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時は戻らない  作者: みのみさ


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14話 フェデーレ家

 山の王国では冒険者の需要はあまりない。

 ルフィーノたちは歓迎会後は帰国するものと思っていたが、用があるから数日間滞在すると言われた。

 その用件とはルフィーノの友人との顔合わせだ。どうやら、冒険者に理解がある相手で今後指名依頼の可能性があるらしい。トーヤが故国に戻っているリーダーの代理で顔合わせに出向く間に、アイリとカリンはフェデーレ家を訪問することにした。カリンの祖母は存命で、嫁いだ双子の妹の遺品を譲ってほしいと申し出たのだ。


 フェデーレ家は果実の産地で有名で、ここ数年は新品種に力をいれていた。当主である公爵は品種改良にかかりきりで領地へ引きこもっている状態だ。ジルベルタの葬儀以降は一度も王都へ戻っていない。フェデーレ家は奥方に任せられていたが、夫人はあまり身体が丈夫ではなかった。必要最低限の社交しかこなさず、娘が犠牲者だというのに鎮魂祭にも出席していない。

 ルフィーノたちの歓迎会だって、王族への挨拶が済むとそうそうに帰宅してしまっていた。アルフレードが仲立ちしてフェデーレ家へ訪問を取り付けた。


 フェデーレ家を訪れるのはジルベルタの葬儀後初めてだ。アルフレードは密かに緊張していた。

 フェデーレ家ではジルベルタは王国のために尽くしたのだからとアルフレードを責めることはしなかった。アルフレードにしてみれば、ジルベルタの家族に何も言われなかったほうが堪えたが、彼にだって何故娘を見捨てたのかと問い詰めたい気持ちがある。

 彼らはお互い様だというように、貴族らしく本音は腹のうちにおさめているしかなかった。


「殿下、ようこそお越しくださいました。本来ならばわたくしどもが参らねばならぬところですのに」

「いや、お客人はシラン様が過ごされた場所をご覧になりたかったようだから気にしないでほしい」

 アルフレードたちを出迎えたのはフェデーレ夫人とジルベルタの弟のエドアルドだ。

 エドアルドは14歳で学園入学前なので、公の場に姿を現すことはなく、アルフレードと会う機会はなかった。ジルベルタの葬儀後初めて顔を合わせる。

 二年前のエドアルドはまだ幼さの残る少年だったが、すっかり背も伸びて大人びた顔立ちになっていた。すでに高位貴族らしく表情の取り繕いは標準装備だ。それでも、彼がカリンに向ける眼差しには懐かしさと親愛が込められていた。きっと、姉の面影を見ているのだろう。

 息子と対照的なのが夫人だった。夫人は亡き娘にそっくりなカリンを目にしても動揺はしていなかった。却って無表情なのが怖いくらいだ。


 応接室に通されたアルフレードたちの前にビロード張りの台座にのせられたブローチが運ばれてきた。

 ジルベルタの祖母・シランの遺品がこれだけと告げられて、アイリもカリンも驚いて目を見張る。

「まあ、青翡翠のブローチですわねえ。お姉様の紫苑(シオン)様もお持ちで、紫蘭(シラン)様の遺品には違いないですけれど、この他は何もございませんの?

 紫蘭様の嫁入り道具では五十点ほどの装飾品があったはずですのに」

 アイリが頬に手をあてておっとりと尋ねた。夫人が重々しく頷く。


「ええ、ジルベルタが引き継ぎましたが、あの子の形見わけで親類にお渡ししてしまいましたの」

「まああ、どうやら、わたくし、王国の文化に疎いようですわ。一体、どういうことなのでしょう?

 紫蘭様の血を引くのはご当主と二人のお子様だけでしたわね?

 ジルベルタ様が亡くなられて、お子様は弟のエドアルド様だけ。唯一の嫡孫ではないですか。

 なぜ、エドアルド様に引き継がせませんの? 我が国の常識ではとても信じられないのですけれど・・・」

 カリンも不審そうに首を傾げている。

 まさか、形見わけで全て他家へ譲ってしまうとは普通は思わない。カンナギ国の常識では紫蘭の血筋のエドアルドがいるのだから、彼に一番多く引き継がれるはずだ。


 アイリはなおも不思議そうに続けた。

「紫苑様のお話によると、お揃いで揃えた装飾品がかなりありましたのよ?

