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朝の帳  作者: ヤヲノ
5/8

第1話;黎明 (Blooming) -⑤

アクセス頂きありがとうございます。

拙い文章です、ご容赦ください。


 道路脇を拡張して設けられた数台停車できる程の小さなスペースに黒い車は停車した。

 隣のヨイチを揺すって車を降りたアサヤは、携帯のマップアプリに表示された自身の位置情報と、中条(なかじょう)が送信した拉致(らち)直後の位置情報とが重なることを確認した。

 そして、薄闇に際立つ荘厳(そうごん)さを前に覚悟する。


 「やっぱ行くしかないな」


 「マジでここぉ?無理無理無理無理ぃぃ!怖すぎぃぃ!」


 「あぁぁ。ちびってもお前ら友達でいてくれ」


 電波が悪くなる程の高台、その山道の途中に。壁の如く斜面に茂った林と、異界との境界を担うような薄灰色に(すす)けた一つの鳥居があり、そこから頂上方面へ一本の長い石階段が伸びていた。

 時間は夕方を超えて輪郭(りんかく)しか見えなくなるくらいには暗く、石階段には長い一定間隔で頼りないルクスの電灯が設置されているだけ。

 ハザードマップで避難場所として指定されている高台だが約七割が林で獣道ばかりの陰気な土地。一つだけあるこの神社は、小さいため神職(しんしょく)が他の大きな神社と兼任していて常駐しておらず、また高台かつ石階段を二百ほど登らなければいけないため昼間であっても参拝者は殆どいない。

 降車してから今もなお現在進行形で圧倒され続けている二人は、後ろからの優しい声でさえびくっと身体を震わせた。


 「私はここで皆様の荷物を見張っております。お気をつけて」


 「ありがとうございます、お願いします。んで俺は行くけどお前らはどうする?ここで待っててもいいぞ、念のための確認に行ってくるだけだし」


 「腕貸してくれるなら行くよぉ」「やだ。(すそ)なら許す」


 「眼鏡を拭く時間が欲しかっただけだ。行くさ」


 「俺のこと好きすぎだろお前ら」


 「くたばれ」「もっと愛嬌(あいきょう)があったらなぁ」


 石階段の(ぜろ)段目に立ち、階段の奥でさわさわ揺れる林とその間の暗闇を見やる三人。

 服の裾を二方向に摘ままれたアサヤは足元に気を付けながら一歩二歩と階段を上り始めた。靴の上からでも石の質感が伝わってくる。

 携帯のライトで足元を照らしつつも周囲をきょろきょろ見やる後ろの二人。どうも心霊の類が苦手なようだ。


 「……ここって何か(いわ)くあったりするぅ?」


 「ない。なんだお前ビビってんのか、声震えてねーか?」「………」


 「ビビってないわぁ!ヨイチこそ震えてるじゃん股間」


 「電話だバカが。はいもしもし………あー了解、帰ったら確認する」「絶対嘘じゃぁん」


 「はいはい喧嘩しないの。それよりお前らの後ろにいる奴は誰なんだ?」


 「「───っ!!!!」」「うそだよ、ちゃんと前見て歩きな」


 「あー終わったわお前、呪われたわ」「幽霊よりアサヤの方が怖くなってきたぁ」


 「俺らは三位一体だろ、皆で分配しようよ呪いくらい」


 「「はは、絶対にやだ」ぁ」


 そう言ってペッと摘まんでいた服を手放したマヒルとヨイチ。歩きやすくなった、と頂上を見つめながらひたひたと足を次へ次へ進める。

 長らく人間の手が加わっていない階段脇の青草が行く手を妨げるように生え伸びていて、身体で押し進む感覚がくすぐったい。不意にへばりつく蜘蛛(くも)の巣もちょっと驚いてしまう。

