風神・雷神・疫病神
俺とアリスとシロコさんは身換室へ戻り、三人で顔を見つめ合っていた。
「バチカ……は?」
すいません、バチカさん。すっかり忘れてしまってました。
でも、どうして横を通り過ぎた時に声かけてくれなかったんですか。忘れてた俺たちが悪いのは百も承知ですけども。
「俺、探しに行ってきます」
「その必要はないよ」
イチカさんが身換室へやってきた。
「イチカさん!」
「アリスちゃん、その体どう?」
「さいっこう!」
爆発したってのに、その体が最高ってよく言えるな。
「どうしてイチカさんがここに?」
イチカさんは手にしていた機械を見せびらかしてくる。画面に網目状があり、緑色の点滅がある。
「バチカが変なところにいるから、何があったのかなって」
GPS?なんで妹につけてんの?
「ユウカに訊いてみたら、身換室でなんやかんややってるって言ってたから来てみたんだけど、オチヤ君、随分と派手にやってくれたねぇ」
頭が上がりません。初日からご迷惑おかけして本当に申し訳ありません。でも、聞いてください、わざとではないんです!決して!
「それにしても、この穴、こんなに奥深くまで続いてたんだ」
「知ってるんですか?」
「ん?あ、いやいや、知らないけど、空けた穴にしては奥が深いなと思ってさ」
言われてみればそうだ。俺が足を伸ばして、飛ばされたアリスがぶつかっただけで壁に穴が空いたことも驚きだが、果たしてそれだけでこんなに深くまで穴が空くのか?
元から空いていたとか、そこの壁だけが薄く設計されていたとか、推測の域を出ないが、考えられることはある。
「今は穴のことじゃなくて、バチカさんが」
イチカさんが穴を調べながら答える。
「バチカなら大丈夫。きっと今頃歩き出してると思うよ」
良かった。暗闇でもなんとか立ち上がってくれたんだ。偉いですよ、バチカさん。
「逆方向にだけど」
どして?
「来た道を戻るだけの簡単お仕事じゃないですか!」
「バチカは運が相当悪くてね。確率の生まれる選択肢が現れると、確実に悪い方を選んじゃうの。GPSでも確認できるけど、こっちには向かってきてないでしょ」
本当だ。明らかに遠ざかってる。
悪い方の選択肢を選ぶって、だから地獄を選んでしまったのかもしれない。
「バチカが向かってる先は私が知ってるから、君たちは心配する必要ないからね」
どうして穴の先を知っているのかを聞いてはいけないような気がする。
「どうして、イチカさんが穴の先知ってるの?」
おそらくシロコさんも聞かないようにしていたことを、そんな簡単に。ほら、シロコさん口の中にめっちゃ飴入れてるじゃん。焦ってるじゃん。
「聞きたい?」
「聞きたい!」
イチカさんの言葉に被せるようにアリスが答える。
答えに興味津々なアリスは見えない尻尾を振る子犬のようだ。俺の体でなければサービスシーンなのにな。
「正式名称はないんだけど、そうだな、神域とでも名付けようかな」
神域?と、俺たち三人は首を傾げる。
「名前の通り神様がいるところだよ。ほら、ここへ来る時に神様に会ってきたでしょ?」
北の神、ベガと言っていたな。姿は確認できなかったけど、神々しいオーラは少しだけ感じていたような気がする。……気だけかもしれない。
「会った!!アレガって名前の!!」
「アレガ?俺はベガって言ってたけど」
「かわいかったなぁ」
「アリスは姿が見えたのか?」
「見えてないけど、感覚的に?」
アリスは感覚派無自覚元気っ娘だったのか。
「神は四体いてね。東の神、アレガ。西の神、デネブ。南の神、アルタイル。北の神、ベガ。私も姿は見たことないけど、四体でシフト制らしいよ」
神様もご苦労なこったな。
「そんな仕組みになっていたとは」
シロコさんが腕を組みながら続ける。
「でも、過去の追及を行ってもいいんですか?」
これも捉え方によれば、過去について調べているようなものだ。
「ただの世間話だよ。みんなに共通していれば問題ない。君たちだって気になってたでしょ?」
気にはなっていたが、特別知りたかったわけではない。
知ることにおいて危険が伴うのであれば知らなくて構わないし、そうでないならば知りたいくらいのレベル。
過去がどうであろうと、今の俺はソウルターミナルで働くオチヤだ。それが変わるわけではない。
「所長にバレたら、大変なことですよ?」
シロコさんは忠告するよう、語気を強める。
「大丈夫よ。私は所長の扱いにおいては一流だから」
それ、単純に所長をからかっているだけなのでは?
「それに、いずれ君たちは知ることになるだろうしね」
意味深な発言を残して、イチカさんは身換室を出ていく。
「何か裏がありますね」
シロコさんは飴を転がす舌の動きを止め、思考に入り浸っている。
「これは、確認しないと仕事に集中できないからね」
右手に虫眼鏡を持っているような構えをするシロコさん。その表情はワクワクで満ちている。
「始業まで残り七時間。君たちには助手になってもらうよ」
アリスがみかんを食べ終えると、目を輝かせて、虫眼鏡を持つポーズを取る。
「ちょっと、探偵は私よ。二人は助手なんだから」
中々にこだわりが強いごっこ遊びのようだ。
「あたしは二人制の探偵も悪くないと思うの。名前は風神・雷神とかでどう?」
なんだかんだでこの二人、息ぴったりじゃん。
「アリスちゃん、いや、風神。中々にいいアイデアを持っているな」
あ、もう役に入り切っちゃってる。
「さぁ、助手。いや、下僕……召使い……執事?なんでもいいや。行くよ!」
なんでもいいですよ。呼び名なんて、なんでも……
「じゃあ、俺は地神で!」
男心くすぐられるごっこ遊びに、俺もウキウキで参加する。
けれど、何言ってんの?という顔で二人が俺を見てくる。
「オチヤは疫病神だよ?」
あぁ、そうだった。俺はもう、厄から逃げられない体になっているんだった。
「さぁ!ソウルターミナルの真実を!イチカさんの裏の顔を探りに行くぞ!」
「おぉー!!」
「お、おぉー」
楽しい展開のはずが、少しだけ雲の多い天気からのスタートとなった探偵ごっこ。
俺たちは忍び足でイチカさんの元へ向かうのだった。