第1話;黎明 (Blooming) -②
アクセス頂きありがとうございます。
拙い文章です、ご容赦ください。
日向と日陰を交互に潜り抜け、アサヤ・マヒルは校舎と校舎を繋ぐ二階の廊下を駆ける。
五メートル程後方を走る妙な女子生徒に追われているわけだが、拡大解釈すればこれも青春と言えるだろうか。
鬼ごっこ開始時に一回叫んだ以降、無言で追跡する彼女の真剣さを背後にピリピリと感じている。二人に振り返る余裕はない。
アサヤは策を講じる前に尋ねる。
「逃げ切りか応戦、どっちが良いマヒル」
「あの人に応戦は厳しい感じするぅ」
「分かった、逃げ切りで行こう。痛いのは嫌だしね」
こういう逼迫した状況でのマヒル直感は高確率で当たることを知っている。当たらなかった場合はその後の自分の愚策のせいということも知っている。
中学生から培っている逃げ足だが、体力が無いこともありじわじわと距離が縮まっていた。長期戦にはならない。
次の曲がり角が勝負所。アサヤは選択する。
「マヒルは次の階段を下、俺は上に行く。多分マヒルを追っていくはずだけど……一番スピードあるしいけるか?嫌なら代わるぞ」
「ふっ完全にちぎってやるかぁ」
「よっしゃ、俺は二人のバッグとってくるよ。完遂したら帰りにたこ焼き奢ってやる」
「夕飯前だし八個よろぉ」
「小腹でか」
十個入りにして俺とヨイチは一個ずつもらおうかな。そんなことを考えているうちに、渡り廊下の終端を曲がり『次の階段』に差し掛かる。
幸い人はおらず迷惑をかけることはなさそうだ。アサヤの指示通り、マヒルは一階へ、ヨイチは三階へ二手に分かれた。
追いかける側としては階段を上るより降りる楽な方を選ぶだろうと推察したがどうだろうか。結果を確かめる為、アサヤはようやく肩越しに後方を見やった。
曲がり角の壁をがっしり掴んだ爪の長い指。まるで一種のホラー映画のようなシーンに背筋が凍った。
彼女との間にあった五メートル程の猶予も、もう手が届きそうな距離まで詰められていた。
予想通り迷うことなくマヒル側を即断した彼女の狩人の瞳に、より大きい獲物を得ようとする意志を感じた。追いやすいから、という安易な理由ではなかったようだ。
階段を下りる直前、女子生徒は一段飛ばしで駆け降りるターゲットから視線を外し、階段の右側に寄って手を伸ばした。伸ばした先は手すりの上、手すり壁。
マジか、とアサヤは踊り場手前で身を翻した。さすがに想定外すぎる。
「マヒル、避けろぉ!!」
「!!?」
女子生徒は手すり壁に手をかけると階段の踏面を強く蹴った。掴んだ手を中心に手すり壁の上を弧を描いて超え、足への負担を吸収しつつ一階のフロアに着地する。
およそ一フロア間の階段を全てすっ飛ばした彼女。空中でたなびくスカートを押さえられるくらい余裕もあるようだ。
全力で駆け下りていたマヒルは突然眼前に舞い降りた障害物に停止はおろか減速することも間に合わず、せいぜい回避するしかできなかった。
落とした腰を伸ばす彼女の右サイドをびゅんと飛び抜けていくマヒル。その胸倉を女子生徒は右手を真横に伸ばしノールックで空中キャッチ───。
「あぶっ!」
持前の反射神経で負けじと右手の平で横へ弾いて捕獲を免れたマヒルは、それにより少し体勢を崩すも空中で修正し、両手で床に手をついてロンダート。
勿論、階段前の廊下に着地のスペースはなく、べちゃっと壁に衝突してロンダートは失敗に終わった。だが結果オーライ、マヒルはすぐに立ち上がって逃走を再開する。
アサヤの警告めっちゃ助かったぁ。足の回転数を上げて距離を稼ぐ。
彼に弾かれた右手に目を細め何かを思い、女子生徒は静かに駆け出した。キュッと短く尖った音が耳に入る。
ぶっころ。
作戦変更。アサヤは手すり壁をお尻ですーっと滑って加速、勢いを殺さないように着地から前転。
マヒルと女子生徒の間へにわかに転がり出ると、迫りくる彼女に向け、全力で後ろ横蹴りを放った。綺麗なT字を描いた横蹴りが彼女の胸部を貫く。
前進していた体に与えられた蹴りは重く、腕で防ぐことはできても大きなノックバックが発生した。
むき出しの反抗心にイライラが募る。
慣性で初速を得たアサヤは後ろを気にかけるマヒルの後を疾走する。彼の一撃により彼女との距離にまた猶予が生まれた。
