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時は戻らない  作者: みのみさ


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12話 鎮魂祭

 鎮魂祭では昨年同様に歌がなくても問題なかった。

 それよりも、今年は海の王国でも大災害級の魔獣が討伐され、英雄たちが式典に参加したことが話題になっていた。特に、英雄メンバーのカリンが討伐で犠牲になったジルベルタ・フェデーレの血縁者だったのがインパクトが大きい。ジルベルタを悼んで英雄メンバーが故国の鎮魂歌を披露して出席者は皆涙にくれた。

 カリンが横笛でトーヤが琵琶という竪琴を奏でてアイリが歌いながら鈴の音を響かせた。

 カリンは光と闇の二属性持ちだが、闇魔法のほうが得意で闇魔法の行使は仲間内で一番優れていた。彼女は全属性のナナミネ姉弟と共に演奏に犠牲者を偲ぶ闇魔法をのせた。


 アイリの切々とした哀悼の歌でふわりと風が薫って、儚い幻影がゆらゆらと漂うように出現した。


 幼い子供を抱いた若い女性を守るように大柄の男性が付き添う。杖をついた老人と孫らしき男の子が手を繋いでいる。

 数人の兵士姿の若い男性が剣をとり、彼らを護衛するように庇っていた。

 誰もが不安そうな怯えた顔をしていたが、鎮魂歌に宥められるように徐々に穏やかな表情になっていく。子供が笑顔で母親に頬擦りすると、父親が代わって子供を高く抱きあげた。祖父に頭を撫でられた男の子がくすぐったそうに笑っていた。兵士たちも険しい顔から微笑ましいモノを見る目になって和んでいた。


 彼らは式典で名を読みあげられた犠牲者たちだった。

 演奏が終わる頃には皆安らかな笑顔になっていた。出席者に手を振る子供の姿さえ見られたという。

 最期の苦痛に塗れた死に顔ではなく、穏やかに旅立つ姿に、犠牲者を弔った者たちは心のしこりが解かれていく思いだ。

 アルフレードは最後に見た姿よりも幼い黒髪の少女が微笑んで手を振る姿に思わず手を伸ばしたが、幻影はすうっと霧のように消えてしまった。

 演奏を終えた会場ではすすり泣きの声が響き、祈りを捧げる姿が散見していた。




 クラーラは腹立ち紛れにカップを床に叩きつけた。破片が飛び散り、頬を掠めるが、痛みにも怒りはおさまらない。

「お嬢様! お顔に傷が・・・」

「うるさい、この役立たず! さっさと片付けなさいよっ」

 クラーラはドアの外に護衛がいて軟禁状態だ。侍女に命じて鎮魂祭の様子を見に行かせた。その報告に腑が煮えくり返りそうだった。


 クラーラの歌がなくても式典に変わりはないどころか、あの冒険者どもが見事な鎮魂歌を披露して褒め称えられたとか我慢できなかった。

 クラーラはぎりっと唇を噛み締めた。

 せっかく、闇魔法の恐ろしさを喧伝してジルベルタを貶めたというのに、目論見が全て水の泡だ。

 ジルベルタそっくりのカリンが姿を見せただけで聴衆の目を掻っ攫ったとか不愉快極まりないのに、闇魔法の使用はルフィーノの提案で犠牲者の冥福を祈ってのことだと言う。クラーラのモノになるはずだった名声を横取りされた気分だ。


