1話 悪夢
お立ち寄りいただき、ありがとうございます。
作品紹介のあらすじでも触れていますが、第一話より人が亡くなるシーンがあります。作者としてはR指定するほどではないと思いますが、感性は人それぞれと思いますので、苦手な方はバックするか、後書きにあらすじをまとめてあるので、後書きまで飛ばすことをお勧めします。
目の前が真っ赤に染まった。
アルフレードはいきなり突き飛ばされて無様に地に転がったまま振り向くと、信じられない光景に硬直した。
元婚約者ジルベルタの後ろ姿が目の前にある。彼女の長い漆黒の髪の間から、折れた角が突き出て背を赤く染めていた。
「アルフレード様!」
「殿下!」
仲間たちの声が飛びかけた意識を覚醒させる。アルフレードが濃い血臭に青ざめる間もなく、ずるりとジルベルタの身体が地に崩れ落ちる。
古代種の一角竜が首を振って、貫いたジルベルタを人形のように放り投げた。一角竜とアルフレードの間に障害が何もなくなった。
片目を失い、両翼を斬り飛ばされ、下半身も砕かれた瀕死の姿でも一角竜はまだ生きていた。すでに絶命したと油断した一瞬の隙をつかれた反撃に誰もが反応できない中、ジルベルタだけが動いた。一角竜の前足のみの突撃からアルフレードを庇い、彼の代わりに半ばから折れた角の犠牲になった。
「殿下、お逃げください!」
「アルフレード様ああああっ!」
聖剣士ジェレミアがただ一つ手元に残った短剣を投げつけるが、突き刺さっても効果はない。一角竜の残った片目が憎悪を向けるのは角を折ったアルフレードのみ。
異世界人で光魔法の使い手サクラが悲鳴をあげる。彼女とてもう力は残っていない。誰もがすでに力を使い果たしていた。
アルフレードだって攻撃魔法を放つ魔力もつき、すでに剣を失って武器もなく、丸腰だった。
「くっ・・・」
誰もが満身創痍で身動きできない中、低く身を構えて最後の攻撃に備えた一角竜が折れた角から黒い炎に包まれた。突然、燃え上がった一角竜は恐ろしい咆哮をあげた。
「グオオオオオ‼︎」
一角竜が狂ったように上半身だけでもごろごろと転げ回るが、炎が弱まる気配はない。黒い炎は魔力攻撃だ。炎魔法ではなく、純粋な魔力を使った死に物狂いの反撃。命懸けの本当に最後の手段だ。
力なく倒れたジルベルタの血から発せられていた。アルフレードは彼女が命を消費しているのに気づいて叫んだ。
「ジル、やめろ! そんな重傷で、魔力を使ったりしたら⁉︎ 死ぬ気か!」
アルフレードの叫びは一角竜の暴れ回る騒音で消された。一角竜の周りでは縦横無尽にひび割れが走り、轟音と共に地面が陥没した。
地割れは一角竜を飲み込んでも止まらずにさらに広がり始めた。
「殿下!」
護衛騎士のダリオと魔法士のイレネオが駆け寄り、アルフレードの両腕をとった。彼らの肩に担がれたアルフレードは引きずられるように後退させられた。
「待て! 私よりも、ジルを救出しろっ。彼女を助けろ」
「殿下、もう無理です」
「諦めてください。ジルベルタ様は・・・」
イレネオが涙でぐしゃぐしゃにした顔を横に振る。なんとか首だけでも振り向いたアルフレードが目にしたのは地崩れに沈み込む黒髪が舞う姿だった。
「ジル‼︎」
アルフレードは悪夢と共に飛び起きた。
まだ薄暗い室内には、はあはあと荒い己の息遣いだけが耳に響く。額を手荒く拭うと、嫌な汗がぬるりと手の甲についた。アルフレードは両手で顔を覆った。
悪夢は現実に起きたことだ。
二年ほど前に神殿からの神託により、古代種竜の討伐に選ばれたメンバーで帰らぬ人となったのはジルベルタ・フェデーレだけ。討伐の旅の前に解消した彼の婚約者だ。
ジルベルタはアルフレードの二つ年下だった。彼女が10歳の時に婚約し、17歳で婚約解消した。解消なんてしなかったら、いや、そもそも婚約しなかったら、ジルベルタは討伐メンバーには選ばれなかっただろう。
そうすれば、今でも公爵令嬢として、幼馴染の関係でもそばにいたはず・・・、だったのに。
アルフレードはもう戻らぬ時を嘆いて、密かに唇を強く噛み締めた。
ダリオは共に警護を務める後輩騎士の顔色の悪さに足を止めた。
「おい、わかっているとは思うが・・・」
「だ、大丈夫です。自分だって、他言無用の誓いを立てております。・・・ただ、殿下がお労しくて・・・」
「心配する気持ちはわかるが、気遣いは無用だ。却って、殿下を追い詰めることになるからな」
「はい」
後輩は力なく項垂れた。夜間警備の巡回ルートで第一王子アルフレードの私室前を通る護衛は時折悲痛な叫びを聞いていた。
一角竜の討伐で華々しい成果をあげたと英雄扱いのアルフレードだが、彼を庇って元婚約者が亡くなったのを知る者は限られている。最後のトドメを刺したのはアルフレードの攻撃ではなく、ジルベルタの命懸けの献身だが世間には秘されていた。
討伐前にジルベルタは婚約解消されていた。将来の王太子妃として相応しくない振る舞いがあったためだ。それでも、神託が下ったからには討伐に赴かねばならない。彼女の闇魔法は精神攻撃のみで物理攻撃技はないので、補助魔法として支援させるはずだった。それが討伐直前に後方から前線に配置換えとなった。
アルフレードの一存での決定である。
ジルベルタの闇魔法を効果的に利用するには対象に近づいたほうがよいと判断したのだ。
アルフレードがジルベルタの死に罪悪感を持ち、夜毎うなされているのは公然の秘密で厳重に箝口令が敷かれている。もし、城外に漏れて市井に伝わると、婚約解消の件もあって悪評が流れるのは容易く想像できる。古代種竜討伐の英雄の名を貶めない配慮だ。
そのため、王子の私室付近の警備につくのは専属の護衛騎士だけだ。誰よりも忠誠心が厚い彼らは他言無用の誓いをたてていた。
ダリオは討伐に同行した護衛で当時を知るだけに主人の苦悩に心を痛めていた。だが、慰めは却って悪手だとわかっているので、何も知らないふりで護衛を続けるしかない。
まだ若く騎士になりたての後輩には何もできずに主人を見守る役目は堪えているようだが、これを乗り切ってこその専属騎士だ。
ダリオは後輩がうまく順応してくれるのを願いながら巡回を続けた。
【あらすじ】
アルフレードは悪夢にうなされていた。二年前の一角竜の討伐で元婚約ジルベルタを失ったのだ。ジルベルタはアルフレードを庇って亡くなった。護衛騎士ダリオは討伐メンバーの一人で事情を知るだけにアルフレードを心配していた。だが、気遣うのは却って傷つけてしまうと素知らぬふりをするしかなかった。
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8話までは毎日10時に投稿して、9話からは週一の投稿予定です。よろしくお願いします。