ソウルターミナル所長
ソウルターミナルに勤務して一日目、なぜか俺が二人になりました。
「オチヤ君が二人!?」
ユキノさん、いい反応してらっしゃる。
あと、お話があるんですけど、ここをブラックなんじゃないかと思っちゃったくらいで怖い視線向けてくるのやめてください。ほら、それですよそれ。てか、今は何も思ってなくないですか?
「これには深いわけがカクカクシカジカ……」
俺はアリスと同期になったこと、身体交換で俺が二人になったことを説明した。
「へぇー、良かったじゃん!同期ができて!」
「ユキノさんに同期はいないんですか?」
「それがいないのよ。ここに同期がいるって人いないんじゃないかな」
じゃあ、同期ができた俺たちは運が良かったのかもしれない。同期がアリスであることに関しては……ノーコメントだ。
「アリスちゃん、よろしくね」
「ん、よろしくー」
おい、バチカさんに敬語使えって習っただろ?
「なんだこのかわいくもねぇガキが口の利き方もわからんのかあぁ?オチヤ君の同期だから優しく接してんだ少しは理解しろこのゴールデン」
黒い髪を白くさせ、ユキノさんがボソボソと呟く。
ほーら、ユキノさんを怒らせた。これであの視線の矛先も俺だけに集中しないはずだ。
というか、この人はこれが平常運転なんだな。あんまりストレスとか関係ないのかも。
ゴールデンさんはというと、自分の体を隅から隅まで触っていた。自分の体を触られてるのを見るのってこんな感覚なんだ。お尻の穴が四割くらい締まる感じ。
「身体交換についての説明を聞いてきたのですが、イチカさんってどこに行ったかわかります?」
「見てないなぁ……あ」
なんだ、その「あ」は。
「あ、いや、何でもないんだけど」
何も探ろうとしてませんけど。
「私の仕事は終わってるし、お話でもする?」
イチカさんは終業してもやることが残っていると言っていたが、人によっては仕事量が異なってくるようだ。
「あ、終わってるっていうのは、業務が終了って意味じゃなくて、絶望って意味ね」
少しでも期待した俺がバカでした。
「ねぇ、オチヤ」
アリスが口を開く。
「何か、ついてるよ……」
アリスは足の付け根、つまり、股間に視線を注いでいた。
「何か、モゾモゾする……」
眉間に皺を寄せて気持ち悪い目でそこを見るな。俺の息子だぞ。
「あんまり触りすぎると爆発するみたいよ」
ユキノさんが合ってそうで合ってないようなことをアリスに告げる。
「え!本当!?」
なんとも否定し難い……
「ね、オチヤ君?」
ここで俺にパスですか。
「そうですね。俺が小さい頃にそうなった時は驚いたもんですよ」
じゃあ、とアリスの視線が俺に向く。いや、俺の股間に、だ。
「アリス?何をするつもりだ?」
やめろ?やめろよ?今のお前は俺でもあるんだぞ?
「オチヤ君ってどっちでもいける派なんだ」
そんな第三者面してないで助けてくださいよ。元はと言えばあなたのパスからですよ。
「オチヤで試してみてもいいよね?」
「爆発したらここがどうなるか、アリス自身も危ないんだぞ?」
「本当は爆発しないくせに」
なーんでそういうこと今言うかなー。
「爆発しないの?」
「オチヤ君ので試してみたら?」
敵同士かと思えば、いつの間にか味方になっているのが女だ。そうなってしまえば男の俺の立ち位置は相当悪い。
もうアリスの狙いは俺ではなく俺の股間一直線だ。
俺の初めてが男だなんて、それも、自分自身だなんて嫌だーーーー!!!
「なんで、おなじからだがふたつもあるんだ」
指先と股間の間には文字通り紙一重しかなくなったタイミングで声が聞こえてきた。幼く、舌が微妙に回り切っていない声だった。
「どなた……でしょうか?」
ユキノさんが受付嬢モードに入り、尋ねる。
「なんだ、あたいのことしらないのか」
現れたのはバチカさんよりも小柄で、もはや子どもだった。にしては態度が大きいような。
あ、おいアリス、今触ったな?ちょっと触ったろ?今ならバレないと思って触ったな?覚えとけよ?
「所長!?」
所長!?!?
「イチカか。しらないかおがふたつもあるし、どういうことだ?」
焦るあまり、やってきたイチカさんが書類をぶちまける。
「所長って……」
所長がこんな、小さくて、可愛げがあって、そもそも子どものはずがない。
「しょ、紹介します」
イチカさんが書類を回収しながら口を開く。
「こちらはソウルターミナルの所長。そして、こちらは本日よりソウルターミナルで働いてくれることになったオチヤと……オチヤ君が二人!?」
とても、面倒なことになりそう…トホホ。
「そうだったのか!よろしくな!」
あれ?所長はこの不可思議な状況に気づいていないのか?
所長は小さな手を差し出してくる。応えるように俺が手を差し出す。
「まっく!」
そう言いつつ、俺の手をかわすように差し出した手でMを描く。
「かっかっかっかっ!こんなかんたんにだませるもんなんだな」
落ち着け、俺。所長と言えど、子どもだ。冷静を欠いてしまえば、アリスの時と同じように痛い目を見ることになる。
「よろしくね、所長ちゃん!」
腹を抱えて笑う所長の手を無理やり引き寄せ、握手を交わすアリス。中々強引なやり口だな。
所長は笑うのをピタリと止め、下唇を突き出してアリスを睨む。
「あたい、おまえきらい」
プイッとそっぽを向いて去っていった。
「嫌いだって〜〜〜〜」
アリスよ、俺の顔で俺に泣きつくな。
「そりゃ、強引に握手しようとすれば泣くに決まってるだろ。子どもなんだから」
誰かが肩に手を乗せてくる。
「それがね、大人なのよ」
イチカさんだった。
「でも、あの見た目で」
「あの見た目でも、大人は大人だし、所長なの」
どうして所長になったのかまでは、訊かないでおこう。
「でも、勝手なイメージですけど、男性の方だと思ってました」
私も、とユキノさんが手を挙げる。よだれを拭き取りながら。よだれ?なんで?
「てっきり強面で屈強で筋肉質な方だと思ってました」
やけにはっきりとイメージ持ってたんだな。
「でも、よかったです。子どもで、女の子で、かわいくて、おいしそうで……」
この人は子どもが好きなのか嫌いなのかよくわからんな。
「だから、立派な大人なんだって。でも、なんで所長はここを寄ったんだろう」
聞いていた話だと忙しくて中々戻ってこないとのことだったが、俺が来た日にたまたま来るなんてことがあるのか。
「って、それどころじゃないじゃん!なんでオチヤ君が二人なのよ!アリスちゃんは?」
カクカクシカジカで……
「っぶな!!!!!」
イチカさんは小刻みに震え出す。
「それが所長にバレたら、どうなってたことやら」
「どうなるんですか?」
「それは……」
「それは……?」
静寂の中で、唾を飲み込む音と、よだれを啜る音と、爆発音が聞こえる。
ばく、はつ、おん……?
「オチヤ!爆発しないって聞いたのに、爆発した!」
アリスの股間が爆発し、辺りに火の粉が降りかかる。
「そんなわけないだろ!なんでだよ!何したんだよ!」
「触ってただけだよ!」
もう、わけがわからないよ。
この日、ソウルターミナル史上、初めての火災が起きた。
ターミナル総出でなんとか鎮火に成功したのだが、以降、俺は「厄人」という不名誉な二つ名が与えられた。
何で俺だけ?アリスもじゃん!