 徐々に階段の間隔や蹴上(けあげ)が馴染んできた、階段の三分の一まで行った辺り。ヨイチが神社近辺の地図を思い出す。


 「神社へ続く安全な道はこの石階段だけっぽい。でもよー、神社に向かうと中条先輩から送られてきた位置情報から離れちまわねーか?」


 「うん、正確には車止めた辺りなんだよね。多分運ばれてる途中で位置情報送信したタイミングが、たまたま神社入口だったんだと思う。だから念のための確認ってこと」


 「そこの山道の先って何があるのぉ?」


 「本格的な山道に入ってその先は隣県だな。わざわざ下道使ってやがるのが怪しい」


 「高速道路は記録が残るからじゃないぃ?」


 「それもあるが、気になるのはここから少し先にある廃施設」


 「山の奥地に拠点か。なるほど返信が来なくなったのも電波がないってことか、ここでギリだもんな」「神社の次は廃施設ぅ?やだなぁ」


 「もしそこがハズレだった場合、ヨイチが言うようにその先は隣県、もう追うことは難しい。日を改めて情報収集からやり直しだ」


 「「…………」」


 思い思いに思慮を巡らせる。気持ちに結果が伴わないのはよくあることだ。

 できる限り中条と綾野のその後に関する情報を探してみたが、情報を呼びかける内容があったくらいで、居場所といった重要な手がかりを一切発見できなかった。

 やはりテロリストは追跡されないよう綿密に襲撃方法や脱出経路を練っていたのだろう。対処する側としても必然と後手後手となり、混乱や被害対応に追われ手が回らない。

 オレも後で知り合いに電話して情報を持ってないか聞いてみるかぁ。マヒルはあと神社までどのくらいだろうと階段先を少し照らしてみた。

 その瞬間、鋭い気配が彼を襲った。


 「二人ともしゃがんでぇ!!」


 バキバキッバキバキッバキバキッゴッッ────!!!


 大きな塊が空中を飛翔し、木の枝や葉を折りながら無作法に通過している激しい音が雑木林を駆け巡った。

 誰かが岩を力任せに林の中へ放り投げたと思えるような音。マヒルはその気配を逸早く感じ取り、アサヤとヨイチ二人の背中を掴んでしゃがませた。

 三人は聴覚を研ぎ澄ます。飛来物が見えない今は聴覚だけが唯一の情報を得る手段だ。咄嗟(とっさ)についた手の平、押しつぶされた砂利や落ち葉の感触さえ感じないほどに聴覚に神経を尖らせた。

 枝や葉が勢いよく折れる音、幹に当たる鈍い音、動物たちの逃げる音、どたどたと転がる音、数秒後訪れた静寂(せいじゃく)。様々な抵抗でその飛来物は減速、地面に落下してある程度転がって止まったのだと察せた。

 マヒルの押さえる手の力が弱まり、二人は顔を上げる。


 「さんきゅマヒル。なんだろ……落石かな」


 「相当な速度で落ちてきたな。直撃してたら死んでるわ」

 

 「……っ………………」

 

 「……おいマヒル?」「マヒルどうした!」


 マヒルの顔がみるみる青ざめていく。今まで見たことがない様子、何が彼をそうさせるのか分からないアサヤとヨイチは途轍(とてつ)もない寒気を全身に感じ必死に呼び戻す。

 気配に敏感なマヒルは今起きた信じ難い出来事に身体の力が抜けていく。でも早く伝えなければならいない。

 二人の呼びかけにマヒルはそれを小さく震えて何とか言葉にする。


 「……人の気配が近くで………ううん()()()()()()()()()()()…………」


 「「!!??」」


 「…………」 


 「おい待てそれって…………」


 「飛んできたの…………まさか人間か!?」


 アサヤの問いにマヒルは「多分……」と弱く(うなず)いた。マヒルの頷きにアサヤとヨイチは彼と同じく血の気を引いていった。

 投擲物(とうてきぶつ)はもの凄い勢いで上から現在半分ほどの地点にいる三人のところまで吹っ飛ばされてきた。それをマヒルは人間だと言う。

 そしてそれは(いびつ)な針山の如き林に、人間を吹き飛ばした残忍な誰かが上にいることも意味していて。


 「落下地点、あっちの方だよな!」


 「マヒル、具体的な場所分かるか?案内してほしい」


 「う、うん。ついてきてぇ!」


 石階段の横に叢生(そうせい)する雑木林。背中を支えられて冷静さを取り戻してきたマヒルは石階段を外れて二人を先導する。

 あの勢いで人間が木の枝や幹に激突しながら飛んできたのだ、無事なわけがない。飛んできた人は一体誰なのだろうか。上で一体何が起きているというのだ。

 足場が悪いだの危険だのそんなこと言っている場合ではない。

 擦り傷を所々つくりながら無我夢中に林を駆ける三人の脳内にはあまり考えたくはない結末もチラついていた。




 ・・・



 