 ネックレスとイヤリングのセットだけでも紅珊瑚に黒真珠、紫水晶に琥珀に瑠璃と各種取り揃えていたとか。髪飾りだって金銀細工に真珠や青翡翠を用いたものですし、宝石箱だって螺鈿細工や彫金で贅を極めたものだったそうです。

 どれもこれも我が国の特産品の宝飾物で、こちらの大陸では高額取引される至高の品ばかりだったはず。

 紫蘭様の持参金より高額でしたでしょうに、それらを一つ残しただけで全て親類に渡してしまわれたのですか?」

「このブローチだけは形見わけで私に残されましたが、それ以外の姉の装飾品は全て公爵夫人がご自分の親類に配ってしまったのです」

 エドアルドがひんやりとした声音で答えると、無表情で母親を見やった。アルフレードはその温度のなさに驚いた。


 エドアルドはジルベルタと年が離れていて母にも姉にも可愛がられていた。一体、この二年の間に何があったのか、エドアルドは母親をまるで赤の他人のように見つめているし、公爵夫人と他人行儀な呼び方をしている。先ほどカリンに向けていた親愛の情の一欠片も母親には向けていなかった。

 夫人は怯みはしなかったが、嫌そうに顔をしかめた。


「娘と親しくしてくれていたお礼をしただけですわ。わたくしの親族は闇属性なんて恐ろしい魔法しか使えなかったあの子を気遣ってくれましたから」

 しんと沈黙が降りた。誰もが夫人が口にした言葉を消化するのにしばし時を必要とした。

 闇魔法の対処法が知れ渡り、洗脳や魅了を恐れることはないとされている現在で、闇属性批判をまさか実の母親がするとは誰も思いもしなかったのだ。

「夫人、今の発言は取り消してくれ。お二方とも闇属性をお持ちだ。貴女は国賓を貶めるおつもりか?」

「えっ? まさか、そんな! わ、わたくしはただ・・・」

 アルフレードが絶対零度なんて生優しい声音で告げると、夫人は大袈裟なくらいに狼狽えた。歓迎会で散々噂されていたのに、英雄たちの属性を知らなかったようだ。


 エドアルドがソファーから立ち上がると、跪いて首を垂れた。

「申し訳ありません、この者の無礼はこの通りお詫びします。次期公爵として正式に謝罪いたします」

「エド! 貴方がそんな真似をすることは・・・」

「黙れ!」

 冷ややかに命じたエドアルドは控えていた侍女に目線で促した。侍女がさりげなく夫人に近寄ると、介抱するように見せかけて夫人を息子と同じように跪かせた。

「な、何をす「この通り、公爵夫人も反省しております。どうか、お怒りをおさめていただけないでしょうか?」

 アルフレードたちは流れるような動作に唖然としていた。


 侍女は夫人の背をさするようにしているが、首筋にあてた手で声帯を抑えでもしたのか、途中で言葉を遮られている。

 カリンがオロオロと左右を見渡し、アイリが和やかに微笑んだ。

「あらまあ、誰にでもお口が滑るということはありますもの。エドアルド様は良識あるお方ですし、謝罪は受け入れますわ。どうか、お顔をあげてくださいな。元通りお掛けになって?

 わたくし、公爵夫人の度胸にはほっんとうに心の底から感心しておりますのよ」

 うふふと微笑むアイリにどういう意味かと周囲の視線が集中する。アイリは目だけは笑んでいなかった。


「カンナギ国の王族だった紫蘭様の持ち物ですわよ、我が国でも指折りの高価な品です。それを公爵夫人の親類の方に、ですか。

 公爵夫人は伯爵家の出と聞いておりますわ。確か、ご親類も伯爵か子爵の方が多かったはず。ああ、男爵もおられましたわねえ、歓迎会でお話ししましたもの、よおく覚えておりますわあ。

 我が国の品は大海蛇の出現で取引不可になっていましたから、今では以前の数倍から十倍までとかなりお高くなっているのですって。

 それらを伯爵家以下のお家でお持ちだなんて、裏社会ではなあんてお得なのかしら。

 公爵家に押し入るよりも簡単なお仕事ですわねえ。一家皆殺しでも手に入れたいと思う悪人がゴロゴロいますわよ?