 鎮魂祭での幻影はきっとすぐに噂となって広まる。

 会場には海と山の両王国の新聞記者だって招かれていた。遡った大河を下れば数時間で王都には着くのだ。王都の明日の新聞のトップ記事は鎮魂歌の幻影についてだろう。

 鎮魂祭の参加者はこの領主館に宿泊して、明日帰途に着く予定だ。謹慎中のクラーラには何も打つ手がなく、カリンたちの話題で盛り上がる王都に戻るとか。冗談ではなかった。


「お父様に訴えてやるわ。身の程知らずどもが、王太子妃候補のわたくしを蔑ろにしたと。絶対に罪に問わせてやる・・・」

 クラーラは血が滲む頬をそのままに歪んだ笑みを漏らした。     




 クラーラは自宅に戻るとすぐに父の執務室に呼ばれた。部屋に入った途端に、鋭い罵声を浴びた。

「この愚か者! 貴様、何をしてくれたのだ。我が家を潰す気かっ‼︎」

「え、お、お父様、いきなり何を・・・」

「父上、落ち着いてください。クラーラを切り捨てて済む話ではないのですから、まずは冷静にならなければ」

「なっ、お兄様!」

 クラーラはぎょっとして叫んだ。兄の『切り捨てる』とか、不穏な言葉に驚くばかりだ。

 跡継ぎである長兄は冷ややかな眼差しで妹を見やった。


「海の王国の王弟殿下のお連れに無礼な言動をしただけでなく、女性の顔に傷をつけたそうだな。しかも、カンナギ国十二家の一つ、ミツフジ家の姫君だと言うじゃないか。お前より格上のお相手だぞ? 

 お前はどう詫びるつもりだ。反省して領地で蟄居なんて生ぬるいわ。除籍して追放されてもおかしくない真似をしたのに自覚がないのか?」

「そんな、たかが冒険者なんて野蛮な生業の輩ではありませんか! わたくしのほうが無礼を働かれたのよ?」

「・・・ああ、お前がそんな阿呆だから、アルフレード様も射止められなんだな」

 兄は嫌味たらしくため息をついた。憤慨する妹に冷笑を向ける。


「金剛クラスの冒険者ならば王侯貴族とは対等な立場だ。十分、婚姻対象にだってなり得る。

 ナナミネ家の姫君もまだ未婚だというし、ミツフジ家の姫君は故フェデーレ嬢に瓜二つだそうだな。王弟殿下のお節介でアルフレード様に紹介したのかもしれない。そんな相手を無下に扱うとか、阿呆としか言いようがないだろう。

 お前は将来の王妃候補に無礼を働いたと気づいていないのか?」

「まさか、そんな・・・」

 クラーラは青ざめて後悔したが、己の言動を恥じたのではない。たかが冒険者風情がアルフレードの婚約者候補に認められたことにショックを受けている。

 兄はそれに気づいていたが、妹を慰めるつもりは皆無だ。むしろ、末っ子で将来は隣国の王家と縁続きの公爵夫人になるからと高慢に育ててしまったのを悔いていた。


 もともと、クラーラは生まれた時からアルフレードの婚約者候補に数えられていた。アルフレードと年の近い高位貴族の女児はジルベルタとクラーラしかいなかったからだ。

 ジルベルタが選ばれたのはクラーラよりも魔力量が多く、レアな闇属性だったためだ。それにアルフレードと幼馴染で気心も知れている。

 クラーラは政略結婚で隣国の公爵令息と婚約になったが、内心で不満を抱いていた。

 公爵令息は二つ年下で頼りなく思えたし、まだ子供のうちは国境を越えるのは容易ではなく、年に一度会えるかどうかだ。手紙でのやり取りが主で、万が一にも人目にふれる可能性を考慮するとそう迂闊なことは書けない。

 婚約者と心の距離が埋まらぬまま、成長して公の場に出るようになって、アルフレードを直に目にする機会が増えれば身近な異性に目が向くのは当然の成り行きだった。それも、もしかしたら自分が婚約者だったかもしれない相手だ。アルフレードに執着心が湧き起こるのも仕方がない。