やるじゃんアサヤぁ。アサヤが追いつけるように速度を落としたマヒルはもう後ろを振り返らず、この逃走劇に胸を躍らせる。
「悪ぃな作戦そっこー変えちまった」
「いやいやナイスサポートだよぉ、マジで助かったぁ」
「中学とレベルが全然違う。今までやってたような策がまったく効かねー」
「まだ中学上がりだから仕方ないよぉ。超燃えるねぇ、オレらもレベル上げてこぉぜぇ。ほら次はどうすればいぃ?」
「最高の男だなお前は。このまま昇降口付近で一旦ちぎろう」
アサヤが言う昇降口とは男子専用昇降口のこと。葉柄高校では諍いが起きないよう女子生徒と男子生徒の靴箱が分けられている。男性側への配慮だ。
靴箱以外にも教室や授業内容、試験結果等も区別されているが、それらは配慮ではなく、単に女子と男子で学校のカリキュラムが異なることに起因する。
カリキュラムを区別する案が出た当初、教師への負担が懸念されたが、女男の差はそれを軽くもみ消してしまった。今では違和感を感じ問題提起する人はほぼゼロだろう。
廊下を進んだ突き当りを曲がり昇降口付近に辿り着いた二人。ここには身を隠すのにちょうど良いスポットがある為、どうにかそこでやり過ごしたい。
しかしその思惑は足と共に急ブレーキを強いられた。
携帯電話をへそ前で両手で持った女子生徒が一人、ヨイチが相手にしていたはずの彼女が廊下の遠く向かいから歩いてくるのが見えた。ヨイチを片づけて回り込んできたようだ。
ただどうしてか全身ボロボロで若干ふらふらしていて。ヨイチが相当頑張ってくれたのだとマヒルは感極まりかける。
「マヒルこっち」「おぉ?」
策がまた潰れた。アサヤとマヒルは前後を挟まれる形となり、退避先は限られてしまった。
追手の二人とは距離が稼げている為、躓かなければすぐに追いつかれることはないだろう。
二人は外履きを下駄箱から床に放り出し、一瞬で履き替え、上履きは上がり框に放置したまま昇降口の扉を駆け抜ける。
校舎特融の香りから自然の香りに移り変わり、太陽光と春風を額に浴びた。昇降口を出ると、見栄え目的の小さな自然と正門メインロードへ合流する道が出迎える。
おや、今日はもう一人出迎えてくれたようだ。
「なんか迷路にダンゴムシ入れて遊んでる感覚」
日陰で携帯を片手に身体を横に向け、こちらを冷たい横目で睨んだ女子生徒はそう嫌味たらしく言った。歓迎ではない雰囲気。
逃走を諦めたアサヤを見てマヒルが察したようだが、そう彼女だ。彼女が、未成年喫煙を教師にチクったという無実の罪で三人が追われる原因となった張本人だ。制服を着崩した見るからにやんちゃな外見をしている。
後ろに気配を感じて振り向くと、取り巻き二人が出口付近でやんわり逃げ場を塞いでいた。上履きのままだ、なんて悪い人たちだ。
ボコボコにしたい衝動を殺してまで手を出さないところを見ると、取り巻きとミシェルとの間には強固な上下関係があるのだろう。
「あのー再三になりますけど俺たちはチクってませんよ?」
「そうだそうだぁ、アサヤならこんなバレるやり方しないぞぉ。もっとこすいぃ」
「疑いは晴れないよ。あんたら以外に考えられないし」
「てことはやっぱりヨイチかぁ………」
「ヨイチだったら、チクってやったぜひゃっはーって喜んで報告してきそうだけどね。こういう姑息なのは俺っぽい―――って誰がこすいだボケぇ」「言ってないよぉ」
マヒルに肩パン一発。
「………なんでそこまで女を逆撫でするの?理由は何?本当に理解できないんだけど」
「先輩は俺らのこと嫌いですか?」
「うん嫌い」
「嫌いな人間がなぜか頻繁に視界に入ってくるしその度に鼻につく。そいつを理解できないし理解したくもない。深層心理ってやつです。俺らを嫌いな以上、逆撫でっていう感覚は仕方ないかもしれませんね」
「今からぶっ飛ばされるわけだけど、それも仕方ないってことでいい?」
「いやもう全然よくないです。それっぽいこと言ってすみません」
自分のものさしで物事を語る輩は一定数存在するし、理解できないものを拒絶する心理が働き思考を放棄する輩も一定数存在する。
そして、能力的に劣っている者に対してはより過剰にネガティブな思想に至るのも仕方のないことなのだろう。
