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身体交換管理室のシロコさん

 アヒルの親子みたいに、俺とアリスはバチカさんの後についていく。

 とある場所に向かっているらしいのだが、なぜか伏せられている。


「バチカさーん、どこに向かってるのかくらい教えてよー」


 手を叩かれたっていうのに、馴れ馴れしく尋ねるアリス。


「それ、やめてもらえません?」


 バチカさんがピタリと足を止めて振り返らずに口を開く。


「それってー?」


 あんまり舐めてると殺されるんじゃないか?


「その話し方です。職場では敬語を使うのが常識です」


 突然、顔に影を作り、常識、常識、と反すうし始めるアリス。


「常識って、人それぞれでよくないですか?」


 ん?なんかオーラ変わったな。


「どうした?アリスっぽくないぞ?」


 俺の呼びかけにも応じない。あんなにデレていたのに、ツン時期なのか?ツンデレだったのか?


「常識って、誰が決めたんですか?」


 バチカさんが振り返る。


「常識は元からあるものです。誰かが決めたとか、人それぞれだとか、そういう話ではありません。守るべきものなんです」


 手が出ていない袖をブンブンと振り回しながら説教のように言葉を並べる。

 バチカさん、俺もアリスの気持ちわかってきちゃったかも。すいません。


「……そっかー!それじゃ仕方ないね!」


 闇を纏ったようなアリスだったが、バチカさんの可愛らしい行動に感化されたのか、すぐにいつも通りに戻った。

 過去について触れてはいけない理由が少しだけわかった気がする。


「その口の聞き方、本当にやめておいた方がいいですよ」


 ふんふん、と鼻を鳴らすアリスはきっと聞いていない。

 頑張っているバチカさんが気の毒に感じてくる。


「アリス、バチカさんは俺たちのことを思って言ってくれているんだ。守った方がいいと思うぞ?」


 アリスが輝かしい瞳をこっちへ向けてくる。


「オチヤがそう言うなら!」


 この子、大丈夫かな?なんで俺にこんな従順なの?涙見たせい?よくわかんないんだけど。


「バチカさん!すいませんでした!頭撫でさせて!」


 アリスは腰を九十度に折り、頭を下げる。

 そうそう、それならバチカさんも……最後なんて言った?


「やめなさい。この体に万が一のことがあったら大変なことになりますから」


 強引に頭を撫でようとするアリスをバチカさんが両手で抑えていた。

 体格差があり、アリスが圧倒的に優勢だ。


「バチカじゃん。あ、もうこんな時間か」


 「身体交換管理室しんたいこうかんかんりしつ」と書かれた扉から女性が出てきた。白衣を着ており、舌の上で飴を転がせている。


「って、これどういう状況なの?」


 その気持ち、たいっへんわかります。


「金髪の子、アリスって言うんですけど、アリスがバチカさんの頭を撫でようとしている図です」

「相撲取りにしか見えないけど」

「仰る通りです」


 扉から出てきた女性が俺のことを凝視してくる。


「君は?」

「本日よりこちらに身を置くことになりましたオチヤです。よろしくお願い致します」


 なんだか話のわかる人のようなので、ひとまずは丁寧に対応しておこう。


「そうか。よろしく。私はシロコだ。身体交換管理室の室長だ」

「身体交換管理?」


 聞き慣れないワードに興味を示したのか、アリスの耳がピクピクと動いているのが見える。

 アリスの力が弱まったため、今度はバチカさんが優勢だ。


「説明しなかったん?」


 「この状況を見てよく言えるわね」と、バチカさんが背中で伝えてきた。


「とりあえず中に入って。お茶入れるわ」


 お茶、というワードに反応したようにアリスが一番に部屋に入る。要するに、相撲取りの結果、自ら土俵を降りたアリスの負けである。

 袖で隠れて見えないが、バチカさんが小さくガッツポーズをしたような気がする。


「説明が遅くなって申し訳ありません」


 俺たちは身体交換管理室と呼ばれる、


「身換室でいいよ」


 身換室と呼ばれる……心読まれてる?

 それは置いといて、招かれた俺たちは六畳ほどのスペースでこたつに足を入れて、お茶を啜っている。


「まず第一に、あちしたちに体を休める必要はありません」


 アリスは興味なさそうに部屋を見渡している。


「あちしたちの体は単なる器にしか過ぎないのです」


 器という言葉を聞いたことがある。

 神と自称する何者かにこの器を用意されたのだ。


「要するに、本体はただの魂なのです。そのため、体がどれだけ傷つこうとも疲弊しようとも、器さえ交換すれば、完全に回復するのです」


 なるほど、それで終業なんてないって言っていたのか。じゃあ、本格的にブラックやないかい!

 恐怖の視線に怯える俺は入ってきた扉を振り返る。

 よかった。遮られているおかげで飛んでこな……ブルブル。


「で、その体を管理しているのが私ってこと」


 舐め終えたばかりなのに、シロコさんは新たな飴を口に放り込む。


「でも、見たところ体なんてどこにも……」


 部屋を見渡す俺の顔をシロコさんが覗き込んでくる。


「ここにあるはずないじゃん」


 そう言い、指で下を示す。


「ここの下にあるから、行ってみよっか」


 俺たちが立ち上がると、シロコさんがこたつを移動させる。


「何これ!」


 こたつがあった場所には、地下へ続く扉が隠されていた。


「秘密基地みたいですね」


 さすがに男心がくすぐられ、ワクワクせずにはいられない。


「隠す必要はないけど、所長がこういう設計にしたらしくてさ」


 所長ー!!ますます会いたくなってきましたよ!!