 妹の気持ちがわからないでもなかったから、クラーラがジルベルタを蹴落とそうとするのをドナート家では黙認していた。

 権力闘争は貴族の常だ。生き残る力のない者が国のトップにつけば、内乱の恐れだってある。

 父も兄も妹のお手並み拝見、フェデーレ家がどうでるかと反撃に備えていた。

 それなのに、フェデーレ公爵はあっさりと娘を見捨てた。ジルベルタも公爵令嬢にしては実に簡単に嵌ってくれて拍子抜けしたくらいだ。

 王太子の婚約者の座が空き、よしいける! と意気込んだものの、クラーラが選ばれることはなく、どうやら8歳前後の伯爵令嬢が選定にあがっていると情報を得ている。


 ドナート家では方針転換を余儀なくされた。

 鎮魂祭でクラーラが成功を収めてもアルフレードの婚約者の座は厳しい。それならば、鎮魂祭での成功を手土産に国内の有力な伯爵家あたりと縁づいたほうがいい。クラーラに絶対に鎮魂祭を成功させろと指示していたのに、不手際どころか不敬の極みをやらかすとか、信じられない。

 どうして、こうなったと頭を抱えたいところだ。

 兄はうんざりとした顔で妹を眺めた。

 

「お前は体調不良で王弟殿下ご一行の歓迎会は欠席だ。しばらくは領地に静養にだす。

 頃合いをみて、修道院に入って反省の姿を見せるんだ。数年もすれば誰も関心を持たなくなる。その後はどこか裕福な商人にでも話をつけてやるから、大人しくするのだな」

「え、あ、なに? お、おにいさま? な、何を言っているの?」

 クラーラがわけがわからないと首を横に振るが、父親が諦めたように口を挟んだ。


「クラーラ、言われた通りにするんだ。せめて、生活に困らない相手を選んでやるから、数年は我慢しろ。

 お前が王太子妃におさまるのなら、多少狡猾な手を使おうとも許容できたのだがな・・・。

 鎮魂祭は王弟殿下のお連れの噂一色だぞ?

 すでに新聞でも報じられている。街では号外が飛ぶように売れていた。闇魔法への忌避感など、どこぞに吹っ飛んでしまったわ。

 ・・・お前の目論見は潰えた、失敗したのだ。これ以上の失態は我が家の評判を落とすだけだ。せめて、引き際を見誤るな」

「ひどいわ、お父様まで! そんなこと、お母様が黙っていないわよ!」

「母上なら卒倒して寝込まれてるぞ。海の王国だけでなく、カンナギ国も怒らせたと青くなっていた」

「だって、冒険者なんてならず者じゃないっ! そんな生業についているのだもの、実家からも見放されているのでしょう⁈」

 クラーラが目を吊りあげて叫ぶと、はあっと兄は疲れたようにため息をついた。


「カンナギ国では冒険者家業が盛んだ。上流階級でも武者修行として認められている。

 帝王家でも若い頃の冒険者家業は推奨されているくらいだ。尤も、安全面を考慮して国内のみだがな。その分、十二家が国外での活動を行い、腕前をあげて見聞を広め、人脈を築くそうだ。

 いかに冒険者として名をあげるかが、帝王の伴侶に選ばれる条件の一つだというぞ。

 今代の帝王はすでに婚姻しているが、おそらく、ナナミネ家の姫君は帝王の伴侶候補だったのだろう。金剛クラスへの昇格が数年早ければ伴侶に選ばれたかもしれない。

 弟君も優秀で全属性ながら完全制御可能というし、ご姉弟の御子は次代の帝王の伴侶候補になるだろう。

 そのような相手を怒らせておいて無事に済むわけがない。

 お前の教育には海の王国で必須の他国事情もあったのに、まったく身についていないとは・・・」

 クラーラは兄の視線に居心地が悪そうに身じろぎした。興味がない情報はすぐに忘れてしまっていたのだ。

 兄は頭痛がするというように額を押さえた。


「金剛クラスをそこらの底辺冒険者と一緒くたにするとは、お前の社会常識はどうなっているのだ。国内に冒険者が少ないとはいえ、いくらなんでも他国事情に疎すぎるだろう?」

「だから、婚約者に選ばれなかったのだ」

 父が苦虫を噛み潰した顔をする。

 クラーラはムカついて抗議しようとしたが、父の合図で侍女たちに連行されて自室に監禁されてしまった。

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