彼らは女性主義であるこの社会の中で大きな弊害もなく育った、だから経験不足故の純粋さを残しているのだ。そう考えに至った彼女はこっちにも聞こえる程大きな溜息を吐いた。
皮肉にもここは教育を受ける場所。
「男なら遜色自覚しながら大人しく女に懐柔されてろ」
「えむずぅ、第二言語ぉ?」
「母国語だ。もう相容れないし、お前が決めんなばーかって言い返しとけマヒル」
「お前が決めんなばぁか!!」
「あーそ。──────『操』」
バッと伸ばした左手で胸倉を掴むように大気を手中に収め、上腕を力んでその拳を手前へ勢いよく振ると。
直後、マヒルは肌がプルプルと小刻みに振動しぐわんと何かに支配されそうになる感覚に陥った。
そして、へそが前に飛び出て腰をしならせた身体は急加速する────。
「マヒル!」
アサヤは咄嗟にシャツの背中側を掴み、四十五度になる程に踏ん張った。
だが踵はズズズと力負けして引き寄せられる。
『リヴ』、世間一般的に生物が持つ異能力を指し示す俗語である。
女子高生の間で造られた言葉と言われており、最近では辞書に記載されたりニュースでも使うことが当たり前になってきている。
数百万種もあるそれは、この世に命を授かった全ての女性が手にする、知力や腕力等に並ぶ一つの個性。
まさに、強者の所以である。
ヨイチが教えてくれたミシェルのリヴ『念力』。遠隔で思い通りに物体を動かせる能力であり、人間でさえもその対象である。
反応もなくただの抜け殻になったマヒルを、離すものかとアサヤは思考を巡らせる。
「その時間稼ぎ、何か意味あるの?」
「意味を持たせんだからちょっと待って────あっ」
返答したら遂につっかえ棒が外れてしまい、ペットボトルロケットのように瞬く間に飛んでいくマッスルボディ。
平行移動して運搬される彼に、ミシェルは脇腹に拳を引く。あとはタイミングよく拳を放つだけ。
反復練習と実戦で学習した身体にミスはない。エクセレントな判定でマヒルの腹部に彼女の右フックがめり込んだ。
弓のようにしなっていた身体は、その逆、内側へ曲がって『く』の字に変形した。
え、硬っ。
ミシェルの拳はマヒルの腹筋に反撥された。人間のフラットな素の状態ではありえない。
『操』は文字通り狙った対象を操作する技であるが、筋肉の緊張・弛緩などの対象の状態は操作しない限り操作する直前の状態で維持される。
念力を食らう前の一瞬で、腹筋を硬めたっていうの!?
マヒルは腹筋に力を入れた状態で念力を受け、ミシェルはその状態を操作で解除しなかった、そういうことだ。彼の直感が成した業。
一握りの反撥により彼女の重心が僅かに後方へずれる。
その時、宙に浮くマヒルの下方、トンと着地した足に気付いた。
妙に硬いデカ人形の裏から軽い足運びで横へ飛び出したアサヤの脚が、側頭部を刈ろうとする。
大したことはない、左前腕でそれを受けた。マヒルを念力で引き寄せた際に引っ付いてきたのだろう。
重心のずれもあり一歩下がる。
「っ!!」
しまった、操が甘くなった。
ドスッとコンクリートに着地する音、上側に息を吹き返した鋭い眼光、右側から飛んでくる重厚な左フック。
その一振りは避けて正解だったかもしれない。
少し不意をつかれるもパンチの軌道の下をくぐり抜け、ミシェルは伸ばした右手の平を上にすると、四つの指を折り曲げ親指の腹にひっかけた。
不意をついても対応してしまうその反応力に「マジぃ?」と笑うマヒル。矛先は彼に向けられ、シャボン玉のように一単語がはじける。
「『衝』!」
ピッと水滴を相手に弾くように開かれた指は、八十キロ以上あるマヒルの肉体を遠隔で弾き飛ばした。
昇降口へ力任せに飛んでくるシュート。黙って終始見ていた取り巻き二人は急いでゴール横に回避、ボールは見事ゴールに吸い込まれていった。危うく巻き添えになりかけ「あっぶな」と彼女らは生唾を飲む。
マヒルに気を取られていると左の上段蹴りがすぐそこまで来ており、なんとか両前腕で受けるも昇降口方面へよろけながら押し戻されるアサヤ。
ちらっと後ろを見やった。流石に心配そうな表情で元の位置に戻った彼女らと、奥に伏せてうんともすんとも言わないマヒルが見え、彼が戦闘不能になったと分かった。
「おいマヒル!!おい!誰だ、マヒルをボロ雑巾にした奴は!」
