第1話;黎明 (Blooming) -⑧
アクセス頂きありがとうございます。
拙い文章です、ご容赦ください。
真っ白な世界。
どこを見ても気が狂いそうなくらい真っ白で床も壁も天井も区別がつかない。
しかし、不安感やストレスは全くなく、清浄感と開放感が大層心地よい天国のような、そんな世界にアサヤは座っていた。
「……………」
記憶が朧気だ。
普段通り歩いたはずなのに倒れそうになっていたし、目を開けているのに何も見えなくなってもいた。
中条といくつかやり取りをしていたはずなのだが、すっぽり記憶に残っていない。全て吐き出してしまったのかもしれない。
背中を丸めて座っていた彼は、へそ前の空気を盛大に解放して大の字でぱたりと寝転がった。白い空間に際立つ黒手袋を天井があるはずの向きに伸ばして甲を眺める。
あまりの快適さに邪念は生み出されない。散らばった漫画を巻号順に書棚に整列させていく。
一冊ずつ一冊ずつ並べ終わった背表紙を見て、伸ばしていた左手をぱたっと下した。
覗き込んでいたレンズはとても不格好で光を歪曲させていた。その粗雑さに気付けたのは幸いだ。
ふと頭頂部側に気配を感じた。
気のせいかもと思いつつ上体を起こして振り返ると、そこには一匹の猫がいた。
不本意に乗せられた一本の木刀に仰向けであわあわしている黒猫がいた。
さすがに愉快な光景だったので、よく観察してみようと改めて座ってみる。
全身の毛が黒く、緑がかった瞳。身体はやや小さくまだ一年経っていないくらいで、かぎしっぽも慌てようを表すように振られている。
その猫にのしかかる刀は鍔付きの木刀であり、暴れていても猫がケガする心配はない。
自力で脱出しようとしていたが、目が合うと「早くどかせ」と言いたげにこちらに鳴き始めた黒猫。
後で撫でさせろよ。
触り心地も重さも普通の木刀だが、この塵一つ無い世界で何かを暗示していると疑って刃先まで近距離で眺めまわした。結果は普通の木刀だった。
解放された黒猫は乱れた毛並みを舌で入念に直すと、アサヤに背を向けて座る。
撫でさせてやるという意思表示だろうかと思ったが全然こっちに関心を寄せておらず、黒猫はただジッとまっすぐ視線を向けて姿勢を正していた。
倣ってアサヤも姿勢を正し、その先を見やった。
緑と焦げ茶の瞳にシャボン玉のハイライトが舞う。
春の曙、それは空白だらけの世界に輝いていた。
そうか。立ち上がりざまに手にしていた木刀をあるかもわからない地面に突き刺す。
尚も白を差す陽に決心した彼は、眩しそうに左手で手庇をした。
透き通る陽の光は何物にも妨げられない。
ここは、天国なんかじゃない。
◆◆◆
四月下旬の夜が包む街外れの人の来ない神社。自尽し参道で立ったまま息絶えるアサヤ。
自身の手を握っていた彼の手が無機質に落下していく有様を、思った以上に泰然たる心情で見送った中条は、やはり冷たい大人になってしまったのかもしれないと少し切ない気持ちになった。
彼の意図に理解が追い付かなかったわけではない。理解した上で、信条や目的、罪を犯した事実は揺るぎないと知っているからだ。
数歩後ずさって小さくそれでも誠実に合掌をする。
リヴレスの身でリヴァへ果敢に立ち向かい、自分を殺そうとする人間に善を説き、死に際でさえ相手の体裁を飾ろうとする彼はとても稀有な人間だろう。
彼なら或いは適応するのではと期待していたのだが、そこは残念だ。肩に生えるふーちゃんもシャーと別れの挨拶を告げる。
濃度の高い戦闘と一日分の疲労が時間の経過を麻痺させているが、彼らが来てまだ二十分も経っていない。各所のテロに人員を割かれてはいるものの、流石に警察が来てしまう頃合いだろう。
神社から撤退すべく仲間に迎えの連絡をしようとした。
燈火。
「っ!!」
眼前のアサヤの全身がみるみる透過していく。肌も服も内臓もすーと林に吸い込まれ夜に紛れていく。
そしてその透明な前頭面から胸の位置にじんわり浮き出る太陽のようなソフトボールサイズの球体。
