第1話;黎明 (Blooming) -③
アクセス頂きありがとうございます。
拙い文章です、ご容赦ください。
紺色の照明と随所のネオンライト。筐体から発せられる光を主体にデザインされた空間にはガンシュ─タ─やダンス、ミュ─ジック、カ─ドにメダルといった各種様々なア─ケ─ドゲ─ム機が一同に並び、プリクラやUFOキャッチャ─もそれぞれエリアが用意され配置されている。
葉柄高校から五駅移動して駅から十分ほど歩いた先のショッピングモ─ル、その三階にそんな異空間のような大型ゲ─ムセンタ─が待ち受けていた。
「バナナ置いといたから皮ごと食いやがれ~」
「だぁぁあ!美味ぁっ!お前の口にも突っ込んでやるから待てやぁぁ!!」
「なんか後ろいないんだけど、先輩たちアクセル踏んでます?」
「ビリのセリフじゃないよアサヤくん」
二年生の女子生徒らに躾を受けていたところを中条に颯爽と救われ、そのお礼としてアサヤはデ─トのお誘いを受けたわけだが。
彼女自らマヒルとヨイチの同行も快諾、デ─トはあくまで遊び相手を得る為の名目だったようだ。
そして御覧のように、煌びやかな空間に照度負けしない子どものようなキラキラした瞳で、四人はサ─キットレ─スゲ─ムでの激戦を繰り広げていた。
最終リザルトでは、二レ─ス合計の成績と優勝者である中条の決め顔が画面に表示され、それぞれが一喜一憂の声をあげる。
ゲ─ムセンタ─の虜になって大枚をはたいていることも忘れ、気づけば一時間が経つ頃、マヒルとヨイチがお手洗いを申告した。
「なにジロジロとぉ。歩くの疲れたぁ?おんぶぅ?」
「違う!お前ずるいだろ、中条先輩に景品取ってもらうの」
「ずるじゃないよぉ、オレのお金だしぃ。甘えが足りないんじゃないぃ?」
「その巨躯でぶりっこはもはや恐怖だよ。男児としてのプライド捨てやがって」
「ちっぽけなプライドを手放せない奴よりはマシですぅぅ。結果何も得られてない奴が負けですぅぅ」
「おい落ち着けよ。割とダメ─ジ受けたからまぁ落ち着けよ。いや一緒に落ち着こう」
男子トイレへ吸い込まれていく仲が良すぎる二人の姿に少し熱を冷やしたアサヤは、トイレ近くに設置されたベンチに座る中条の横に腰を下ろす。
同じく二人の背中を見送ってそのやりとりに微笑む中条。二人から預かったカバンと袋にみっしり入ったぬいぐるみを膝上に安定させると、アサヤは彼女に改めて頭を下げた。
「ピンチを助けてもらった上に、デ─トにお誘いいただき、ありがとうございます」
「こちらこそ付き合ってくれてありがと。あっはやっぱり不思議?男の子のピンチ、そこから始まる一期一会なんて青春の予感じゃない?―――ってのはもちろん建前で。ホントはね、チャンスだと思ったの」
「俺らを助けることが?」
「実はこのゲ─ムセンタ─ってお父さんと昔遊んだ場所でさ、もう一度行きたかったの。君たちを助ければ、お礼として一緒に行ってくれるかもって。ほら、周りの女の子はあんまりこういうとこ行かないから」
「納得、ですけど、あの、お父上は……?」
「あ、ゴメンね。お父さん一年前に蒸発しちゃったんだ、生きてるとは思うよ多分」
「すみません、デリカシ─無し男でした。生まれたときから母子家庭だったので、勝手に親近感湧いちゃいました」
「え、アサヤくんも片親なの?ハイタッチでもしとく?うぇ─い」
「うぇ─い。といっても大切な誰かを失った人たちより俺は幸福だと思います」
「持つべきものを持たせてもらえなかった人生も同等につらいよ。でも君は独りじゃないからそう達観的なのかもね、周りの変な人たちのおかげで」
「ですね、なぜか周りに変な人が多いんですよ。マヒルも、ヨイチも、もちろん名折れの彼女役を演じた中条先輩も。そして俺だけは普通です」
「ちょっと待って?アサヤくんは普通じゃないよ?」
「え?」「え?」
二人は顔を見合わせ、アサヤは口元だけで中条はやや困り眉で笑った。
ゲ─センではお父さんにボコボコにされました?ううん、ボコボコにした。そんな会話が続いて更に微笑んだ。
思いもよらぬ共通点。この会話は両親がいるマヒルとヨイチがいたら引き出せなかったかもしれない。だからこそ踏み込む。
「お父さんは突然?」
「やっぱり気になっちゃうよね。うん、本当に突然」
「どんな方だったんですか?」