 まさか、公爵家よりもご親戚のお家のほうがセキュリティーは確かなんですの?」

 アイリの発言にカリン以外の全員がぎょっとなった。お茶のワゴンの側に控えていた侍女もだ。空気のように控えているはずの使用人(プロ)が思わず表情にだすほどの衝撃だった。

 カリンはああやってしまった、というように頭を左右に振っている。


 アルフレードは驚愕しつつもなんとか声を搾りだした。

「ナ、ナナミネ嬢。そのお話は確かなことですか?」

「ええ、冒険者をやっていれば、小耳にはさむことですわねえ。

 歓迎会でドレスに合わない高額な装飾品をつけているお方を幾人かお見かけして気になっていたのですけれど、公爵夫人のご親類でしたのねえ。

 ・・・まあ、これからが大変ですわあ。

 カンナギ国特産の装飾品を見せびらかしてしまったのですもの。裏社会では有名になるでしょうねえ。

 お身内にご不幸が続くことにならなければ、よろしいのですけれど」

 発言内容は不穏なのに、あくまでのんびりとした口調だ。アイリはのほほんと微笑んだ。

 夫人は一気に顔色が悪くなって、ワナワナと震えだした。アイリがおっとりと首を傾げる。


「あら、公爵夫人。どうなさいました?」

「わ、わたくし、気分が優れませんですので、申し訳ありませんが・・・」

「まああ、それは大変ですわあ。どうぞ、遠慮なくお下がりになってお休みくださいな。これからのことを思うと、とてもとても心穏やかにはいられませんでしょうし」

 穏やかな声で追撃がかかって、夫人は卒倒しそうになる。付き添っていた侍女が夫人を抱えるようにして退出していった。

 アルフレードは表情にださないように気をつけていたものの、内心では天地がひっくり返るほど動揺しまくっていた。

 アイリの話はともかくとして、夫人のあの発言ではまるで闇属性であった娘を疎んでいたかのようだ。

 アルフレードがジルベルタと会うのは王宮が多く、フェデーレ家を訪ねるのは稀だった。訪問時の夫人はごく普通の貴族夫人に見えた。まさかあのような偏見を持っているとは思わなかった。ジルベルタから家庭内の問題を相談されたこともなく、アルフレードには寝耳に水だ。

 そこへ、エドアルドの淡々とした声がかかった。


「殿下、今日の訪問には間に合いませんでしたが、いくつかの装飾品を取り戻すことができます。先ほどのお話を広めれば回収しやすいでしょう。

 数日お待ちいただければお渡しできますので、今日のところはこのブローチだけで申し訳ないのですが」

「しかし、これは君がもらったジルの形見だろう?」

 アルフレードは青翡翠の小鳥のブローチを懐かしげに見つめた。幼い頃のジルベルタが胸に飾っていたのを見た記憶がある。

『エドが欲しがるから、もっと大きくなったらあげる約束をしたのです』とジルベルタははにかんだ笑みを浮かべていた。

 弟が飼っている小鳥に似ていて、ブローチを気に入っているのだと言っていた。大きくなって装飾品の扱いに慣れてきたら、あげようと思っているのだと。彼女の微笑みと共に懐かしく思い出す。


「・・・お気になさらないでください。私には姉と過ごした大切な記憶が思い出として残っていますから」

 凛として告げたエドアルドにアイリが感心した眼差しを向ける。

「まあ、ご立派ですわ。まだ、お若いのに。

 ですけれど、他に手に入る形見があるのですから、そちらで十分ですわ。

 やはり、思い出の品があったほうが故人を偲びやすいですもの。紫苑様もそう思われたから遺品を譲ってほしいと申し出たのだし。

 ねえ、花鈴もそう思うでしょう?」

 カリンはアイリの言葉にこくこくと頷いた。そして、ブローチを手に取ると、エドアルドへ差し出した。エドアルドが躊躇っているので、そっと手をとってブローチをのせた。

 エドアルドはにこりと姉と同じ笑みを向けられて、ぐしゃりと顔を歪ませる。


「こ、の、ブローチは、僕が飼っていた小鳥が逃げてしまって落ち込んでいたら姉がくれたのです。僕の胸に飾ってくれて、『これでいつでも小鳥はエドの側にいるわ』と微笑んでくれて・・・」


