお聞きしましたが」
「うん、マサムネに鍛えられたおかげで、私も金剛クラスまで昇格できたのさ。彼には頭があがらないよ」
「ならば、正式な手続きもすぐに整うのでは? まさか、ラウロ殿は横恋慕するつもりですか?」
アルフレードはトーヤを慕っていると恥じらいながら告げたカリンを思い出していた。彼女の幸せを壊す真似は相手が誰であろうと許せないと強い思いが湧きあがってくる。
ルフィーノは険しい顔になったアルフレードに水色の瞳を眇めた。
「ラウロも玉砕覚悟で最後の勝負にでたのさ。ここで粉微塵になってくれたほうが次のお相手とうまくいくだろう。
トーヤには思いきり見せつけてやれと話をつけてあるから心配いらないよ。カリンは一途で情の深い女性だ。ラウロがいくら頑張ってもムダだろう」
「・・・ずいぶんとラウロ殿に手厳しいのですね」
アルフレードがふっと表情を緩めて意外そうになった。
ルフィーノは甥っ子の応援かと思いきや、思いきり振られてこいと、反対に断崖絶壁に突き落としている。
「ラウロの婚約があんな形でダメになってしまっただろう? 次こそは幸せになれるお相手をと思っているが、トーヤが譲るわけないからなあ。
失恋の妙薬は新たな恋だからねえ。ここはきっぱりはっきりすっきりと振られたほうがラウロの為だ」
三十路まで華やかな独身貴族を通してきたルフィーノの言葉には説得力があった。
アルフレードもすっかりと毒気を抜かれてルフィーノと立ち話をしていると、侍女が近づいてきた。神殿長フランカのお付きの者でお茶のお誘いだった。