「とても懐が深い人でね、叱られたことなんて片手で数えられるくらいだし、それはいつも私が道を間違った時だった。あとすごいひょろひょろだった!……だから出て行っちゃったのは、小さなストレスが積み重なって遂に器から溢れちゃったのかなって。帰ってきてほしいと考えたこともあったけど、どうしても『仕方ないか』が勝っちゃう。冷たい大人になっちゃったかな~」
「冷たい大人は男なんか助けないですよ、単に先輩のメンタルが強靭すぎるだけです」
いくら女性が強くなったといっても精神力も強くなったという話は聞かない。中条の自棄にならない精神力と相手の立場で物事を思慮できる人間性は中条自身が育んだもの。大抵の大人でさえ持っていないものだ。
個人の精神に限ったことではないが、もしその人がある方面で秀でているとしたら、生まれながらに持つ才能があるかと取り巻く環境が全てだろう。
「あ、そうだ。今日のお礼に中条先輩の依頼をいつでも一つ引き受けますよ。余計なお世話ですが、何か知りたいことがある等必要あれば言ってください。下世話な情報を収集するのが趣味な男三人組でも役に立つかもしれませんし」
「あっは、本当?ありがたいな~、うわ、どうしようかな。一つはパッと浮かぶんだけど」
「聞くだけ聞いても?」
中条はベンチの座面に手をつき、前屈みでアサヤの顔を覗き込んだ。その赤みがかった瞳には初対面と同じく洞察を含んでいた。
彼の戦闘や戦略を見たわけではないが、ミシェルとの対峙で疑い始めたその片鱗。
「アサヤくんのこと教えてほしい、って言っても引き受けてくれる?」
「全然教えますよ。というか依頼にカウントしなくていいです、深掘りできるほど濃い人生なんか送ってないので」
「ううん、そんなことない。なんであの念力の子の――――」
彼女の言葉はそこで途切れた。
「―――自分の感性を全部プライドに仕立てるくらいならデカい子の言う通り断捨離賛成。でも残ったものがその人の品位を下げるならそれはプライドではなくてエゴだと思うんだよね。プライドは品位を高める為のものじゃなくちゃ」
「うわアサヤみたいなこと言いやがる。そこまで言うなら先輩のプライド一個聞いてみてもいいっすか」
「小でも座ってする」
「品位は下げないかもですけど断捨離しすぎです先輩ぃ」
「小便器がある場合は除く!」
トイレ側から発せられた男共の議論には見知らぬ青年が一人加わっていて、都合良く中条の追及を妨げてくれた。
その青年は一七〇後半の身長に下半身を重点的に引き締まった身体、肌は健康的に焼け、つむじから真っすぐ伸びる茶髪と塩顔は称さずともサッカ─部と判別できる外見だ。
仲良く三人並び歩く中心にいる彼は不貞腐れた視線を感じてベンチに座る彼女と目が合った。
「あれ?委員長じゃん、こんちは」
「あなたの教室の委員長じゃないけどね。こんにちは、綾之くん。奇遇ね」
「彼氏三人召し連れてデ─トとは思ったよりやり手なんだな委員長。………何でそんな熱い視線を?はっ!俺も狙われてる!?」
「ち─が─う!デ─トでもないしやり手でもないし狙ってもいないから!たまたま出会った三人と道草ってだけ、綾之くんはどうして?」
「用を足してる俺を挟んで口喧嘩しやがるから面白そうだなって」
「議論に参加した理由じゃなくて。何でこのショッピングモ─ルにいるのって。買い物?」
「あ─そっち。サッカ─用品を買いに来た。ここの店員が親戚で割引してくれるから、毎回ここで買ってるんだ」
綾之と中条は顔見知りであり、学校でわざわざ会話しに行くことはないが廊下で出会った際には軽く喋る程度の仲。
アサヤからカバンたちをありがとと受け取ったマヒルとヨイチは、謝意に軽く頷きつつ綾乃に目を向ける彼に同じことを思った。
案の定、アサヤは二人に尋ねる。
「うちの学校の先輩?」
「そぉ、女子界隈で超名前があがる先輩ぃ。もちろんオレらとは逆の理由でねぇ」「女子界隈……」
「アサヤは必要な情報しか欲しがらないからな。一年の間では入学初日から話題になってたぞ女子界隈で」
「あの、女子界隈の情報知ってるのは何でなの?」
二人は口笛二重奏で誤魔化した。
「お─い。あ、俺綾乃っていう男、よろしくね。用も済んだしお邪魔だしそろそろお暇するんだけどさ、折角だし君たちの名前教えてよ。あとその会話恥ずいから止まってほしい」
「あ、すみません。アサヤです」「ヨイチ」「マヒルですぅ」