蝋燭の火程度の灯りでゆらゆらと燃える球体に中条は目を奪われる。線香花火のよう。
数秒後それは揺らぎ渦巻き、肉体と同様に透過していった。
明らかに自然現象じゃない────。
『死ねたと思ったのに』
背後から聞こえた落胆の声。
…………。
鼓膜だけではない、また中条の心を苦しいほどに揺さぶった、すぐには振り向けなかった。
救急車に載せられるあの人が、不本意にも無事だった表情をしたあの人が、ぼやいた言葉と重なったから。
鮮やかに呼び起された情景に封をした中条は、帰り支度を脱ぎ捨て振り返る。
「適応したんだね、そのリヴに」
対称的に、彼の生きようとするその瞳に胸がまた苦しくなる。前進したことを喜びたいのに。
彼の手は肘まで銀色に浸食されており、肘から先は心臓部へと銀のひずんだ管が張り巡らされ。
心臓部から伸びる銀の管は横だけでなく縦にも伸び、上は首を伝いモノクルへ繋がり、下は腹部を伝い木刀の鞘に接続している。
撃ち抜かれた空洞を雑に穴埋めして成形された心臓部は、水はねに似た形状で前後の体外へ飛び出て、背部はより粗く折れた翼に見える。
心臓に穴を開けたはずの青年は、今、嘘偽りなく鼓動していた。
ノーマルな人間から逸脱した外貌と奇跡、納得できる理由はそれしかない。
「男にリヴを習得させる実験とか正気ですか、成功してるし」
「成功にしては………クールだね。心地はどう?」
「異物感が強くておっかないですよ、今に溢れそう」
「他人のものだからじゃないかな」
冷たくそう言う中条は内心穏やかではない。
地面に突き刺さった銀色の木刀を抜いたアサヤは、少し考えて「かもですね」と言った。
「でも折角なので思う存分使いますよ。お前の命はここで使えって言われた気がして」
「まぁ相手してあげるけど、開花したばかりのリヴをまともに使えるの?」
「さっき練習してきたので大丈夫だと思います」
「さっき?」
「ちなみに先輩のリヴは切断してしまっても問題ないですか?」
「問題あったら切らないでくれるの?」
「その為の木刀ですから」
「……また生えてくるから切るなら大丈夫、爪みたいなもの」
「それは良かった」
ぱらぱらと、視界の端に何かが舞うのを見た。
地面に落ちたそれは数本の髪の毛と、肩に生えていたふーちゃんだった。
まだ距離があるアサヤの思わぬ一撃に臨戦態勢へ切り替える中条は少し嫌そうな表情をした。
対する彼はじっと動かず無表情のまま。やや不思議そうな面持ちをしている気がする。
「アサヤくんはもっと真正面から戦うタイプだと思ってたんだけど」
「すみません俺もその認識でした。まだ扱い方が分からなくて、どう攻略しようか考えてたら勝手に」
「そんな状態で大丈夫?私を止めてはくれないの?」
「やるだけやってみます。先輩こそ大丈夫ですか?切断系のリヴに弱いんじゃ」
「まだまだ経験が浅いね。こっちに勝ち目があるなら天敵ではないよ」
そう答えると中条は足裏に力を込めた。一気に距離を詰めて、ケーブルによるストレートを打つ。
木刀でいなしたアサヤは、武器により長くなったリーチと広がった攻撃幅にアドレナリンを感じつつ、いなしに繋げて木刀を上部から彼女の頭頂部へ片手で振り下ろす。
上腕部で平然とそれを受けきると前蹴りを一発。足で防ぐ彼。
相手に攻撃を与え、防御で受ける。一発一発攻守交替しながら会話を進め始める二人。
「先輩の願い教えてくださいよ。もう救おうとはしないので」
「………」
この計画を考えていた段階でネックになっていたことがあった。
投与するカードによって適応後に発現するリヴが決定するのだが、そのリヴが何であるか調査しても判明できなかったことだ。
外見や戦闘スタイルからするに自分と同じ攻撃型、心臓部の源から供給された銀色の物質で武器を生成して戦うスタイルと一見予想できる。
供給部分である心臓が弱点であり、供給を絶つことで無力化することとも推察できた。
彼の言う通り切断系のリヴはやや相性が悪い。ただ本来自分は中距離高火力を得意とするリヴ、順当に経験値の差で押し切れるはずだ。