 林をかき分け到着した落下地点。


 「っう……ウソだろ」

  

 三人の視界に入ったのは枝が赤く刺さり皮膚を青くした人間だった。

 頭部は坂の下方を向き、周囲の落ち葉と土が赤紫色に変色している。

 モザイク処理の必要なグロく悲惨な状況に足と息を止めた。辛うじて吸えた匂いは夜と樹木と血が混じり合った泥水のようなもので鼻奥をついた。

 瀕死に横たわっていた人物は。


 「大丈夫ですか!?綾野(あやの)先輩!」


 肌がこんがり焼けてつむじから真っすぐ伸びた髪は、ショッピングモールで連れ去られた先輩の一人綾野であった。

 彼に意識はなく、枝が身体を突き破り出血、幹などに激突した部分には骨が折れているところも見受けられる。塩顔イケメンの顔も切り傷と血で面影は消えてしまっていた。

 奇跡的にまだ脈はあるが間違いなく命に係わる重体、一刻の猶予も許されない。取り敢えず彼の身体を治療に適した姿勢と場所へ移動するため三人で慎重に動かす。


 「まだ心臓は動いてる、救急車!」


 「ダメだ圏外だ、それに救急セットも車の中に置いてきちまった」


 「ねぇ、じ、神社にもまだ二人気配があるよぉ……。中条先輩かもぉ」


 「もう一人はダンサーのリヴァかもな。よし、ヨイチは車に戻って救急への連絡、救急セットを持ち帰って綾野先輩の応急処置を頼む。俺とマヒルは神社に行って中条先輩を助けに行くぞ」


 「「了解!」ぃ!」


 アサヤは自身含めショッピングモールと同じ役割を与え、二人と一緒にすぐさま階段へ引き返す。

 往路で踏み潰した雑草を復路にして林を抜け、それぞれ上下の目的地に体を向ける。


 「ヨイチ!責任も三等分だぞ、いいな!」


 「今は人の心配してねーでてめぇの心配しとけ!任せろ絶対ぇ間に合わせる。中条先輩は頼んだぞお前ら!」


 「おうよぉ!」


 今日は厄日(やくび)かもしれない。なぜ今日だけで綾野先輩を二度も失おうとしているのだ。

 階段を一段一段だが足を早く回して駆け降りるヨイチは己の無力さを痛感していた。マヒルやアサヤのように大事な場面で戦えず、せいぜい応急処置をするだけ。

 綾野が転がり落ちてきた音は車に待機していた運転手にも聞こえていたようで。


 「ヨイチ様!一体何が!」


 「先輩が神社から落ちてきた!重体だから救急車を呼んでくれ!……あと警察も!」


 「しょ、承知いたしました!」


 「僕は応急処置してくる!連絡頼んだぞ!」


 車内のカバンから救急セットを取り出し石階段を引き返し、二段飛ばしで駆け上がる。

 治療部位の確認や処置内容など、これから実施する手順を到着までに整理し続けた。

 ただ今は、自分が託された役目を全うする。

 体力不足でペースを落としているが、ヨイチは急いで綾野の元へ戻った。


 一方のアサヤとマヒルも急ぎ神社を目指し階段を駆け上がる。隣のマヒルは普段よりも強く苦渋(くじゅう)に満ちた表情をしている。

 彼が言うには、神社には二つの気配。中条と誘拐犯と思しきダンサーのリヴァがいる可能性が高い。

 階段はラストスパート、境内の入口に立つ薄灰色に(すす)けた二つ目の鳥居が見えてきた。

 