「さんきゅ覚えた。今度俺とも遊んでよ、一緒にサッカ─しようぜ」
そうニッと笑う彼が醸し出す暖かなオ─ラに当てられ、正反対の住人である三人は一言も発さず頷いてしまった。
数秒の立ち振る舞いだけでこの人は良い人だと感受してしまうことがあるが、一体どんな環境で育てばそんな人間になれるのだろうか。
今日だけで二人も遭遇するなんて珍しい。アサヤはもう一人の良い人に視線を送った。
目が合ったアサヤの意図を誤って察した中条はしょうがないなと腰に手を当てて言う。
「綾乃くん待って。今から私たちお茶しに行くとこだったの、折角だし、一緒にどう?」
「え、ごめん羨ましそうな顔出てた?」
「ピンチを救ってくれた中条先輩にご馳走しようと思ってたところなので是非。ヒ─ロ─譚を聴いていってください」
「ちょっとアサヤくん!思い返すとちゃんと恥ずかしくなってきたから止めて!」
「へ~男の子を助けた?やっぱ委員長は一味違うね─」
「その話終わるまで買い物行ってくるね~」
「僕らも聴きたい。中条先輩行きますよ」「ほらほらぁ~」
肝心の英雄がいなくてどうするんですかと言わんとするマヒルに後ろから肩を押されて。後ろに傾きながらヨイチが指差すエスカレ─タ─の方向へ歩き始める。
追究をするりとかわされ、奢りからも逃げられなくなった。勉学よりもそういう方により頭が回るタイプだ、うまいねアサヤくん。
徐々にゲ─ム音が薄れ、隙間を埋めるように実世界が満たされていった。
・・・
マネキンと手をつなぐ男の子。
列をなしてエスカレ─タ─に乗っていた五人は直前に目撃した可愛すぎる光景に盛り上がっていた。
ゲ─ムセンタ─のある三階を後にし、雑貨やブティック等の多種多様なショップが並ぶ二階へ降りる。
目的地であるカフェやファストフ─ドが並ぶ飲食店エリアは一階。エスカレ─タ─を乗り継ぎ、更に二階から一階へ降りる。
「んん?何の集まりだろあれぇ」
降りる方向とは逆側、後ろを向いて話していたマヒルが一階出口付近でわらわらと群衆ができていることに気付く。人気店の開店待機列のように整列しているわけではなく、乱雑に集っている。
彼の視線の先へ目をやると、ヨイチはすぐに「イベントエリアだ」と特定した。
そこはイベントの為のステ─ジが設置されている吹き抜けのやや広い空間。よく見ると三階や四階の客も一階の集団をまじまじと覗いているのが分かった。
中条や綾之も同様に目線を向ける中、ヨイチは怪訝な顔をする。
「今日はこの時間に催し物なんてなかったはずだけど」
「何かしらの音楽が聞こえる。ただこっからじゃ遠くて何かは分からね─な」
「めっちゃ気になるぅ、見て行っていぃ?」
「よしマヒルくん行こう!フラッシュモブとかかな!」
「あ、走ったら危ないよ二人とも~」
中条先輩そっち側なんだ……。
抵抗しながら進んでいた先程とは違い、イベントエリアへ進む彼女の軽快な足取り。同じくウキウキのマヒルと心配で二人を追いかける綾乃。
三人と距離ができたことを確認し、アサヤは「ヨイチ、ちょっと」と手招いて彼を近くへ呼び寄せた。
「どした」
「中条先輩のデ─タって収集できてる?」
「いいや。間接的に得たデ─タはあるがメインとした収集は開始できてない。まだ四月、直接関係しやすい一学年の生徒を優先的に収集してるしな。何か気になることでも?」
「さっき中条先輩に探りを入れられたから、俺と繋がりあったっけかなって。単なる好奇心かな?」
「デ─タには無し、お前が注目されてるのは嬉しいけどな。じゃ─優先度上げて明日から調査開始するか?」
「ううん、それよりもミシェルチクられ事件の真相を調査しないと。今日は中条先輩に救われたけど以降も彼女たちに言及されないとは限らないし、早めに対処しきっちゃおう」
「それもそだな。あいあいさ─」
イベントエリアまではスイ─ツ店やコ─ヒ─専門店といった飲食店が多く並び、嗅覚と空腹を刺激する。
マヒルと中条は食欲に耐えつつ群衆に到着すると、見世物を一目見ようと背伸びや身を傾けて覗こうとした。
頭一つ背が高いマヒルにはその見世物が先んじて視認できた。
「あれはぁ……ダンスぅ?」
皆一同に注目していたのはストリ─トのダンスパフォ─マンスだった。全身黒を基調とした衣装の女性が、どこぞから流れる曲に乗り観衆の前で踊っていたのだ。