靴箱の向こう、マヒルが倒れる横を素通りし昇降口をくぐる大音量。聞き慣れたその声は三人目の取り巻きの脇に抱えられたヨイチだった。
脇が騒がしいのが不快でポイっと捨てられ、アサヤを掴みながら立ち上がった彼は人差し指で言った。
「感情任せにボコスカと……女はそんなに偉いのか!僕らは慎ましく生きてるだけだろうが!図鑑埋めしながら!」
「なに図鑑埋めって。メガネお前、私たちを〇ケモンだと思ってんの?」
「待て待て落ち着けリヴを使おうとするんじゃない!ちょっと口からちびっただけだ忘れてくれ。いいか、先公に喫煙がバレて学校からの評価が落ちたところなのに、僕らを殴ったら更に評価が下がるだろ、そうだろ!?」
「男を躾けたんだから寧ろ評価上がるでしょ。バカじゃないの?」
「バカって言った方がバカなんだぞヴァカが!」「泣きそうな顔でこっち向くなよ。お前も悪い」
ヨイチにはヨイチの思想があるし、彼女には彼女の思想がある。立場が違えば背景も違うし体裁も違うだろう。
どこぞやの男子学生が一人、昇降口の別の扉から気まずそうにそそくさ横を通り過ぎて行く。三人の手下とミシェルが怯えた表情をする彼を無言の圧で見送っている。
その気まずい隙間時間に、ヨイチはカバンを取りに行ったら三人目に捕まったことを伝え、続けて思い出したようにヨイチは提案した。
「よしアサヤ、お前試しにアイツに立ち向かってみろ」
「もう試した後で、その末路がアレだよ」
「ふ、何も無鉄砲に突撃しろとは言ってないぜ。念力のリヴには弱点があるって言ったろ。大前提、リヴには能力を使う前提条件や使用時の副作用等、能力に対する制限事項が必ず存在する。要するにタダでリヴは使えないってことだ」
「今マヒルのおかげでいくつか条件見つけたけど、明確な弱点とは言えないからぜひ教えてくれよ。でもさっきクソの役にも立たねーって言ってなかった?」
「それはあくまで僕の解釈だ。よく聞け、『念力』の弱点はな、格上の相手には通用しない点だ」
「ほう?つまり?」
「お前があの女より格上になればいいってことだ、アサ─────」
自身の名前だけ残像を残し、瞬きの間にヨイチが眼前から消えた。
もしかしてと思いミシェルを見やると、マヒル同様ボロ雑巾と化したヨイチがいらっしゃった。
春風が校舎の壁に沿ってうねり強く吹き込む。アスファルト上の小さな砂粒が無機物のような彼にぴしぴしと吹き当たっていた。
「何を基準とした格上なんだよ。というか女性相手に格上って、お前の解釈に同意だよ」
彼女の顔にはイライラの他に何か言いた気な雰囲気が混在していた。様子から察するに、曖昧だが有力な内容だったのだろう。
解読ができなく報われないデータではあった。ただ勝利への活路を遺してくれた彼に、アイツに立ち向かってみろと意志を遺してくれた彼に敬意を表し、アサヤは形だけでも軽く臨戦体勢に入った。
ミシェルは再び手の平を上にしてこちらに構え、ふわり四つの指を折り曲げて親指の腹にひっかけた。
『衝』の予備動作。ひっかけた指と押さえ込む指の摩擦が大きくなった。
「─────あ、いたー」
だがそんなひりついた空気はクラリネットのような女声によって簡単に打ち消された。
正門メインロード側から男性用昇降口がある横道へ、小走りで駆け寄る新たな女子生徒が一人。三対七でセパレートした前髪をかき上げた、ダウンスタイルの黒髪は腰まで長い。
一体誰だろうか。アサヤと顔見知りではないし、気持ち悪いくらい即座に教えてくれそうなヨイチもあの様だ。
ただ制服の襟に付けられたエンブレムで三年生ということは判断できた。
「ゴメンねあっくん、遅くなっちゃった」
不意に彼女はアサヤの腕に抱きついた。
あっくんではあるが、本当に誰だろうか。
「全然遅くないよ。なんならこっちの用事まだ終わってないから、五分くらい待っててくれない?」
「用事ってあの子?なんで怒ってるの?」
「たばこ吸ってるのを先生にチクられて怒られたんだって」
「ん?あの子が悪いだけじゃん、あっくんはどこで登場するの?」
「チクったのが俺だって疑われてるみたい」
「あちゃーそんなことしちゃったの?」
「ううん。俺じゃないよ」
「そっか、良かった」
漫画で定番のカレカノのフリをしてくれているのだとすぐに察し、アサヤはそれらしく返答した。