『た、い、せ、つ、な、もの、なのですね』


 カリンがエドアルドの手のひらに指で文字を綴った。続いてアイリも頷く。

「あなたが持っていたほうが、お姉様も喜ばれますわよ。きっと、紫苑様も同じことを仰ると思いますわ」

「私もそう思う。昔、ジルが君にあげると言っていたのだから、このブローチはすでに君のものだ」

 アルフレードにも口添えされて、エドアルドはそっとブローチを握る手に力を込めた。

「・・・ありがとうございます」

 エドアルドは潤んだ瞳をそっと閉じて、こみあげてきた思いを堪えた。


 本当は手放したくなんかなかった。母が姉の持ち物を自分の親類にほとんど分け与えてしまったから、これしか残っていなかったのだ。

 アルフレードからの贈り物だけはさすがに王家への不敬になると保管してあるが、祖母から譲られたり、父が買い与えた物はまるで自分の持ち物のごとく好き勝手に処分してしまった。

 エドアルドが諌めても、母は息子の言葉をまともに取りあわなかった。当時12歳の少年だったエドアルドは己の無力さにどれほど絶望したことか。


 学園の傷害事件の連絡を受けて父が領地から戻った時には母が姉の嫌疑を認める発言をして外堀を埋めてしまった状態だった。気鬱の病だとお茶会で吹聴していたのだ。

 父は悪評が静まるまでは領地で静養させたほうがよいと判断した。それなのに、退学手続きしようとした矢先のご神託でジルベルタは帰らぬ人となってしまった。

 フェデーレ公爵は娘を思う故の行動が王宮では正反対に受け取られてしまい、対応の不味さに後悔したがすでに時遅く、娘を守れなかった自責の念に駆られて領地に引きこもってしまった。

 祖父母は幼い頃に亡くなっており、公爵夫人として好き勝手に振る舞う母を諌められる相手は誰もいない。エドアルドは早急に子供ではいられなくなった。


 次期公爵の肩書きを盾に家内で味方を増やし、ようやく母の専横を防げるようになったところだ。


 エドアルドはこれまでの道のりを胸中に思い浮かべて、ふっと吐息をついた。

 なんとか気持ちを落ちつかせるのに成功して、姉と同じ紫紺の瞳を開ける。もう、涙はひっこんで次期公爵らしく、凛とした表情だ。

「祖母の遺品ですが、実は宝飾品以外にもあるはずなのですが、私には見分けがつかなくて困っていたところなのです。

 祖母のために祖父が買い求めた東方産の品もあって、父はこういった物には興味がなく、把握していなかったのです」

「そうねえ、確か紫蘭様は墨絵やお気に入りの茶器なども嫁入り道具に入れたらしいわねえ」

 アイリが考えながら呟いた。

 妹を偲ぶ思い出の品が欲しいのだから、姉のシオンが目にしたことのない品では遺品の意味がない。


「よかったら、わたくしに見せていただけませんか? 紫苑様の物を参考にすればわかると思いますの」

 アイリが困ったように眉を下げる少年に申し出てきた。エドアルドがぱっと顔をあげる。

「よろしいのですか? お手数をおかけしますが、そうしていただけると助かります」

「ええ、こちらこそ、お願いしたいくらいですわ」

 アイリはにこりと微笑んで保管庫へ足を運ぶことにした。

「殿下、申し訳ありませんが、花鈴とここでお待ちいただけますか? 花鈴、殿下のお相手をお願いするわね」

 アルフレードが返事をする前にカリンが頷いた。

いつもお読みいただきありがとうございます。

評価やブクマ、いいねなどありがたいです。誤字報告も助かりますが、注意事項があります。次の言葉は誤字ではありません。

 カリン = 花鈴

 シオン = 紫苑

 シラン = 紫蘭

漢字表記はカンナギ国の言葉で表しているという設定です。

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