肩腰尻に波を伝えてしなやかに、身体の細部に惰性はなくポ─ズしたい場所にポ─ズしていることが分かる程キメ細かい。とても艶美に踊る様子は素人目で見ても巧者だった。
彼女は一体何者なのか。答えを知ろうにも、彼女の顔には黒いベ─ルで覆われており拝むことを許されない。
中条、綾乃、アサヤも人々の隙間や肩越しに視認した。ヨイチは背が低く試行錯誤。
「あの踊ってる人有名な人ぉ?すごい上手だよぉ」
「う─ん私も知らないや。ストリ─トでやってるならインフルエンサ─じゃない?」
「人もどんどん集まってきた」
周囲で録画開始のピロリン音が複数回鳴った。偶然居合わせた投稿のネタに横向きの携帯で撮影を始める人々がちらほら見受けられる。
全然見えん。増加する観客に実物ではなく目の前で撮影し始めた女性の撮影画面を見ることにしたヨイチは、画角に収まった彼女の演技に小さな映画を見ているようだ、と思った。
被写体の彼女が静かに表現する世界観を、傍観するだけの私たちは彼女の世界には一ミリも入れない。
あの女性は音楽と手を取り、言葉ではなく身体の動きで世界観を私たちに伝えている。
彼女は何者なのだろうか。違和感を覚えてきたアサヤは周りを観察し始めた。
設置されたステ─ジではなくその下で演技していること、予定にない催し物であること、スタッフが誰も止めに来ないこと、本格的な演技内容。
黒手袋を着用した左手を凝視し始めた彼に隣のヨイチが気付く。
「当ててみてくれよ」
「ん?」
「この謎な状況、そんであの女の正体。不思議に思えてきたんだろ?」
「あ─……フラッシュモブじゃないかな。黙認されてるみたいだし」
「おい隠していることを吐け。その程度なら推理しようとしないだろ」
「嫌だ。あの女性に見とれてたなんて言わない」「吐け」
「オレにも教えてよぉ!その前にここから抜け出そうかぁ」
聞き手に傾く程度に身を寄せて小さい声で話す彼ら。彼らの後ろにも続々と人が集まってきている中、自分たちにもちらちらと視線が向けられている。
視線には疑義と、僅かな嫌悪感が含まれていて。マヒルは焦った表情でアサヤとヨイチに人だかりから脱出することを促す。
彼の正しい配慮に「はい」と二人は大人しく従い、上半身をかがめて人の隙間をかき分け群衆の後方へ。
アサヤのケツを軽くひっぱたいたマヒルもその後に続き、何事かと綾乃と中条も人混みを抜ける。そのとき。
パチパチパチパチパチパチパチパチパチ────!
耳を割るような拍手や指笛がすぐ後ろで轟いた。
流れていた曲が止んでいることも踏まえるとあの女性のダンスパフォ─マンスが一段落したのだろう。
案の定、振り返ると撮影している誰かの携帯越しに右腕を真っすぐ頭上へ突き立てたポ─ズで静止する彼女の姿があった。まるでキャラのフィギュア。
温かい歓声が彼女を包む。肩からゆっくり下した手にそのままスカ─トの裾を摘ませ、軽く腰を落とし上品に一礼するダンサ─の女性。
至極異様だった。
温かい歓声で中和されるはずの彼女の世界観がまだ頑なに留置し、外の人間を冷たく拒んでいた。
まだ彼女の演技は終わっていない。
微笑む黒い妖精────足首から全身へ鳥肌が駆け抜けた。
ダンサ─の女性から観衆の足元へ同心円状にザ─っと一気に広がる漆黒の円領域。
床から一センチの深さのそれは、温度や刺激はなくまるで気体で、濡れたりそれ以上沈んだりすることもないようだ。
しかし、その異常な不気味さと足を取られる錯覚を覚え始めた瞬間────。
ふと撮影中に痛みを感じた左の脇腹。手ブレを気にして右手で携帯の位置を維持したまま押さえた左手にこびりついた血が画角外に入り込む。
ぽたぽたと滴った赤色の液体が足元の漆黒に飲まれていった。
全身から文字通り血の気が引く体内の異物感に、高鳴る悲鳴は途中で掠れ、意識や落下した携帯の録画と共に息絶える。
自身の身や愛する人の身を担保する為に人が人を押して。転んでしまった人の脚を全力で踏みつけるも気付かず去っていく。言わずもがなその場はパニックに陥った。
実体のない漆黒の円領域から一刻も早く離れようと、次は我が身だと顔を真っ青に悲痛な悲鳴や泣き声が飛び交った。
「綾乃くん!」
ダンサ─の女性が微笑んだ瞬間に異常事態を察知した中条は綾乃に突如飛びつく。
「ヨイチ体貰うよぉ!」
「体貰うってなん──――っ!」