…………運が悪い。見分けが付きやすいリヴだと良かったのに。
願いの内容を尋ねられた中条は、数回の攻守を経て答えた。
「父を探し出し、復讐する」
「先輩の語り口的に優しい正義感のある方だと感じたんですがそうですか」
「私からも一ついい?君にとっての幸せは?」
「人の役に立つことですかね。信頼を種に情報貰えるじゃないですか」
「善を語るなよ本当に」
「冗談ですよ。単純に自己満足です」
「そっか」
嘘かな。単純な自己満足で命を差し出す人間とは思えない。
二本全力で振り下ろされたケーブルに、頭上で木刀を横にして受けるアサヤ。
擦れる足裏と張り切った筋肉、その重みを一身に受け止める。
一つ深呼吸をした。
先輩は変えようとしているんだ。
「ひいては先輩」
「ん?」
「俺らは役に立ちそうですか?先輩の冬として」
一体何を。眉をひそめた中条は束の間、その疑念を追い払った。
地から彼の身体を駆け上がる一匹の黒猫。その尻尾は彼が握る木刀と同じ銀色、同じ形状の刀身に変化していた。尻尾相応のサイズではあるが。
だがその刃は木刀ではなく真剣、紛れもなく切れ味鋭い。
距離を置こうとバックステップし、両のケーブルが木刀から離れる。
ギリギリ間に合った黒猫は離れ際にケーブルの先端付近に一筋の切り込みを入れる。ケーブルの太さもあり切断には至らない。
いや、二箇所か。ケーブルの先端からいくつもの礫がボロボロと零れ落ちている。
ふーちゃんを切ったのはこの子か、彼の木刀によるものじゃなかった。どこから現れたのだろう。
砲弾が切断されてしまった場合は一度切り離し、改めて装填する必要がある。中条はもう一つの砲弾の状態を確認し。
「『爪紅砲』」
照準を定めようとした瞬間、アサヤは待っていたかのように弧を描いて急接近し始めた。
撃つ瞬間に照準をずらされた砲弾は彼の横を素通りしてしまう。
接近するアサヤへ横一閃ケーブルで振り払いつつ、腕を前に伸ばす。
交えた親指と中指の腹。
「『鳳千────』」
ケーブルでの薙ぎ払いを片足を伸ばしてぺたりとしゃがみ、一方の黒猫は急停止の慣性のまま素早く中条との距離を詰めると、跳躍と共に頭突きで指パッチン前の腕を弾き上げた。
予備動作を中断させられ不発に終わる技。地面を手で押して即座に立ち上がったアサヤは追い打ちをかけるように木刀で打突を狙う。
まだ木刀でも届かないリーチ。それでも中条は反射的に避けようとしてしまう。
「っ!!」
だがリーチが伸び、彼女の黒い長髪に隙間を開ける木刀。
ハンドストラップのように柄の頭と彼の手首が銀の紐で結ばれて、木刀をまっすぐ投げ飛ばしたのだと分かった。
木刀は伸びきると引き戻される。反射的に回避していたことが功を奏したが。
視界の端に動かなくなったマヒルを捉えつつ、アサヤは契機を逃さんと迫った。
今からの攻撃をよく見てろよぉ。
マヒルが中条へ会心の一撃をお見舞いする直前に、こちらに向けたアイコンタクト。
彼は説明できないその状況の中、行動で伝えようとしたのだ。
彼女の左脇下からストレートに顔面を突くケーブルを、くぐるように右に躱し。
───彼女は急な対応を迫られた際、似たパターンで攻撃する傾向にある。
追撃の右中段蹴りを、またくぐるようにより低姿勢で左へ躱し。
───まずはリーチの長いケーブルでの打撃、次に足での蹴り。
低い位置にいる彼へ上から斜め下へ左の拳を振り下ろすも、木刀でいなして左へ流す。
───最後に拳。アサヤは勢いそのままに両手で握った木刀を後方へ大きく振りかぶった。
攻撃を一つも与えられなかった───中条は本能的に頭上から砲弾を構えることとなる。
二本のケーブルはインターバル中、まだ装填できていない。
つまり、頭上より覗く砲弾は使うつもりはなかった三本目のケーブルだった。
至近距離で打ち込む奥の手。一度も見せていなかったとっておき。
にゃ。
だが彼には、超近距離で放たれた砲撃を尻尾の棟で打ち払った相棒がいた。
