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こたつと畳とみかんと

 シッター室とは、親が迎えに来るまで、子どもを預かる場所だと思っていたのだが、なぜか散歩の許可が降りた。こんなこと、許されていいのだ?


「あら、迷子かしら?」


 やべ、人に出くわしてしまったのだ。


「ま、迷子じゃなくて、ファストなのだ」


 目の前に現れた白髪の女は口に手を当てて驚いている。


「わぁ、喋れるなんて偉いわね」

「当たり前だろ!!なのだ!」


 なんなのだ?この女は?


「はぁ、でも、どうしよう子どもが目の前に出てきて、それをどうにかしないといけないのよね。それ私がやる必要あるのかな?いや、あるよな。嫌だな、ほんと嫌だな。瞬きする間にいなくなってないかな。気のせいとか見間違いってことにできないかな。あ、まだいる。この声聞こえてるだろうに、いなくなってくれないんだ。面倒だぁ、面倒だぁ」


 なんだぁ?この女ぁ?


「お、おい、大丈夫なのだ?」


 突然しゃがみ込んだため、わっちは声をかけた。


「大丈夫なわけなくない?もう瞬きとかいうレベルじゃないレベルで目を伏せてたのに、どうしていなくなってないの?いや、私が見たってことバレたらまずいか。でも、気づいたらいなくなってた……は通用しないか、じゃあ、私が相手する必要があるのか。あぁ、ツイてないなぁ、私」


 ここからいなくなった方が良いのか悪いのか、せめてはっきりしてほしいのだ。

 そんな都合よく他人は動かないのだよ。


「わっちはあんたが思うほど面倒ではないのだ。自分の足で歩けるし、自分の口で話すこともできるのだ」


 女はわっちを見上げてくる。


「語尾に"のだ"をつける子どものどこが面倒じゃないのよ」


 くっ……少々ダメージを受けてしまったのだ。


「仕方ないのだ!!生まれつきなのだ!!」


 プンスカプンスカしていると、女の髪が白から黒に変わっていく。どういう現象なのだ?


「まぁ、いっか。どうせみんな身換室に行く頃合いだと思うし、連れてくかぁ」


 先ほどまでとは打って変わって、別人のようだ。まるで、オセロで駒をひっくり返されたかのように、一瞬で変わった。


「大丈夫……なのだ?」


 さすがに違和感を感じざるを得なく、わっちは心配の声を投げかける。


「えー?心配してくれてるの?かわいいね、君」


 さっきの女はどこに行ったのだー!?


「私はユキノ。君は?」


 二重人格か何かなのだろうな。さっき言ったというのに、聞こえてなかった可能性もあるけど。


「ファストなのだ。オチヤとアリスの子どもなのだ!」


 神であることは言えないが、これくらいなら大丈夫だろう。そもそも、この女、ユキノがオチヤとアリスを知っているかどうかだが、


「は?え?何?どゆこと?もう一回言ってもらえる?」


 ユキノはわかりやすく動揺している。


「オチヤとアリスの子どもなのだよ。ちゃんと聞こえたのだ?」


 ユキノは顔に手を当てて目をつむる。


「あー、わかった。おけおけ、大丈夫。何か事情があるのよね。おけおけ、理解理解。大丈夫だからね、私」


 黒に戻った髪の先が少しだけ白くなっている。


「本当に大丈夫なのだ?」


 おかしな人だと思っていたが、ここまで来ると心配が勝ってしまう。


「大丈夫大丈夫、おけおけ、理解理解」


 同じ言葉を二回も続けるな、一人オウム返しやめろ。


「ふぅふぅ、落ち着いた落ち着いた、さてさて、行こうか行こうか」


 急に変な喋り方やめてほしいのだけど?なにそれ、二重人格混ざっちゃってるって認識でいいのだ?


「わっち、ユキノが心配なのだけど」


 と、言うと、白に染まっていきそうな髪が、一気に黒に戻る。


「ダメだなぁ、私。子どもに心配かけるような大人になっちまったかぁ」


 なんだか、どこか少しおっさんくさいな。


「は?」


 すいません、何もないです。なのだ。というか、わっちの心を勝手に読むな!許可してないのだ!


「どこから来たのかわからない迷子を連れてくぞー」

「おーーー!」


 じゃなくて!


「わっちは迷子じゃなくて、ファストなのだ!」


 わっちの言葉をスルーして、ユキノは歩いていく。わっちはその後ろに着いていく。


「どこに向かってるのだ?」


 歩きながら尋ねる。


「身体交換管理室って言ってね、略して身換室って呼んでるんだけど、体を換えるところよ。ほら、仕事してると疲労が溜まるでしょ?体を換えることでそれをリセットさせるの。基本的に毎日、受付終了とともに体を換えてるよ」


 ここの説明は……面倒だからいっか、と付け加えた。

 なんだそのグロチックな部屋は。人間は死んでも尚、そんな過重労働させられてるのか。可哀想なのだな。


「遅かれ早かれ、今ここにいる責任者も来るだろうし、オチヤ君もアリスちゃんも来るだろうから、ね」


 わっちの不安を拭うようにかけられる言葉。別に不安など持ち合わせていないのだよ。


「栄養を摂って、眠れば体は回復するのだけど、それはしないのだ?」


 どうしてそうしないのかと、単純な疑問を投げかけると、いきなりユキノの髪が真っ白に染まる。


「人!員!不!足!!」


 まるでメドゥーサの髪のように、逆立つ髪がわっちを睨みつけてくる。


「人を増やせば」


 な、なんだこれ!?白く染まった髪がわっちに絡みついてくるのだ!?


「できたら困っとらんわ!!!」


 どうにかして抜け出そうとしていると、何事もなかったかのように、ユキノは髪を元に戻した。色も同じくして。


「足止めちゃったね、早く行こうか」


 えぇ、こわぁ。何その切り替えの早さ。二重人格うまく操れてる人じゃんか。


「さーてと、着いた着いた」


 歩くこと数分、"身換室"と書かれた部屋の前に立つ。


「シロコさーん……て、いない?」


 扉をくぐると、六畳ほどの空間が広がっていた。端に寄せられたこたつと、なぜか床に置かれているみかんの山。


「えー、どこ行っちゃったのよー。探しに行くかー」


 そう言って、頭を掻きながらユキノは部屋を出て行こうとする。


「ごめん、ここの管理人さん探してくるから、ファスト君はここで待ってて。ここは安全だし、その内誰か来ると思うから」


 扉の閉まる音とともに、ユキノは消えた。

 部屋に残されたわっちは、とあるものを感じていた。


「孤独……」


 音のない空間、特に見るところのない空間、鼻を刺激してくるのはみかんと畳の香りだけ。


「嫌なこと思い出しそうなのだ」


 何かが起きるまで、その場に体育座りで待つことにした。

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