10話 後悔
新年おめでとうございます。お正月スペシャルで2話連続投稿します。楽しんでいただければ幸いです。
「おお、なんと素晴らしい!」
「素敵でしたわ、これぞ奉納祭ですわね」
「ええ、本当に美しい歌でしたわ」
わあああっと歓喜の声と拍手が鳴り響き、神楽は大成功を収めた。演奏者たちは神殿前に設置された舞台上から優美な礼を返す。
本番でクラーラは力強く歌声を響かせた。風魔法の使い手が王都の隅々まで拡散してくれるので、今日の強風は却って好都合だ。
拍手大喝采を浴びたクラーラは鎮魂祭での成功も確信していた。豊穣の祈りを捧げる神楽では闇魔法を使えないので鎮魂祭ではぶっつけ本番になるが、己の歌唱力ならば問題ないと自信を抱いた。
クラーラは演奏終了後に市民の代表者数名から花束を贈られ、王都の知名人たちから絶賛されて笑顔で応じていた。ルフィーノからも優雅な仕草で花束を贈られる。受け取ろうとすると、そっと手を取られて甲に敬愛のキスを落とされる。
「ドナート嬢、素晴らしい歌声だった。神もきっとご満足いただけたと思う。
ラウロも馬鹿なヤツだ。貴女のような素敵な淑女を手放すなんて」
「まあ、王弟殿下。お世辞がすぎますわ。わたくしは神の僕として勤めを果たしただけです。そのような過大評価は大袈裟すぎますわ」
「おお、なんと謙虚な。驕ることなく、慎ましい。貴女こそ、奉納の歌姫としてふさわしい」
「まあ、殿下はお上手ですわね」
クラーラは頬を赤く染めてまんざらでもない様子だ。
ルフィーノの連れたちは舞台にはあがらずに、下段の来賓席に控えている。どうやら、幾重にも防寒しているカリンを気遣って早めに室内に戻るようだ。
クラーラは調子にのったのか、ルフィーノにエスコートされて高位の相手へ挨拶回りを始めた。
それを離れたところで、ドロテーアたち他の奏者は苦々しい思いで見つめていた。彼女たちも花束を贈られ、賞賛の言葉をいただいたが、歌い手の添え物扱い感が否めない。
「ドロテーア様・・・」
「いくらなんでも、ドナート様のなさり様は・・・」
「ええ、後できちんとお話しします。鎮魂祭でも同じようにされては困りますもの」
フルート奏者から眉間に皺寄せられて囁かれて、ドロテーアはため息をつきたいのをぐっと堪えた。
クラーラからいきなり開始直前にアレンジを提案された。
最後の章をもう一度繰り返して少々テンポもゆっくり目にする。余韻を長引かせて聴衆へ訴えるというもので、これまでの練習では一度も合わせたことがない。ぶっつけ本番では無理だと主張したのに、クラーラは引かなかった。
演奏中に注視していたら無理やりアレンジを続行しそうになって、慌てて合わせる羽目になってしまった。
ドロテーアたち演奏者が幼なじみでこれまで合奏してきた経験があったからこそ合わせられたが、クラーラの勝手な振る舞いに怒りが沸く。クラーラの様子を気にかけながらの演奏で、彼女たちは全力をだしきれなかったというのに、クラーラは我が物顔で絶賛を受けている。面白かろうわけがない。
「ドーラ、浮かない顔でどうしたの? いつもの演奏より精彩をかいたけど、やっぱり寒さで調子がでなかったのかい?」
ドロテーアが心配そうな声に振り向くと、マントを手にしたコルラードだ。
アルフレードは鎮魂祭の参加者が増えた手続きや準備に追われていて、コルラードが兄の代理で出席していた。彼は演奏の邪魔になるからと上着を脱いだ婚約者のために羽織るものを持ってきてくれていた。
コルラードは抜かりなく従者にも命じて、フルート奏者たちにも用意していた。三人とも暖かな格好にされて、ほっと息を吐く。
「この後は鎮魂祭会場に移動だ。皆、体調には気をつけてくれ。君たちの代わりはいないのだからね」
コルラードの合図で奏者たちは控え室に案内される。控え室で休憩してからの移動になるのだ。
コルラードはまだルフィーノにちやほやされて浮ついているクラーラに目をやった。すっと細められた碧眼に一瞬だけ苛立ちの色が宿るが、すぐに消して婚約者たちを労った。
