俺たちの県予選
俺の意識が戻るのにそんなに時間はかからなかった。
目を覚ますと、右にはアリスが、左にはトウカ、少し離れた場所からシロコさんが俺の顔を見つめていた。
「あたし何かしちゃったのかな?」
アリスがトウカを見て言う。
「キャパオーバーなだけじゃない?先輩バカだから」
おい、聞こえてないとでも思ってるのか?
「こらこら、目覚めたみたいだからあんたたち離れなさい」
シロコさんはホッとしながら病室から出て行った。
「おはよう、ヤイチ!」
シロコさんの言葉とは裏腹にアリスはさらに顔を近づけてくる。
「先輩、大丈夫ですか?」
俺の視界がアリス:トウカ=7:3になったため、負けじとトウカも顔を近づけてきた。
「トウカはまだ安静にしてた方がいいんじゃない?」
トウカに傾いた割合が、再びアリスに戻される。
「お姉ちゃんだって、どうせお姉ちゃんのことだからあんまり寝ずに、先輩のこと見てたんでしょ?目の下のクマが決定的な証拠よ」
いい感じに競り合って、割合が半々になった。
あぁ、眼福眼福。今までされた酷いことが報われた気分だ。
え?こんなんで報われたって思うのかい?だって?うるさい。俺が良いって思うんだから良いんだ!
「え、ヤイチ、どうしたの……?」
アリスがトウカを俺の視界から押し出して言ってきた。妹なんだから、もう少し優しくしても……
「え……なにこれ……?」
俺の頬を伝う雫の存在に気づいた。
「俺、どうして泣いてるんだ……?」
アリスが袖で涙を拭いてくれた。その時だった。
「…………はっ!!!!」
アリスが涙を拭いた袖を引っ込めている。
俺にはとても長く感じた時間は僅か数秒だったようだ。俺は、思い出した。思い出させられた。
俺が誰から生まれ、どこで生まれ、どうやって育ってきたのか、そして、アリスたちとの出会いも、アリスたちとの別れも、いじめの全貌も、死因も。
アリスに涙を拭かれたことによって、全てを思い出した。
そして、俺は暦を確かめた。
「あ、ちょっと、ト、トイレ」
ゆっくりとベッドから起き上がり、壁を伝って歩く。トウカに視線でサインを飛ばしてから、俺は病室を後にした。
「思い出したよ、俺も」
病室からトウカが出てきた瞬間に口を開く。
「話は手短にしましょう。せっかく情報を掴めそうなので、お姉ちゃんにはバレずに」
「いや、」
俺はトウカの話を遮る。
「俺はアリスの死を阻止する」
トウカは一瞬驚いた表情を見せたが、次第に肩を落とした。
「変わってないですね、先輩って」
「あれ、俺こんなこと言ったっけ?」
「いや、そういうところが、ですよ」
トウカはポケットから一つのビニル袋を取り出した。
「なんだそれは?」
それは俺の記憶にもない錠剤が入れられていた。
「いずみんから渡されていたんです。私も最初は何かわからなかったんですが、どうやらこれでお姉ちゃんや私たちが殺されたみたいです」
そこそこの高さから落ちたのに全く傷つくことすらなかったのに、こんな錠剤一つで死ぬことが可能なのか?
「おっかさんと綿加先生がこれのやり取りをしているところを見たんです。間違いありません。実行犯はおっかさん、薬の提供者は綿加先生です」
やばい、それはまずいぞ。
「トウカ、そのやり取りを見たって言ったな?」
トウカは不思議そうに頷く。
「多分、バレてる。あの綿加って人はやばい。俺の第六感がそう言ってる。だから、今この俺たちの会話も」
トウカの背後から忍び寄る影に気づいた。いや、忍び寄ってくるオーラに気づかされたのだ。
「こら、明日退院できるんだから、ちゃんと横になってないと。あ、そうだ。綿菓子どう?食べる?」
先生は三本の綿菓子を俺たちに差し出してきた。
「反応悪いなぁ。もしかして寝起き?あ、トイレに行こうとしてたとか?それは申し訳ないな。まぁ、綿菓子食べたくなったらいつでもおいで。じゃあ、また後で」
そう言って、先生は去って行った。
「……動けなかった」
一体なんなんだ、あのオーラは?少したりとも体を動かすことができなかった。まるで、凶器を向けられているような恐怖を感じさせられていた。
「と、とにかく、行動しないといけないですから!」
そう、俺たちはそんな恐怖に立ち向かわないといけない。
「だな。計画もクソもない正面突破でいいか?」
俺たちの大切な存在を守るために。
「何言ってるんですか、私たちは陸上部ですよ?足に自信あるんですから、誰にも負けませんよ」
俺たちの死因を探るために。
「それに、二ヶ月後には全国に繋がる大会が待ってますもんね」
今日この日は弥生の二十七日。
「つまり、俺はそれに参加することすらできなかったんだな」
俺は最悪の日に記憶を取り戻した。
「私だって、先輩の分まで走りたかったんですよ?」
そう、今日こそがアリスが死ぬ日、アリスの命日とされている日。
「そうか、じゃあ、俺たちの県予選は今日ってことだな。うまくいったら県大会。全てがうまくいけばインターハイってことだな!」
俺たちが病室にいる間に、アリスの遺体は家で見つかった。つまり、俺たちは今日病室から抜け出さないといけない。
「何うまいこと言ってるんですか!お姉ちゃんが帰るまで病室でゆっくり休みますよ」
俺たちはトイレには向かうことなく、病室に戻った。
「……あれ?」
俺は背筋が凍った。
「お姉……ちゃん……?」
病室にいたはずのアリスが姿を消していた。