同じく危険を直感したマヒルは、群衆が奔逸する前にヨイチを肩に担ぎ、メイン通路から外れた壁際へ猛スピ─ドで避難した。アサヤもすかさず二人についていく。
彼の咄嗟の判断のおかげで三人はダンサ─の女性からも、人間の驀進からも逃れ怪我一つない。
ゆっくり下されたヨイチは先まで自分たちが居た場所も黒い領域内だったことが分かり戦慄した。そして次に中条と綾乃の姿が見えないことを認識する。
アサヤは伝える。
「マヒルは救急隊と警察へ連絡!ヨイチは医療箱持って救助!俺はヨイチをカバ─する」
「了解!!」「りょ、了解」
群衆の弾幕が少なくなったことで事態の全貌が鮮明となり始める。かつて歓声が湧いていたフロアには十名以上に及ぶ重体者が倒れていた。
逃げ惑う人間に踏みつけられて脚の骨を折っている人然り、人の雪崩によって圧迫され失神している人然り、そしてそれ以上に、ダンサ─の女性による攻撃で身体を一部欠損している七名を迅速に救出しなければならない。
その七名の中には彼もいた。
「綾乃くん!綾乃くん!!」
「中条先輩!」
「アサヤくん!綾乃くんが……!」
泣きそうな顔の中条は横たわる綾乃の横にペタリと座り、横たわる彼を見下ろした。
顔をしかめる綾乃は太ももと右上腕がぽっかり空いており、中条が腕の止血を試みようとハンカチで抑えてはいるが赤い滲みで染まっていく。
初めて遭遇する悲惨な光景にヨイチは目を丸くし、動揺で足が止まってしまう。
「回避しようとしたんだけど……私の反応が遅かった……。ごめん綾乃くん」
「俺は全く反応できなかった。委員長のせいじゃない、逆に助かったありがとう。急所は外れてるしね」
「綾乃先輩、まずヨイチに応急処置してもらいましょう。それが終わったら、敵の攻撃範囲と思われるこの黒い領域から外に出ましょう」
「わかった、ごめん手間かける」「ヨイチくんお願いね!」
「は、はい」
救急隊の到着前に失血を抑えておきたい。他の重体者の状態は大丈夫だろうか。綾乃先輩より優先しなければならない人はいないだろうか。この黒い領域上で治療して問題ないか、攻撃されそう。二次被害は。一体どんな攻撃で一瞬に身体が欠如するのか。あの女のリヴを把握したい。やっぱり敵の把握を優先すべきじゃないのか。
上の空で返事したヨイチは矢継ぎ早に沸く知識欲に浸食され始める。
「ヨイチ」
彼の声が聞こえる。
「拾い上げろ」
そうだった。自身の欲より優先するものがある。その一言で溢れた知識欲の山から彼の指示を拾い上げ、他を排除した。
強く頷き、バッグからガ─ゼや包帯等の治療道具を取り出すと、すぐに応急処置へとりかかった。傷口からの出血が酷い、救急隊の早い到着を祈りつつ正確無比の処置を施す。
「綾乃くんとヨイチくんを死守したいんだけど、手伝ってくれる?」
「もちろんです。ちなみにあの人のリヴ知ってますか?」
「ううん、見たことも聞いたこともない。人間の肉を食いちぎるほど攻撃性に特化したリヴってかなり珍しいから知ってたらすぐ判別できるはずだし。この黒い領域は作用距離の可視化、もしくは領域内限定の仕様があるってのは分かる」
「であれば、あのリヴァの攻撃にはそれなりのデメリットがあるはずですよね。それか攻撃する為の条件、動かないのは何かを待ってる……?」
逸早く救助へ向かった中条らの行動に先導され、他の重体者の下へも数人単位で人が集い、応急処置や領域外への移動が行われている。
リヴァは追撃せずその様子を静観し続けていた。領域上に冷酷な空気を漂わせたまま。
黒いベ─ルに隠された彼女の目と視線がぶつかった気がした中条は構えを深くする。
「いや待っているというよりこれは――――」
何か来る。
人間が走っても凪を保っていた漆黒の円領域内に波紋が広がった。ダンサ─の女性を中心に正円を描いた波紋が足元を伝う。
この領域には指令を伝える役割があるようで。
「初動の反動で動けなかっただけ、かも」
ザパァァァ…………――――。
それは姿を現した。漆黒の円領域からどんより浮上してきた何体もの十字架。
人間の背骨のような歪な下部を持つ、クリオネの如き白黒の物体。生命体とも判別がつかないそれは領域に下部先端を僅かに着水した状態で佇立した。
黒い池はまるで生簀。そこから出没したのは、彼女のリヴによる生成物であり、綾乃らの身体を欠損させた原因かもしれない。
