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足りない温もりの行方

 シロコさんとイチカさんのことを念頭に置きつつ、俺とアリスとトウカの三人でファストがいるとされているシッター室へ向かっている。


「ファスト、元気にしてるかなぁ?」


 母親が仕事中に変な踊りしてたって言ったらどんな顔するかな。面白がってくれるかな。


「そういえば、シッター室には誰かいるのかな。さすがに一人で留守番させることはないだろうし」


 人が少ないこともソウルターミナルが忙しい理由の一つなのだが、シッター室という場所があるのなら、そこにも人員は割いているはず。


「え、じゃあ、新しい人に会えるってこと!?」


 はぁ、出会いって美しい、と言いながら、俺たちの先を舞いながら歩いていく。


「トウカの姉ちゃんはお調子者だな」


 声をかけるも、トウカはどこかソワソワした様子でいる。


「どうかしたか?」


 尋ねてみるも、返ってきた言葉は質問の答えではなかった。


「あの、私が思い出した過去のことについて、お話ししたいのですが」


 それはご法度であることを、シロコさんに伝えてもらったし、俺自身もそれはいけないことであることは重々承知しているのだが。


「それならうってつけの場所がある。頃合いを見て、俺と一緒に向かおう」


 興味には勝てなかった。

 アリスやトウカの過去には、もちろん興味があるのだが、それ以上に身換室とアリスたちの住まいが関係しているという話が気になる。

 徐々に紐解いていけば、いずれ俺の過去に辿り着くことができるかもしれない。あくまで可能性の域ではあるのだが。


「それから、お姉ちゃんは先輩のことを好き……なんですよね?」


 トウカは俺の服の袖を掴み、悲しそうな表情で見上げながら尋ねてきた。

 控えめに言ってめちゃくそどちゃくそメタリックかわいい。


「俺の口から言うと、自意識過剰みたいに聞こえるかもしれないけど、多分そうだな。でも、俺を好きでいるというよりかは、なんだろうな、俺がとった行動に好意を抱いているような感じだな。アリスは愛に飢えてたみたいなんだ。トウカにはわかってると思うけど。そこでたまたま優しく接したのが俺ってだけの話だと思うんだ」


 重力に従うように袖から手を下ろして、様々な感情が入り混じった表情をトウカはしていた。


「……良かった。お姉ちゃんはやっと救われたんだ」


 トウカが独り言のようにボソッと呟いた言葉を、地獄耳は聞き逃していなかった。


「え、あたしが何から救われたって?」


 気づけば隣でアリスがバレリーナのようにクルクル回っていた。


「な、ななな、なんでもないから!」


 左手で自分の顔を押さえ、右手でアリスの顔を隠すトウカ。表情を悟られたくないのだろう。

 だがな、トウカ。安心しろ。アリスはそこまで表情の読める女じゃないから。


「えー、教えてよー、ねーねーねーねー」


 顔を隠す指の隙間から見える顔を指でツンツンしながら、ねーねー、と連呼するアリス。

 途中からリズムを取り出して、歌っているように聞こえてきた。


「アリスは幸せ者だって話してたんだよ。ここにいる人はみんな温かいだろ?」


 アリスは何かを思い出そうとして、額に握り拳を当てている。

 少しして思い出したのか、指パッチンをしてから口を開いた。


「こたつ!こたつみたいにあったかい!」


 こたつといえば、ぬくぬくとしてて、居心地が良くて、気づけば寝てしまうほどの代物だ。

 畳の上に置かれていて、こたつの上にはみかんがあって、それから、えーと、何か忘れているような。でも、そんなもんか。


「たまーに、いざこざが起きちゃうところも、居眠りして汗かいて風邪ひいちゃうって点と似てるよな」


 笑い合う俺とアリス。


「もー、変なこと思い出しちゃうからそれ言うのやめてよー。そういうのは一時(いっとき)のことじゃなくて、内側にずっと残り続けるんだからね?」


 悪い悪い、と返す。


(かか)るのは風邪じゃないです」


 トウカが弱々しい声でボソッと一言。


「こたつだけでは、心までは温まりません」


 トウカの視線は、どこか遠くの虚無を見ているようだった。


「トウカ?大丈夫?」


 アリスがトウカの目の前で手を振るも、気づく様子はない。


「私だって、幸せになりたかった!幸せのままでいたかった!どうしてうちに来ちゃったの!?どうして私のお姉ちゃんになったの!?いや、違う……どれもこれも私のせい……私が原因。私が先輩を連れてこなければ」


 そこまで言って我に返ったのか、後悔の表情を浮かべている。


「私、どうして……」


 こぼれ落ちる涙を必死にすくおうとするトウカ。


「大丈夫、大丈夫だから」


 アリスも涙をすくおうとするも、トウカは走り出してしまった。


「ごめんなさい、取り乱してしまって。頭冷やしてきます!それから、おっかさんを見てきます!では!」


 振り返ってそれだけ言うと、俺たちの返事を待たずに言ってしまった。


「大丈夫かな」


 アリスが呟く。


「驚いて声が出なかったわ。よくわかんないこと言ってたし。過去を思い出してるってのは大変そうだな」


 アリスは視線を落として、わかりやすくしょんぼりしている。


「シロコさんの元に行くって言ってたし、大丈夫だ。俺たちまで大丈夫じゃなくなったら、トウカも心配するぞ?」


 何も言わず、アリスは頷くだけ。


「そんな顔してると、ファストにも心配かけるからな。シッター室に着くまでにはいつものアリスに戻っておけよ?」


 アリスの口がへの字になる。


「涙、すくえなかった」


 仕方ない。もう一押し励ましてやるか。


「ヒーローだって、全ての涙をすくえるわけじゃない。ヒーローじゃない俺たちがすくえなくたって、それは普通のことだ。俺たちは前を向き続けることが大切なんだ」


 アリスは鼻で深く呼吸してから、こう言った。


「逆だよ」


 アリスの返答の意味を理解できなかったが、なんとか歩き出してくれた。

 そうだ、そうなんだ。俺たちは進むか止まるか戻るかの選択をしなければならない。そこに迷いが生じてしまえば、好機を失ってしまう。

 アリスの選択は正しいんだ。

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