打ち返された砲弾は境内傍の林の幹にめり込み、そして妨げるものが何もなくなった中条の。
マヒルの会心の一撃で効いていたはずの鳩尾へ、アサヤは木刀を全力で叩き込んだ。
「っ………!」
中条の背中から生えるケーブルは三本と推察される。
車で移動中気になって読んでいた、ヨイチがまとめていた彼女の情報にはそんな記載があった。
そしてそれは彼女の背中にある歪な三角形の傷跡から推測されるものだとも書いてあった。
傷がなければバレることはなかったはずの奥の手。事前に知っていたからこそ、それを前提とした攻撃が実現できた。
「くそっ………」
はずだったのに。
装填が完了していない、未熟な先端がするりと眼下をすり抜けていく。
心臓への多大なる負荷と衰弱で身体の制御が効かなくなる感覚に陥り、よろめき後ろへ下がるアサヤ。
一本を攻撃に使い、上部のもう一本に意識を釣らせ、背中に残していたカウンターの一本で心臓へ強打する。
今までの戦闘経験と人生を共にしたリヴの扱い方が成した対応力だった。
それでも。アサヤはばっちりな手応えを手のひらに残していた。
相打ち。いやとっておきさえ罠とした彼女の方が上手かもしれないが、腹に手を当てて苦しそうな表情を見せるその中条と目が合う。
「っ…………つれ、…………」
彼女は何か伝えようとしている、しかし言葉は途切れ途切れ。
どんな内容か聞こうとは思わなかった。そんなことよりも、目線を更に上げてそれが何かを確かめなければならなかったからだ。
自身を隠すほど不吉な影を落とすそれに、彼の目線と凍りそうな背筋でようやく振り向いた中条だったが。
「っ先輩!!」
次のシーンは轟音と共に狛犬の台座に背中を叩きつけらる彼女の姿だった。パラパラと台座の前面が砕け散り、ずるりと力なく崩れ落ちる彼女はリヴを含め停止した。
鳥居を壊しそびえ立つ1体、銀色に輝く三メートルほどの人型生物。筋肉に模られた鎧を身に着け、猫背のひょろっとしているが、突き出された拳が凶暴性を物語っていた。
味方………?というかあの銀色………。
敵か味方か判断がつかない為、警戒しつつケガの状態を確認しに中条へ駆け寄った。
そして信じられない光景を目にする。
「勘弁、してくれよ……………」
横たわっていたマヒルが徐々に銀色の光沢ある物体に纏わりつかれていく。
適応するか、過剰反応で化け物になるか、不適応で死ぬか。
結晶を投与した中条がそう言っていたことを思い起こす。これが、過剰反応ってことかよ。
マヒルだったものが身体をのっそり起こし、並んだ二人はこちらに唸り声を上げて威嚇した。
鞘がボロボロと煤となり、縮小した心臓部と木刀だけが残ったリヴを把握し、着ていたワイシャツを脱いで戦闘衣装で眠る中条にかぶせたアサヤは立ち上がる。
黒いタンクトップに銀色の右腕を輝かせ、変わり果てた二人の結末に悲しい声で語り掛けた。
「殺る気満々じゃん。不適応じゃなくて良かったよ」
世界はそんなに甘くない。
天へ雄叫びをあげる二人。
「中条先輩はお前らのおかげでここで止めることができた」
二人に声は届かない。
本能のまま突進し問答無用に巨腕を振りかぶる。
「お前らは俺が止めてやるよ。安心して戻ってこい」
力強く握った木刀は、その思いを受け止めようとヒビを入れてでも形を保つ。
「──────何カッコつけてんの?」
それは親友を偲ぶ想いが導いた救いの鈴音。
過剰に剝きだされた二人の敵意がアサヤに到達する直前、静寂を取り戻すようにビタッと空間に固定された。
役目を終えたように、そのタイミングで木刀は砕け散る。
そしてマヒルとヨイチは見えない力で足裏を引きずって後方へ移動させられ、鳥居前の地面へ片膝と手をついて動きを封じられた。
呆然とするアサヤは彼らの足元横から歩き現れた二人の女性に気付く。一人は今日見知った顔だ。
「キイちゃん、そのまま捕捉してて。あたしも始めるね」
「了解です。発動まで耐えきります」
「優秀で優しいキイちゃん大っ好き」
「黙って少しでも短縮してください」