生成物らは一斉に前傾するとホバリングして追跡を開始。発見した重体者や救助者に向け、対の腕のような細長いヒレのような部位で打撃を仕掛けた。各所で合戦が始まる。
中条とアサヤへも同様に数体の生成物が攻撃を開始し、防御と回避で猛攻を凌ぐ。
打撃のみで軌道も単調、移動すれば追いかけてくる……リヴレスのアサヤくんでもヨイチの応急処置が終わるまでの時間稼ぎはできそう。難なく対処する中条は生成物の本体への横蹴りで蹴り飛ばした。蹴った感触や重さが本物のサンドバックみたい。
戦場と化したイベントエリアを眺めた綾乃は、自分を真剣に治療するヨイチの足をポンとタッチし言う。
「ヨイチ、敵が襲ってきたら俺を置いて逃げろよ。ケガ人が増えると、委員長たち守る側も大変になっちまう」
「い─や逃げませんよ。僕はアサヤとマヒルと中条先輩を信じてますから。もちろん綾乃先輩もね。僕が治療してるんだから助かってもらわないと怒る」
「怒ってもあまり怖くなさそ~痛っ!!」
ぎゅっと包帯で結ばれるて声をあげる綾乃。一方のアサヤは。
多対一は苦手だ。二匹の生成物に対応を追われているアサヤは脳も四肢もパンク寸前だった。
マヒルとも日常的に組手をしていたりする為、簡単な戦闘はできるが、一人を相手するのと二人を相手にしているとじゃ目に入る情報の処理量が異なり、適切な動きが導けず付随して身体も同期ズレを起こす。
そして必死に動いているうちに、躱した後のヒレに足を引っかけしまう。
転倒しまいともたつく足。隙ありとサイドから突こうとするヒレ。
そのピンチに彼は駆け付けた。
「どりやぁぁぁぁぁ!!」
生成物の攻撃は届かず、マヒルの飛び蹴りを食らい吹き飛んでいく。
その肉体は見かけ騙しではなく、女性にも匹敵しそうなパワ─を含んでいるようだ。さすが戦闘員、と結局転倒したアサヤは起き上がり華麗に着地も決めた彼を見た。
「連絡終わったよぉ~!何すればいいぃ?」
「助かったありがと~。ヨイチの応急処置が終わるまで、ひいては救急隊や警察が来るまでの時間稼ぎをしたい。頼りにしてるよマヒル」
「ほぉお任せろぉぉ!」
自身の思う存分動けるマイスペ─スを作る為、マヒルはヨイチたちから離れる方向へ一体の生成物の誘導を試みる。
ちゃんとついてくるぅ、いい子ぉ。弱点とか攻撃の予備動作を見逃さないようにしないとぉ……。
いい感じの位置で停止し追ってくる生成物と対峙すると、現存する生物と似つかわしくない異形の行動をジッと伺う。
容赦なく攻撃を開始する生成物。別の場所にいた一体も援護でマヒルへの攻撃に加わり、先程のアサヤと同じく多対一の状況となるが、攻撃速度はドッチボ─ルレベル、動体視力と直観で難なく対処する。
時々殴ったり蹴ったりでこちらからも攻撃を混ぜているが、誠に無傷、起き上がり小法師のように何度突いても起き上がってくる。本当に時間稼ぎしかできないかもなぁ。
「――――っっ!!!」
足元の気配、すぐバックステップしたが間に合わなかった。油断していたわけではない。
漆黒の円領域下に潜んでいた一体の頭突きロケットがマヒルの腹部に入る。バックステップのおかげで威力を減衰できたが隙を見せた。
生成物は頭突き直後に折り畳んでいた下部を展開、肋骨のような部位を伸ばしてマヒルの身体を握り掴んだ。
彼の重い身体が軽々と持ち上げられる。
「任せろとか言うなよぉぉお!!」
「俺のセリフだ!!何とか抜け出せないかそれ!」
アサヤは相手していた敵を放置して助けへ向かう。
対象の拘束に成功した生成物は次の攻撃にシフト。ピシシッと体を縦に割き始め、クリオネでいう下半身部分がぱっくり半分に開く。顔に相当する部分に備わっていた球体が関節の役割を果たしてハサミのような駆動を可能にしているようだ。
そして縦に横に回転させワニの顔のような形態へ変化、上下に口を大きく開き、マヒルの首から上を狙って齧りつこうとする。
そうやって重体者たちの身体を嚙み千切ったのだろう。
足掻いても間に合わない距離。
処置を終える寸前だったヨイチも手が止まり口が開いたまま、綾乃も治療を受けた後の欠けた右手を無常に伸ばす。
喰われそうな当の本人は全く抵抗することなく開かれた口内の深淵────ではなく、自身を掴む骨のような部位を真剣な表情で凝視し続けている。
二次被害が幕を開けた、そのとき。
シュルシュル。
騒然たる中に蛇が草を這うような音がした。
「『爪紅砲』」
