シッター室のウエ
わっちは神……ではなくて、今は子どもを演じているのだが、それ故にシッター室と呼ばれている場所に連れてこられたようなのだ。
ぬいぐるみやおもちゃが豊富なこの部屋に、左目を眼帯で押さえている無愛想なお姉さんがいる。
「ほーら、うさぎさんですよーかめさんですよー」
全く感情が込もってない。これでもかというほどに声と表情に抑揚がない。
「わっちは一人で平気だから、構わなくて大丈夫なのだ」
わっちはソウルターミナルへ遊びにきたわけではない、子どもを演じに来たのだ。
「Let's go happy! Let's go happy! Romantic mode!!」
特に何かを考えるでもなく、角を向いてじっとしていると、背後から機械音が聞こえてきた。
「へーーーーんしん!」
振り向くと、シッターのウエが胸元で祈りを捧げているポーズをとっていた。
どんな表情でいたのかは覚えていないけど、少しだけ声に感情が湧いたように感じた。
わっちはここへ遊びに来たわけではないのだ、遊びに来たわけではないのだ、遊びに来たわけでは、
「それはなんなのだ!?!?」
わっちはウエの腰に付いているベルト目がけて走り出した。
「変身ベルトというものでして、ヒーローになれる代物です」
何なのかを聞いたはいいが、何も耳に入ってこない。
「どうやって使うのだ?」
ウエが外した変身ベルトを腰に巻こうとするも、うまくいかない。
「ファスト様にはまだ早いかもしれませんね」
おい、わっちを誰だと思ってるのだ!?
「わっちに不可能などないのだ!ふんっ!」
変身ベルトに念を込めてやった。
「短くなった……!?」
やっぱり人間の驚く顔は見物なのだ。これ驚いてるのか?顔に"驚き"って書いてあるし、きっと驚いているのだろう。
……あ、あれ、中々、付けられないのだ……
「それでも、まだファスト様には合わなさそうですね」
ぐぬぬ、悔しい、悔しいのだ!どうして力がうまく使えないのだ!?
「これ、いらないのだ」
わっちはベルトを投げ捨てた。
「誰だって初めは、何者にもなれないものです。ファスト様ならきっといつか、この変身ベルトが似合う日が訪れますよ」
そんなこと知ったことか、なのだ。今じゃなきゃ意味がない。
その"いつか"は希望を抱かせるためだけの飾りみたいなものだ。
「わっちにそんなものは必要ないのだ」
再び隅っこで体育座りをする。
「私は羨ましく思うのです」
「わ、び、びっくりしたのだ……」
天井を眺めていると、突然ウエの顔が視界を埋め尽くしてきた。
「すいません、私としたことが。これから突然起こりそうなことは、前もって伝えるようにします」
突然起こりそうなことは、誰にも予測できないのだ。神のわっちになら可能っちゃ可能なのだけど。
「それで、羨ましいとは何の話なのだ?」
この体勢で誰かと会話するのは初めてだ。ちょっと首が痛いのだ。
「目が二つあることです」
ウエは眼帯を押さえて続ける。
「私には世界が一つしか見えません。右目で見える世界だけです。なので、常に傾いているんです。なので、二つの目で世界を見られるファスト様が羨ましいのです」
そんなの、ウエ以外みんなそうなのだ、とボソリと呟く。
「いえ、中でもファスト様は違うのです。私は過去に事故によって左目を失って以降、このシッター室を任されております。しかし、この部屋を利用する者は現れませんでした。そんな中、現れてくれたのがファスト様なのです」
首の疲れが溜まってきたので、床を見ることに。
「そんなファスト様は私にとっての光でした。何もせず、何も起こらない日々に、ファスト様は差し込んできました」
今度はウエが仰向けでわっちの顔を見上げてきた。上なのか下なのか、シッターなのかウエなのか、ややこしいのだ。
「まるで太陽であり、ヒーローであり、私の退屈を壊してくれる存在です。だから、どうか、どうか」
わっちの顔を見上げながら、懇願する構えのウエ。
「ズボンだけは、履いていただけないでしょうか?」
言われてみればわっちの太ももより下が、なぜか涼しく感じていたのだが、ズボンを履いていないことが原因だったのか。
「よっこいしょ、なのだ」
ズボンを履くと、視界から消えていたウエにさっき投げ捨てた変身ベルトを後ろから巻かれた。
「なるほど、ズボンを履いてちょうど良いサイズだったということなのだな?」
さすがに上がってしまうテンションのやり場に困っていると、ウエがメモを渡してきた。
「書かれていることを唱えて、大きな声で変身!と叫べば、心身ともにヒーローになれます」
ヒーロー……よく理解していないが、かっこいいものなのだろう。なんだか、ワクワクが止まらねぇのだ!
「よーーーし、いくのだ!」
わっちはそれっぽい手の動きをした後に、メモに書かれていたことを唱える。
「諸々の星のどこかに建てられた赤い城の先に、幸福は存在するっ!」
すると、さっき聞いたものと同じ機械音がシッター室内に響き渡る。
「Let's go happy! Let's go happy! Romantic mode!!」
きたきたきたなのだーー!いっくぞーー!なのだ!
「へーーーーんしーーーーーん!!!!!」
ズルん。
「認証不可、認証不可。装備を解除します」
わっちがかっこよくポーズを取っていた矢先に、再び聞こえてくる機械音。
「な、なんなのだ?どうしたのだ?わっちは変身できたのだ?何が起こったのだ?」
あたふたしているわっちのズボンをウエが上げてくれた。
「ふっ」
あ!!!!今!笑ったのだ!!??バカにしたのだろ!!!
「ふんっ!やっぱりこんなものはいらないのだ。わっちは少し散歩してくるのだ」
気をつけてくださいね、と声をかけてくれたが、途中途中で笑っているのを、わっちは聞き逃さなかったのだよ。
ウエ、覚えておくのだよ。上がりきった口角がいつか下がってしまうことになることを。