アルフレードは窓を薄く開けて夜空を見上げた。きんと水辺の冷えた空気が室内に流れ込むが、寝付けない頭が冴え渡るようで心地よい。
鎮魂祭は隣国との大橋が破壊された地方都市で行われる。大河を半日ほど遡った街で、夕刻近くに出発した船が到着するのは明日の明け方だ。
これまでは神楽が終わると、本格的に奉納祭が始まっていた。
豊作祈願で市民が神殿に参拝し、都の大通りに屋台が並んで人々は一日中飲んで歌って春の訪れを祝うのだ。王城でも夕刻からパーティーが開かれ、奉納祭で神楽を披露した演者を招いて労っていた。
鎮魂祭を開始した昨年からは神楽後に休憩して昼食を摂った演者たちは王家所有の御座船で地方都市まで送迎される。昨年は国王夫妻が鎮魂祭に参加したが、今年はアルフレードが出向く。立太子に向けて少しずつ公務を増やしているのだ。
風と水魔法で推進力を得る御座船は海の王国へ出向く時にも使用され、内海で乗り回すのにも大丈夫な作りだ。
天候に関わらず揺れも抑えられる特殊設計で、乗船を許されるだけでも名誉なことだった。クラーラは令嬢にしてははしゃぎっぱなしで終始浮いていた。ドロテーアたちから演奏のアレンジについて苦言されても聞き流していたとか、頭の痛い報告ばかり耳に届く。
どうやら、クラーラは青い火の鳥の秀麗な姉弟が全属性持ちと聞いて、アレンジを思いついたらしい。彼らに話題をかっ攫われるのを厭って、彼らよりも目立とうとしたようだとお付きの者からの報告があがっている。
奉納祭ではドロテーアたちのフォローで上手くいったが、奏者たちと揉めるなんてどういうつもりなのか。
鎮魂祭にはルフィーノ以外にも海の王国民が参加する。被害者の身内や親しくしていた者たちが大半だ。彼らの前で不手際なんて問題外だ、絶対にやらかすわけにはいかないのに、不協和音を響かせてどうする、とつっこんでやりたいところだ。
演奏前の失礼な発言も報告を受けている。寛大なことにルフィーノは咎めるどころか、それ以上の失言を封じるためにわざわざクラーラのエスコートを買ってでてくれたとか。王国としては頭が上がらない、大きな借りを作ってしまった。
せめて、鎮魂祭では見栄をはるな、大人しくしてくれ、と今から憂鬱になっていた。
アルフレードが窓枠に肘をついて項垂れていたら、水音に混じって微かに笛の音が聞こえてきた。
耳を澄ませると、懐かしい旋律に頬が緩んだ。山の王国で一般的な子守唄のメロディーだ。
同乗しているフルート奏者かと思ったが、フルートの音色にしてはもっと素朴で単調だ。市井の子供たちが手習いで用いる縦笛に似た音だと意識したアルフレードはふっと青の瞳を翳らせた。
ジルベルタと神殿に参拝した幼い頃に、待ち時間にフランカお付きの侍女が縦笛を渡してくれたことがあった。音楽に慣れ親しんでいたジルベルタがせがんで貸してもらったのだ。ジルベルタは普段手にすることのない手彫りの縦笛に興味を示して、にこにこと嬉しそうだった。
その時と同じ曲で、素朴で優しい音色だった。
彼女との思い出は色褪せることないが、思い出しても以前ほどの胸の痛みはない。罪悪感が薄れてきていると思うと、どうしようもない焦燥感に駆られる。
「私は、あの過ちを・・・、忘れてはいけないのに」
ーー君はもしかして、・・・いたのではないか?
アルフレードの思い悩んだ末の問いに、ジルベルタは一気に表情が抜け落ちた。青いを通り越して、真っ白な顔になった。彼女に絶望を与えてしまったと気づいた時にはもう遅かった。
ジルベルタは心を閉ざして、『・・・殿下の良きように』としか答えなくなった。
アルフレードはあの時の最大最低の失言を一生涯悔やむしかない。許してほしくても相手はもう手の届かないところにいってしまった。
悔やむアルフレードを包み込むように笛の音はずっと子守唄を奏でていた。いつしか、うたた寝したアルフレードがはっと気づいた時にはもうやんでいた。
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今回はもう一話あります。