ドォオオオン!!!!という地響きと共に現場に鳴り響いた大きな爆発音。
拘束から解放され尻もちをついたマヒルの目線の先には、イベントエリアの壁に深くめり込む生成物がおり、直後黒い靄となり消滅した。
「ビックリしたぁぁ!!!」「なんつ─火力……」
「良かった、間に合った~!」
アサヤが振り返ると、制服の前裾をヘソが出ないように恥ずかしそうに押さえる中条がいた。
彼女の背中側の裾は捲れ上がっていて、ホ─スのような常盤色のケ─ブルが二本伸びていた。二本うち一本の先端は正八面体の形状をしている。
走り寄ってきたマヒルがアサヤに寄りそられて子どものようにまくし立てて尋ねた。
「先輩のリヴですかぁ!それぇ!」
「そ、私のリヴ。威力高すぎて危ないから滅多に使わないんだけど、躊躇わなくて正解だったよ。あゴメン、うねうねしてて気持ち悪いよね」
「全然、むしろ超カッコいいですぅ!!えちょっと待ってぇ、今のでオセロみたいなやつを倒せたってことはぁ?先輩のリヴでぇ?」「まさか、この状況を?」
「うん絶対無理。これ装填に時間かかるからそうバンバンと撃てないの。弾数も見ての通り。でも、あれ?手下たち急にいなくなっちゃった」
いつの間にか、クリオネのような生成物はリヴァであるダンサ─の女性の下へ集合していた。
先輩の一体撃破が余程効いたのか、手下を集結させてオフェンスからディフェンスに陣形を変えたように見受けられる。
アサヤは中条の背後で揺らぐリヴを眺めて言う。
「先輩、あのリヴァに向けてさっきの一発使うことってできますか?」
「そっか。そうだね、やってみよう」
生成系リヴを相手する場合はリヴァ本人を叩けという定説がある。
その意図を汲み、中条は装填された正八面体をリヴァへ向け、照準を合わせた。
戦闘時の集中した顔で照準の最終微調整。次の瞬間、二度目の地響きと爆発音が轟いた。
正八面体の砲弾をジャイロ回転させながら発射する技────『爪紅砲』。
中条の標的、弾道の先にはリヴァである黒装束の女性が淑やかに佇み。
秒速で接近する砲弾に、彼女周辺の漆黒の円領域がまた波を立てた。
バシャァッッ。
魚のように円領域から飛び跳ねた一匹の生成物は砲弾がリヴァへ着弾する前にパクっと喰らい、そのまま空中で黒く霧散した。
やっぱダメかと一息吐く中条の傍で、マヒルは何故かむず痒そうな顔をしている。
「なんかぁ、なんかなぁ。やっぱりあの人のちぐはぐな攻撃────」
────場面は転換する。
先刻霧散したオセロの黒い靄の先、散らずにまだ残っていたそれがゆらり棚引いた。
ついに静から動へ。
ダンサ─の女性は黒いカ─テンの奥からコツリコツリとランウェイを高尚に歩む。
黒く繊細で美しい衣装も、細くしなやかに動く手足も、身が凍るような空気感も変化していない。
ただ一つ違うのは。
「なんだあれぇ……」
装飾剣が柄頭を要に幾本も接合し蓮のように花開き、各刀身は小型の王冠をかぶっている。
装飾剣や王冠等全てに着色がなく、ガラス細工のように無色透明なそれらを頭部に装着して登場した黒装束ダンサ─の女性が歩を進めていた。
仮面のように顔の表面に装着しているのではない。頭部そのものが透明なモニュメントと成った、つまり頸部がその神秘的なモニュメントを冠しているのだ。
内包物を含まない反対側が透過するだけの完全なクリアさに、衣装や円領域の漆黒色が反射して一部染まる。
首から上に在るはずの物がない違和感と足を踏み入れてはいけない禁忌の生命への畏怖に、中条は無意識に後ずさってしまう。
応急処置を終えたヨイチは器具を片づけながら、綾乃と共に固唾を呑む。
「…………」
ダンサ─の女性は歩を止めると自身を囲んだ生成物の一匹をペットのように撫でた。
黒い悪寒が足首から伝い、中条は顔を軋ませる。この場にいる全員がその動向に集中している為か、ショッピングモ─ルであることを忘れるくらい森閑としている。
そしてダンサ─の女性はのろり足元を見やり、モニュメントの頭頂部、つまり無数の剣先がこちらを向く。
単に俯いたわけではない。自由落下していくその頭部は漆黒の領域へボチャンと効果音の面影を残して沈んでいった。
先まで顔が接続していた首から真っ黒く変色し始めて泥の質感の液体となって崩れ崩れ。
ボタボタと。水をかけた泥人形のように崩壊していく彼女の身体。
ぴぃぃぃぃぃい!!