「はーい。もーツンデレさんなんだから」
歩み寄ってアサヤを背に仁王立ちする彼女は、襲撃にあったショッピングモールで漆黒の怪物を屠った紀伊乃葉露だった。
綺麗な金髪がそよ風に揺れ、華奢な姿と対照的な大型のマヒルとヨイチを前に腕を組んで対峙する。
もう一人の女性は紺色の飾らないショートヘアと、知らない高校の制服を校則通りに着こなすクールな外見だが、のほほんとした性格によって紀伊乃を手懐けている。
彼女はアサヤを真横に移動してくると、不可視のオールを持って地面にゆっくり円を描き続けていた。
二名は見えない力を操っている為、何が行われているかは想像し得ないが、救助しに来てくれたことだけは理解できた。アドレナリンが落ち着き始め、膝に手をつきたくなるほどの疲労感が襲う。
「アサヤだっけ。あんたリヴァだったの?それ」
彼女は警戒を解かず、後ろ目に尋ねた。隣の女性も気になって手を止めずに横目で見やる。
木刀は砕け、腕の銀色は脱色し、残るは心臓部にソフトボールほどの物体が形成されているだけ。
それを見下ろし言う。
「いいえ、さっきまではただの一般男性でしたよ」
「キイちゃん」
「分かってますって。アサヤ、後で話は聞かせてね。今は私たちLiSSTが守るから安心して」
「こちらの方もLiSST?」
「そう。あ、先輩はリヴに集中しなきゃだから発動中はほぼROM専だよ。片が付くまでしばし待ってて」
軽く会釈した隣の先輩はひたすらに空中をかき混ぜ続けており、混ぜるにつれ、極彩色のエフェクトが色濃く大きく渦を作り始めていた。
女性が生み出す非日常的な光景にアサヤは好奇心も相まって見惚れてしまう。
紀伊乃もそうだが、彼女のリヴも全くどんな能力か検討もつかない。
にゃ。
いつの間にか消えていた黒猫が、突如彼の足元に出没した。
その尻尾は既に刀の形を失い、本来の形でアサヤ同様にやや銀色の毛を先端に生やす。
気まぐれな様子で近くの色鮮やかなじゃらしに引き寄せられ、隣の先輩の足元へすりすり。
身体をキャットタワーにようにがしがし登り始め、しまいには器用に肩へ立ち、回転する極彩の渦を真剣に目で追っていた。
なぜわざわざ集中を乱しにいくんだ。アサヤは申し訳なさでいっぱいになる。
だが、邪魔された本人はとても愛らしい表情で肩の猫の顔を眺め、にたーと笑った。些細な出来事では彼女を中断させることは無いようだ。
そしてエネルギー満タンといった表情に変え、腕の動きを止めると。
空中にできあがったオーシャンブルーの珠を両手で前方へ放り投げた。
「えいっ」
それが手から離れると同時、巻き込まれまいと先輩とは逆のアサヤ横へ移動した紀伊乃は夜へなぞる放物線を彼女らと見送った。
境内の地面へ落下、大膨張。
水槽の中で風船を膨らませるように、眼前の全てを呑み込む立方体へ空間を色付けた。
マヒルとヨイチごと、眼前の全てを呑み込むオーシャンブルー。
最低限の光で瞳を輝かせる水族館。あまりに、あまりに綺麗で。
ガラスに手を当てて、自分もその世界の一部に混ぜてほしくて。
「ちょっと!」
前へ進み始めたアサヤは、左手の黒手袋を青色に染めた。
***
「結果オーライっすか?これ」
「プラマイちょいプラじゃねーかな。つかお前…………手厚く手当されてんね。ウケル」
「偽装した傷だけどよく処置できてますよ。彼女容赦なく攻撃してきて危うく死ぬとこでした」
「下っ端のくせに張り切っちゃって。あーあ、もっと暴れたかったんだけど、お前が変な台本書きやがるから綾野ー」
「上への大義名分があるんすからしょうがないでしょ」
「はいはい。ほんと生きづらいわー」
「虎視眈々とその時を待ちますよ」
「ああ。女くさいこの世界を男が牛耳る世界へと戻そうじゃねーか」
気を失っている男三人を女二人が運ぼうとする様子を高みの見物し、男二人は口角を上げた。
彼らの指には白い指輪が月光に照らされ輝いていた。
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