最悪を望むカフェさん
次の転生希望者を呼ぶと、ゆっくりと近づいてきて、ゆっくりと椅子に腰掛けた。
高齢の男性で、顎から長い白髭を生やしている。杖なしでは歩けなさそうだ。
「ゆっくりで構いませんよ」
声をかけるも、聞こえてないのか返答はない。
「すまない。並ぶ列を間違えたみたいだ。わしは転生とかいうのには興味がない。かと言って、天国や地獄に行きたいとも思わない」
頑固そうな人だなぁと、俺は思ってしまった。
「この機会ですので、新しい世界で、新しい肉体で、新しい生活を送ってみませんか?」
なんか胡散臭い文言だなぁと、思いながらも話を続ける。
「ランダム転生というものもありまして……ランダム転生!?」
知らない間に、というか、一日二日で新しい項目を追加するのやめてくれ。するなら一言ちょうだい。それを新人に投げないで!
なんですかこれ?と、イチカさんの方を向くも、頑なにこっちを見ようとしてこない。知らないものをどう説明しろと?
「じゃあ、それでいい。もう残り少ないこの魂でどう生きようが関係ない」
転生するのだから、そういうのもリセットされるのにと思いつつ、気になったので訊いてみることに。
「つまり、どういうことですか?」
すると、高齢の男性は頭に指を指してこう言った。
「勘、じゃよ」
はぁ、と漏れ出るため息とともに落ちる俺の肩。
「では、えーと、カフェさんですね。何も条件のないままの転生でよろしいですか?」
カフェさんは咳を一つしてから、口を開く。
「一つ、言ってもよいかな?」
全くの無関心だったくせに、いざ転生できるとなると条件を提示してくるの、都合のいい相手だと思われてるな、これ。
「一応、聞いておきます」
できるかどうかの判断はイチカさんに任せよう。無視されても無理やり訊いてやろう。
「今、用意できる世界の中で、最も最悪な世界を頼みたい」
想像の百八十度反対の答えが返ってきた。俺はてっきり、金が〜女が〜イケメンが〜とか言うのかと思っていた。
「聞き間違いかもしれないので、もう一度お願いします」
過去より良いものを望むのが未来だと思っているため、一度、俺の耳を疑うことにしてみたのだが、
「最も悪い世界に連れてってくれ。考え得る限り最悪の世界にな」
俺の耳は間違っていなかった。間違っていたのは俺の固定概念だった。
「ほ、本当によろしいんですか?」
さすがにもう一回だけ聞かせて。
希望通りの世界に行かせることに対しては、気が楽だったし、幸せになってほしいと素直に思えていた。
けれど、悪い世界に行かせるというのには、どうも抵抗してしまうというか、道徳心が働いてしまうというか。
「まぁ、実際のところ希望が通らないのなら構わない。希望が通るのであれば、の話じゃ」
希望を通して悪い世界に行かせるか、希望を無視して良い世界に行かせるか。どうして俺が対応する転生希望者は、こんなに個性に溢れているんだ。
「希望通りにしなさい。それが私たちの仕事だから」
イチカさんが耳元で囁いてきた。
ありがたい助言ではあったのだが、いきなり耳元で囁かれると、ドキドキすると言いますか、ムネムネすると言いますか、その、気持ちが、良くなっちゃうんです……
「では、わかりました。現在ご用意できる中で最も悪い世界にするよう書いておきましたので、これを持ってあちらへお願いします」
俺は書類に筆を走らせ、印鑑を押してからカフェさんに渡した。
「ありがとさん。若いのに偉いな。また、どこかで会えたら可愛がってやろう」
多分、いや、絶対に、金輪際会えない。だって、世界は無数に溢れていて、姿形も変わって、性格や人柄も変わる。そんな中で同じ人に出会えるはずがない。ないのだが、
「ありがとうございます。楽しみにしてます!」
こう答えるしかないのだ。これが、接客業というもの。
「ですよね?」
と、イチカさんに微笑みかけるも、再び無視されてしまう。
「ん?なんか言った?」
無視されてるんじゃない。聞こえてないんだ。俺の声が小さいんだ。こんなこと前にもあった、な……あったっけ?気のせいか?
「そうじゃ。そうじゃった。わしの弟子がここに来るかもしれんから、そん時はよろしく頼むな。じゃあ、行ってくるな」
杖をつきながら歩く後ろ姿は、小さいながらも大きく見えた。
「あの、訊いてもいいですか?」
次の転生希望者を迎える前に、イチカさんに尋ねたいことができた。
「過去のことを知ってる人や俺みたいに知らない人が存在してるのって、どうしてなんですか?」
過去の詮索、という禁忌には当てはまらないと思ったのだが、イチカさんは頬を膨らませてきた。かわいい。フグみたい。じゃあ、毒あるじゃん。
「どうして人を殺してはいけないのですか?と同じようなことだよ。まぁ、それはダメだよねってことなの、過去について話すということは。そんな些細なこと気にしないで、次の方呼んで。ほら見てよあれ。あんなのできるの羨ましいわ」
イチカさんの視線の先には言葉では説明できないような、意味不明な動きをしているアリスがいた。
「何やってんだ、あいつは」
あれが受付の仕事と言われるのなら、俺は信じない。あんなこと、ユキノさんがするって考えたら……あ、絶対にそんなことしないからって感じの視線飛んできた。良かった。安心した。
過去についての話はここにいる人じゃなくて、サコさんとシュエさんに訊いた方が良さそうだな。信用するなって探索家の人たちに言われたけど……
「で、では、次の方どうぞ」
そんなことは置いといて、俺は俺の仕事をしよう。
もう、個性満々の希望者は勘弁してくれと思いながら、案内する。