周囲に警告を知らせるアサヤの指笛が鳴る。
「重体者を領域外へ運んで下さい!!」
ああ、どう考えてもだ。マヒルが自分の背中に隠れるくらい強力な攻撃がくる。
着衣を含む彼女の全てが溶け切って水溜りと一体化したと同時、底から真っすぐ生えてきた漆黒の腕。手首の幅が人間一人分ある巨大な左腕と続いて生えた右腕を、共に床へつくとその腕に力を込めて上半身を這いあがらせる。
徐々に覗かせる顔はウ─パ─ル─パ─の如くのっぺりとしていて、首、胸部、腹部と制止する間もなく上半身が出現した。
腹部には巨大な口が癒着していて、僅かに開いた口からはボタボタと漆黒の液体を溢している。
まさにダイダラボッチ、ダンサ─の女性は遂に自ら化け物へと変化したというのか。
「きゃあぁぁぁあ!!!」
響く悲鳴───ダイダラボッチは重体者を抱えて撤退しようとしていた一人の女性を重体者ごと握り、腹部の口へ運んでいく。
アサヤの勧告によって手当をしていた人々は重体者を抱え、各々漆黒の円領域から外へ出ようとしていた。しかし、奴は食欲の従うままに逃げ惑う人々を悉く握り捕まえ、丸吞みしていく。
主人を守る必要をなくした子分たちも襲撃を再開する。
綾乃を避難させるべく、マヒルとアサヤは彼の両脇から慎重にただ迅速に身体を持ち上げて移動し始めた。ヨイチもバッグを背負い綾乃の脚を優しく支える。
彼らを援護する為、中条は襲撃の波の防波堤となり、一体たりとも後ろへ侵攻させない意気だ。
奴はそれを許さなかった。
人の体高ほどあるダイダラボッチの手が中条を掴みにかかる。
充填完了。細かい照準調整は不要。射撃体勢を素早く整え、伸ばされる手のひらの真ん中へ『爪紅砲』を撃ち込んだ。
砲弾は目標に着弾したが、無反応のまま手の内へ吸収されていった。なおも迫りくる巨大な手。
綾乃たちには当たらないことを確認の上、回避を選択した中条が重心を左にずらした。だが中条の左足の真下、領域底から浮上する開いた大口に気付く。
生簀に浮く魚の餌。膝より下をバクっと嚙み千切られ、移動中だった足を失った中条は大きくバランスを崩した。───やられた。
横やりを知っていたかのようにそんな彼女をガシッと無造作に掴み取り、口に投げ込もうと腕を引く。
運ばれながら一部始終を目の当たりにした綾乃が叫ぶ。
「中条!!」
漆黒の円領域の境を無事超えて壁際に綾乃を下したアサヤは、ヨイチに彼を任せ、マヒルを連れて急ぎ中条の救助へ向かう。
再び領域内に侵入してきた二人に待ち構えていたのは、ワイパ─のように領域上の汚れを拭おうとするダイダラボッチの巨大な腕。前後左右上逃げ道はなく、せいぜい最低限の防御をする他ない。
掃われた二人は店舗を破壊しながら爆音と共に姿を消した。
「どうしてこうなるんだよ!!くそぉ!!」
退避した綾乃はすぐに子分らのタ─ゲットとなり、先刻のマヒルと同様に肋骨のような部位で容易に捕獲され、離すまいとヨイチが彼の腕を引っ張り続ける。ただ非力なヨイチには時間の問題だった。
弱い握力で自身の腕を何度も何度も掴み直す彼に、綾乃は少し笑った。
「手を離すんだヨイチ。あのリヴァの目的は分からんが急所を敢えて外してるのを見ると、虐殺が目的ではないと思う。中条も死んでないはずだ、俺が中条を探してくる」
「け、けど、明確な根拠なんか──―」
「さっき会ったばっかだけどさ、悪いけど信用してもらう。任せてくれ先輩に」
どうせこの体じゃ逃げられはしない。
綾乃のまっすぐな瞳に、それでもヨイチはしっかり頷き返すことができず、握力を弱めていく。
子分によって運搬される彼を眺め、ヨイチは一人両膝をついた。
ある日訪れた眼前広がる地獄に呆然とするしかなかった。
その時。
ふと甘い匂いが鼻をくすぐり、耳には鋭く可愛らしい声が入ってきた。
「コイツか~暴れてるポン助丸は。今日休みだったのにな~」
トコトコ歩いてきて歩みを止めたのは、プラスチック製カップの飲料を太いストロ─で吸う金髪の少女。
制服姿の彼女は近くにいたヨイチに「持ってて」と有無を言わさずカップを手渡し、腰につけたカバンからゴソゴソ漁った物を前へ突き出す。
「対リヴァ特殊武鋒部隊LiSST訓練生、紀伊乃葉露。制圧命令により処理開始しま~す」
端末型警察手帳の一種を提示してそう名乗った少女は、手帳をよいせよいせとカバンの元の場所へ戻し。
右手の親指と人差し指、左手の親指と人差し指で斜めにカメラポ─ズを作ると、右目のみ開けて告げる。
「『詞碑』」
吹き抜けに生まれた黒いオ─ロラ。
自分という人間が如何に下で、如何に瑣末であるかを脳にねじ込まれたようだった。
漆黒の円領域が中心に向かってス─ッと縮小していく。
幕引き、ゼロとなった半径は襲撃の終了を告げた。
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