 なぜ綾野の欠損していたはずの部位が再生していたのか。

 なぜ連れ去られた大勢の中で先輩たちだけがここに残っているのか。

 位置情報が送られてから三十分以上、神社で何をしていたのか。

 

 「中条先輩!」


 今それらの謎を解こうと思考を使ってしまうと他の何かを失ってしまうような気がして。意図的に思考を排除してアサヤはマヒルと共に石階段の最上段を踏んだ。

 鳥居が歓迎する。小さいがそれでも森厳(しんげん)で広い神社。手水舎(ちょうずや)灯篭(とうろう)、そして狛犬は苔生(こけむ)し、石が欠け、ヒビ割れが生じている。

 アサヤはすぐに彼女の名を強く呼んだ。それはどこにも見えない彼女を探す為に呼んだのではない。

 彼女は石階段側に背を向けて参道にへたっと座っていて。目に留まったアサヤは彼女の背中に声をかけたのだった。

 背中に精気は感じないがリズム打つ背中を見て、生きてる良かったぁとマヒルはひとまず安堵(あんど)する。

 もう一人の姿は…………見える範囲にはいないようだ。


 「マヒル気を引き締めていこう。先輩を連れてすぐ撤退する」「了解ぃ」


 気配があればマヒルが反応するはず。周囲を警戒しつつ中条の下へ駆け寄る二人。


 「先輩!大丈夫ですか!?」


 マヒルは数歩後方で継続して周囲を警戒し、その間にアサヤが肩を優しく叩いて意識の確認をした。

 中条は両手を地につき上半身を支え項垂(うなだ)れ、朦朧(もうろう)としながらもアサヤの問いに小さく頷く。綾野が吹き飛ばされたのを目の前で見てしまったからか、またはテロリストによる攻撃によるものか、彼女はひどく放心状態のようだ。

 頷き終わった中条は瞳と顔を右へとゆったり動かし、同時に脱力感のある右腕をゆったり肩の高さまで上げた。


 「?」


 どうしたのだろう、肩を貸してくれというサインだろうか。

 首を回し横目に後ろを見た中条は右腕の曲げていた肘をゆっくり伸ばしながら後方を指差した。

 指が示す先にはマヒルがいて、本人は自身を挟んで指さされた後方を見やる。示された方角に敵が逃げたのか。

 そして中条はそのまま手首だけ曲げて上を指さす。クエスチョンマークがアサヤの脳内を分子運動しているうちに、彼女の人差し指は元のマヒル側へ振り下ろされる。

 それが『合図』とも知らずに────。


 バンっっっ!!!


 乾いた音が境内を木霊(こだま)する。

 「うっ」という痛みを耐えるうめき声がして、アサヤは視線をその声へ向けた。

 ────マヒルの左(もも)に一つの円状の穴が空いていた。

 マヒルは酷烈(こくれつ)な痛みに顔の部品を中心に集め、参道に左(ひざ)を地についた。押さえる手からは(こぼ)れた血が(したた)っている。

 パンク寸前のアサヤはその状況を読み込むのに時間がかかっていた、が隣の女性はそれを許可しなかった。

 服が擦れる音の直後に左の回転蹴りが彼の胴体に目掛けて放たれ、咄嗟に防御するも大きくよろめいてしまい。

 こちらへ向けられた人差し指───そして二度目の発砲音が境内に轟く。

 

 「っ!!」


 照準を合わせ切れていなかったようで、弾はやや回避しようとしたアサヤの腰を(かす)めて林へと吸い込まれていった。

 マヒルはその隙に痛みを我慢しながら弾速の前では気休め程度の距離をとる。顔には大量の汗。

 人差し指はまだアサヤに向け迎撃準備が整っている彼女は、さっきの精気の無い姿から打って変わって鋭く横目でこちらを睨んでいた。

 マヒルの容体を気にしつつ尋ねる。


 「これはどういうことか説明願います、()()()()

 

 「ごめんね、私の仕事はまだ終わってないんだ」


お読み頂きありがとうございました。

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