 俺たちは地下に続く螺旋階段を降りていく。


「やけに生々しいですね」


 そこには交換用の体がズラーっと並んでいた。

 どれも同じような体型で、顔がない。


「初めはみんなそう言うよ」


 気味悪く思う俺とは対照的に、アリスの目は輝いたままだった。


「アリスは怖くないのか?」


 俺の質問には耳を傾けてくれなかった。ちょっと悲しい。ちょっとだけ。


「シロコさん!顔がないってことは、顔を決められるってこと!?」


 背後から歯ぎしりが聞こえてくる。


「シロコさんには初めから、さん付けできるのに、なんであちしには」


 バチカさんが口元を抑えながらボソボソと呟いている。

 俺たちはアリスには敵わないってことですよ、残念ながら。


「そうだけど、他人の体にしようとした人は今までいなかったな。と言うのも、同じ体を複数用意することはできないんだ」


 要するに、俺を二人作ることはできないということか。


「じゃあさ!コソコソコソコソ……」


 おい、やめろ。アリスが小声になるってことはなんか嫌な予感がする。やめろよ?変なことするのは。


「アリスちゃん、だっけ?面白いこと思いつくね〜。そんな要望今まで聞いたことがないよ」


 照れながら舌を出すアリス。それは可愛い。


「アリス、何を言ったんだ?」

「見ててよ!オチヤ!」


 事前に教えてもらえないということは、良からぬことだということ。

 けれど、興味一筋のアリスを止められる者は誰もいない。


「じゃあ、そのカプセルに入ってね。すぐ終わるから」


 アリスは言われるがままにカプセルに入り、シロコさんは機械をいじっている。

 バチカさんはまだ歯ぎしりしている。そのままだと歯がなくなりますよ。あ、体交換するから大丈夫なのか。

 結構便利なのかもな。でも、体を大事にしようとする気持ちは薄れていきそうな。


「始めるよー」


 そう言うと、シロコさんは勢いよくボタンを押す。すると、カプセル内は煙で満たされて、アリスの姿が見えなくなる。


「終わったよー、出ておいでー」


 ほんの数十秒で終わったようだ。

 カプセルが開き、煙とともにアリスが足を踏み出す。あれ、その足、アリス……なのか?


「アリ、ス?」


 足から徐々に体全体が見え始め、顔が見えた時、出てきたのがアリスではないと認識できた。


「お、おおお、俺ー!?」


 出てきたのは俺だった。


「あたし、オチヤだよ!似合ってる?」


 試着室から出てきたみたいに言うな。


「同じ体を複数用意できないんじゃ」

「結果的に複数じゃなきゃ大丈夫ってこと。どうせオチヤ君も体交換するんだし」

「いやいや、アリスの体を戻してくださいよ」

「それはできないんだよ」


 おっとー?

 不穏な空気が足元を駆け巡る。


「体の交換は一日に一回のみ。それ以上行うと魂が分裂してしまうらしいの」

「と、言うことは?」

「君たちには入れ替わって過ごしてもらうしかないわね」


 はぁ、終わった……いや?終わってないな?

 俺がアリスの体になれるということは、つまり、あれだろ?俺の体になるってことだから、好き勝手できるってことだから……ムフ、ムフフフフフフ


「オチヤ、キモイです」


 バチカさん、そんな罵倒効かないですよ。俺は男の夢を叶えられそうなんですから。


「じゃあ、俺はアリスの体になるんですよね?」


 眉毛を動かし、期待に胸を躍らせながらシロコさんに訊く。


「そうだよ。さ、入って入って」


 そんな急かさなくても自分からちゃーんと入りますから。

 カプセルに入り、目をつむり、小さく息を吐いて、高鳴る鼓動を最小限に抑える。

 さぁ、アリスの体よ!俺の器となれ!


「出ておいでー」


 何事も起こったようには思えず、片目だけ開く。


「あれ?」


 何も、変わってなくない?


「ごめんごめん、気が付かなかったんだけど、そう言えばオチヤ君は今日来たんだよね?」

「はい」


 天から地へと落とされ、絶望し切った顔で答える。


「一日一回しかできないから、まだ変えられないや」


 アリスの体は?俺の夢は?男の夢は?どこ行ってしまうんだーーーーーーーー!!!


「でも、これじゃ結果的に俺が二人になったってことですよね?」

「まぁ、所長にばれなきゃ大丈夫っしょ!あの人ぜんっぜん帰ってこないし。忙しいのはわかるんだけどね」


 どこまでも適当だな。ここにいると倫理観がぶち壊されてしまいそうだ。


「ドンマイ!オチヤ!」


 俺の顔でそれ言うな。


「こうなっちゃったのは私の責任だから」


 そう言って、シロコさんは左手に飴玉を乗せ、口を開きながら訊いてくる。


「ほへほほへほっひはひひ(これとこれどっちがいい)?」

「俺はどっちも落としてません」


 チュッ。

 ……チュッ?????


「正直者だね」


 冷静になれ。男、オチヤよ。冷静に、冷静に冷静に……思えば思うほど、ある部分が熱くなってくる。


「な、なんで!あたしともしよう!オチヤ!」

「嫌だ!それだけは!俺の顔で言うなよ!」

「俺の顔で……つまり、あたしの顔でならいいってこと!?」


 否定……できないっ!!


「だから、男は嫌いなのです」


 バチカさんは気づかぬうちに体を交換して、階段を登っていく。


「ふふっ、かわいい後輩たちね」


 俺の顔になったアリスのキスから必死に逃れている俺をシロコさんが微笑ましく見守っている。

 いや、そんなことしてないで助けてくれよーー!!

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