気付けば息を潜め森閑する春風。
品定めするように彼の瞳を覗いていた彼女は抱きついた手を放すと、自身でハンドマッサージしながら数歩前進する。
「私の彼ピがお世話になったみたいだし、ストレス発散したいなら私が代わりに相手になるけど………どう?」
「中条先輩がなんでそっち側についてるのか聞いていいですか?」
敬語。怪訝そうなミシェルは改めて見ると二年生のエンブレムを付けていた。
男が淘汰されることなんてざら、わざわざ止めることが理解できない。顔にそんなことが書いてある。
「ん?彼氏を守るのは彼女の使命だよ。ていうか私のこと知ってるんだ」
「先輩は対人組手の上位者ですから有名ですよ。一度手合わせ願いたいと思ってたんですけど………最初は公式戦がいいんで今回は止めておきます」
「そ?そっちの子たちも混ざって一対四でも良かったのに」
ここでいう対人組手は、体育の授業や定期試験で執り行われる武器なしリヴなしの戦闘実技を指す。リヴが使えない中で、勝敗は勿論、技の質や駆け引き、打撃力・守備力、瞬発力、判断力等を評価する非常に重要な試験科目である。
中条は一対一の組手で第三学年の五本指に入る成績を持ち、加えて広い視野と状況判断力の高さから複数相手もこなす技量がある。
撤収しようと男子用昇降口へ歩き始める彼女を前に、万が一に備えてトトっとアサヤの腕にひっついた中条は尋ねた。
「あ、名前聞いてもいいかな?」
「………失礼します。行こ、皆」
名前を聞けず、両肩で残念とジェスチャーする中条。単純に名前を知りたかっただけなのだが、眼中にないことを遠まわしに伝えていると受け取られてしまったようだ。
この人も上履きだ、と特に意図もなくアサヤは通り過ぎようとする彼女の足先を目で追った。
「天罰を受け入れる覚悟が無いなら───」
より真剣な表情で中条はそう語り始め。
「───悪い事はしないようにね」
目が合わないまま通り過ぎたミシェルは取り巻き三人とその場を去っていった。
男性が卑下されるこの社会で恋人のフリを自ら選択した中条。自分に照らし合わせるよう語った言葉にアサヤは彼女のことを知りたくなった。
視線に気付いても数秒腕から離れず目を合わせ後、中条は可愛いらしく微笑んだ。
「君の名前も聞いていいかな?あっくん」
「アサヤです。当てずっぽうだったんですね」
「あっは、誰がアサヤくんでマヒルくんでヨイチくんか分からなかったんだけど、三分の一当たってたんだ」
「?」
「君たちはこの学校で有名だからね。下世話な情報を収集するのが趣味な男三人組がいるって」
アサヤは大きく息を吸って目を閉じた。
確かに三人は女男問わず基礎情報や色恋沙汰等の情報を収集しており、その噂はあながち間違いではない。
ただ、リヴの仕様や新発売の商品といったジャンルすら問わない広範囲の情報収集を趣味としているので、偏向報道気味であると反論したいところ。
説明すると長くなるし、他に優先することがある。アサヤはひとまず助けてくれた彼女へのお礼を最優先とした。
「助けていただいてありがとうございました。何かお礼させてくれませんか中条先輩」
「大したことしてないけど、それなら私とデートしよ?」
「無論です。あのアホ二人起こしてくるのでちょっと待っててください」
返事を待たず、彼は仲間を起こしに駆けていく。待っている間、中条は数分前のことを思い返した。
彼の腕に抱き着いてあの女子生徒に目を向けた瞬間、彼女の左手が勢いよくパッと開いた。あれはリヴ発動の所作だと思う。
技の対象が彼だったのか自分だったのかは不明だが、不発だった結果は事実。
公式戦で戦いたいと発言した彼女が私に標的を変えて不意打ちするだろうか。アサヤくんがもし対象だったとして、それはつまり。
後で調べておかないと。『念力』の制限と、アサヤくんのことを。
まずはマヒルを起こしにいったアサヤはのっそり上体を起こしたマヒルに社会の窓が開いていることを指摘した。
寝ぼけた様子でありがとぉとチャックを閉める様子を眺め、アサヤもふと思い起こす。
ん?デート?
お読み頂きありがとうございました。
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